完全に残暑も過ぎ去り肌寒さを感じるようになった頃、北海道江別市にある江別聖華高校に一人の生徒が登校してきた。
「…………」
右手には包帯を巻き背中には何も背負わず左手に鞄だけを持ち教室に入ったその生徒、神崎 守は静かに着席した。
周囲の同級生たちは彼が登校して来たのを見て何かヒソヒソと話している。
「お、おい神崎……」
そんな中で話しかけて来たのは一度共に学祭でバンドをやったスグル。
心配そうに守に近付いて来たのだ。
「えっと、色々大変だったみたいだな……」
スグルは学祭以降に守が経験した話を聞いていた、というかクラス全体が先生から伝えられていたのだが。
しかし気を遣って一同が声を掛けられない中でスグルは勇気を出して守に話しかけたのだ。
「あぁ、大丈夫だよ。ありがとう……」
答える守だが絶妙に答えが噛み合っていないような気がする、完全に何処か上の空なのだ。
「っ……」
明らかにショックを受けた様子の守を見てスグルは何とか彼を励まそうと試みた。
「今日ギター持ってるか? よければセッションでもしねぇ?」
しかし守は少し寂しそうな顔をしてスグルを見た後にこう答えるのだった。
「ごめんな、右手にヒビ入って全治1ヶ月なんだ。だからそれまでギターはお預けだよ」
「そ、そっか……」
「それに俺がロックやった所で届けたい人はもう居ないんだ、何のためにやれば良いのか……」
明らかに学祭までの守とは違う表情や雰囲気だった。
ここまで人を変えてしまう程の経験をしたのだろう、スグルはただ同情する事しか出来なかった。
☆
Call Me ARIA. episode9
☆
静かに授業の時間が流れて行く。
国語の教科書を朗読する同級生の声が片耳に入ってはもう片方の耳から出て行く。
守の心はここに在らずだった。
「ん……?」
すると同級生の一人が何かを感知する。
その途端に机や照明がカタカタと揺れ始めた。
「え、地震っ⁈」
「まさかこの感じ……!」
北海道民としてこの感覚には覚えがあった。
しかしあまりに久々だった恐怖を思い出し動揺してしまう。
「みんな一列になって逃げて! 避難訓練思い出してね!」
国語教師が教室の一同をまとめ上げ避難させていく。
外に出て歩いていると守は列の中で轟音の方向を見た。
「っ……!」
街の方で煙が上がっている、所々で爆発も起こっており守はこれまでの旅を思い出してしまった。
「何でまた北海道なんだよっ」
「戻って来やがった!」
他の同級生たちもその方向を見ながら恐怖し避難を続けている。
しかしどうしても守だけは別の感情を抱いてしまっているのだ。
「(確かにあんな存在に俺が何か出来る訳ないよな……)」
自分の身の程を弁えるような事を考え、守はただ避難誘導に従う事だけを考えていた。
***
その後、無事に怪獣騒ぎは落ち着いた。
何やらまた巨人が現れ退治してくれたらしい。
そのようなニュースを守は自宅で家族と夕食をとりながら見ていた。
「結局怪獣って何なんだろうな?」
父親が少し不安そうに疑問を提示したが何よりも息子が災害に巻き込まれすぎた事を心配していた。
「あ、ごめんな……見たくないだろうに」
慌ててテレビのチャンネルを変えると音楽番組がやっていた。
人気のバンドが演奏しているのを見て更に守は複雑な気分になってしまう。
右手が使えないので仕方なく左手で食べづらそうにした自分の姿を見て人気バンドと比べてしまう。
父親は守と怪獣を遠ざけようとしてチャンネルを変えたのだろうがどのみち苦しいのに違いは無かった。
「いいよ別に怪獣でも……」
そう言いながら左手でリモコンを操作しチャンネルをニュース番組に戻す。
まだ怪獣に関する報道がされていた。
「本当に大丈夫か? 行く先々に怪獣出てしんどい思いしただろ?」
