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#2

 シンとの距離を感じた母はそのまま具合が悪くなってしまう。


「うっ……」


 吐き気を感じ出した母を見たアリアは介抱する事に決めた、なので公衆トイレに連れていく事にする。


「ちょっとトイレ連れてくね」


 その様子を見たシンはまだ悲しそうな表情を浮かべながら何も答えずに母とアリアを見送った。

 そして公衆トイレに入り母は嘔吐してしまう。


「うぅっ、私なんにもしてやれなかった……!」


 口から戻した後、母は想いまで吐露していた。

 シンと関わる事で彼の苦しみをより理解したのである。


「服買ってあげたりご飯食べさせてあげたりしたけど……シンとの距離はずっとっ……」


 しかしアリアは母の言葉を本当とは思えなかった。


「本当にそうなのかな……?」


「すれ違ってばっかり、向き合おうとしても向き合い方が分からない……! せっかく旅で色々学べただろうに、それを活かしてやる事が出来ない……っ」


 シンへの贖罪をいくらやったところで根本の解決にはならない。

 どのみちシンが生まれた事により世界が崩壊するきっかけが出来たのだ、自分にはどうしようもない。


「結局マリアとも争わせて、更にその先の生きる理由まで分からなくなったって……それじゃあっ」


「落ち着いて……っ」


「シンは生まれるはずじゃなかった、私が罪を犯さなければこんな事には……! 世界も崩壊せずに済んだ……!」


 そして母は自分の最大の後悔を口にした。


「シンを生んであげなければ良かった……!」


 その言葉を聞いたアリアは真実だとしてもやはりショックを隠し切れない。

 シンへの母の感情がここまで病んでいるなんて。


 ***


 アリアと母が公衆トイレで話しているのをシンは外で壁にもたれ掛かりながら聞いていた。


「シンを生んであげなければ良かった……!」


 その言葉を聞いた途端、シンの中で何かが壊れた気がする。

 せっかく生まれたというのに。

 その言葉を言われてしまえば自分の存在そのものを否定されたようなもの。


「っ……!」


 全身の血の気が引いたような、体が冷たくなったように感じ悪寒がして震えが止まらない。

 思わず座り込んでしまったシンは先日の母との旅で感じた事を思い出していた。


「(俺は存在を肯定して欲しかった、だから姉が羨ましかったんだよ……でも崩壊は俺が招いたのか……!)」


 母は姉と自分に贖罪として同じような事をしていた。

 しかしその態度に差を感じていたのだ。


 ***


 数時間前、車の中で母が目を覚ました時。

 シンは少し期待をしてしまっていた、自身の上着を毛布代わりにかけてやった事で感謝してもらえるかも知れないと。


「起きたか……?」


 あくまで平静を装い母の返答を待つ。

 すると母もかけられているシンの上着に気付いたようで。


「これ、あなたの……?」


「あぁ、寒そうにしてたから」


「シン……」


 次の言葉を今か今かと待っている。

 しかしそのまま母は俯きながらシンに上着を返した。


「あなたが寒いでしょ、私は良いから……」


 何とも距離を感じさせるような言葉だった。

 シンは期待を裏切られ精神的に大きく落ち込んでしまうのだった。


 ***


 そこでもシンは姉との差を感じ余計に苦しんでしまう。


「(察してはいたさ、母さんが俺を生まなきゃ良かったと思ってる事くらい……でも関係は変えられると信じたかった……!)」


 沸々と湧いてくる腹が煮えたぎるような感覚、これは嫉妬の対象である姉に向けられているものだと思っていた。

 しかし今、脳裏に浮かぶのは俯いた母の顔ばかり。


「あぁ、そうか……」


 そこでシンは遂に理解してしまう、自分が本当に憎いと思う存在の正体を。



「そうだ、俺が本当に憎いのは……母さん、お前だ……!」



 罪を犯しシンという生まれるはずでない存在を生み、そのシンは無視した上で望まれた姉だけに贖罪しシンが出て来たと思えば思い出したかのように贖罪という名の自己満足を満たそうとする母。

 彼女が何よりも憎いという事に気付いたのだ。


「なら丁度よかった」


 すると突然声を掛けられたシン。

 驚き顔を上げるとそこには見た事のある人物が。


「お、お前は……!」


 その人物とは聖王だった。

 背後に部下を数名連れている。


「その憎しみを我々のために使用してくれないか?」


 ここから聖王はある提案をシンに持ちかけるのであった。





 突如としてシンの目の前に現れた聖王とその部下たち。

 彼はまるでシンに寄り添うかのように話を進めた。


「話は聞かせてもらった、お前が抱えているものも理解した」


「何……っ?」


「お前は"他者に肯定して欲しい"ようだな、憎しみより居心地が良かったのか……」


 図星だったようでシンは何も言い返せない。

 尚も聖王は話を進めて行く。


「ならば丁度いい話がある、お前を我が外なる理の永久機関として迎え入れるのだ」


「何の話だ……?」


 外なる理という存在の話は聞いている、しかしそこでの永久機関ならぬ話は初耳だ。


「世界を維持するには新たな概念を生み出す力が必要だ、お前がセイント・マリアの力を取り込み正義として大罪を倒せばそれも可能である」


 そしてクラウスの件も交えて話した。


「クラウスもお手柄だったな、大罪を打ち倒す正義という概念をシンにより生み出した……」


 そしてシンに向き直り改めて交渉をする。


「どうだ、悪い話じゃないだろう? お前は外なる理に向かいそこで永遠に生きられる。神のような存在として感謝され続けるのだ」


 その言葉を聞いたシンは少し気持ちが揺れる。

 感謝と言われて先程のボールを取ってやった親子を思い出した。


「感謝か……」


 更にそれを聖王は見抜いていたようで。


「そう。お前が求める肯定、感謝で気付いたのだろう? 先程親子に感謝され気持ちが揺らいだのではないか?」


「っ……」


「だからこそもっと必要とされたいと思えた、まだ知らぬ感情をもっと味わいたいのでは?」


 聖王はそのシンの心と外なる理の生き方を照らし合わせて説明する。


「それこそ我々に相応