「だから良いって、なに今更心配したような感じさせてんだよ。出てけって言ったのはそっちだろ……」
心配する父親を煙たがる守に母親は少し反応を見せた。
「ちょっと守っ! お父さんは心配してくれてるんだよ!」
しかし父親は怒鳴る母親を静止した。
「いいよ。守も苦しい思いをしたんだ、向き合ってやれなかった俺たち親に責任がある……」
「あなた……」
「俺たちは親という責任を放棄してしまったんだ……」
その言葉を聞いた守は少し胸糞が悪くなってしまう。
食事には殆ど手を付けず箸を置き自室に戻ってしまった。
「……ごちそうさま」
そのままベッドに転がり考え込んでしまうのだった。
☆
自室のベッドで寝転んでいると嫌でも音楽にまつわるものが目に入る。
好きなバンドのポスターや集めたCDなど、そして極め付けは所有するギターや機材だった。
それにより余計に無力さを感じてしまった守は寝返りをして壁の方向を向いた。
「音楽やった所で何にもならないんだ……っ」
目の前の現実から目を背けるように世界を遮断していると自室のドア越しに両親の大声での会話が聞こえて来る。
母親がかなり大きな声で嘆いているらしい。
「私たちのせいだわ、あの子が家出して怪獣災害に巻き込まれたのも全部私たちへの罰なのよ……!」
「あぁ、確かに俺たちは守と向き合えて無かった……! でもそこで諦めちゃダメだろう! 今からでも何とかしてやらないと……っ」
今更ながら息子を心配するような両親の声を聞いて守はある事を思い出す。
それは家出して最初の夜、フェリーに乗るためクレジットカードのパスワードを探った時だ。
『何でパスワード俺の誕生日だったんだろ……?』
まさか両親は最初から自分を愛していたというのだろうか、だとしても今までの接し方は?
そのように色々と考え込んでしまった守は頭を抱えてしまう。
「……ん?」
そのタイミングでスマホに通知が。
確認してみるとSNSに驚きの相手からメッセージが届いていた。
『いま北海道に来てます、よかったら明日にでも会う?』
そのようなメッセージを送って来たのは東京でお世話になったモモだった。
『良いですよ』
少し考えるが自分には必要な気がしたので了承する。
するとこのような返事が来た。
『りょーかい! んじゃ制服着てきてね』
何故か制服指定なのだった。
訳が分からなかったが守は仕方なく翌日に制服を着て出掛けるのだ。
***
モモに指定された街から少し外れた駅前に制服を身に付けてやって来た守。
するとすぐにモモが現れる、その姿を見て守は驚いた。
「え、何でそんな格好……?」
モモは全身真っ黒の喪服を身に付けていたのだ。
「ん、制服もうちょい直した方がいいかな?」
何も答えずそう言って守の服装の乱れを直して来るモモ。
これから何処に向かうのか、何となく予想はついていた。
「んじゃ行くよ、あっちゃんの葬式」
やはり篤人の葬式だった。
しかしもう数日経っているというのに、これも怪獣騒ぎの影響なのだろうか。
***
葬儀場の前までやって来てモモは守に伝える。
「遺体の状態とか怪獣騒ぎが続いたりとか色々あって日程遅れちゃったんだって、でもお陰であたしは来れた」
そう言ったモモが進んで行くと篤人の両親らしき人物が来てくれた人々に感謝と挨拶をしていた。
そこでモモは頭を下げる、篤人を引き込んだのは自分だと。
「お久しぶりです……」
「あなた……っ」
篤人の両親はモモの顔を見て一瞬だけ怒りを表したような表情を浮かべるがすぐに悲しみを浮かべた。
「もうあなたを恨むのはやめね、ちゃんと篤人に向き合わなかった私たちが悪いんだから……」
そのような言葉をモモに伝え彼女を受け入れるのだった。
「っ……?」
一方でそのやり取りを聞いていた守は篤人の両親が放った言葉に自分の両親を重ねてしまうのだった。
つづく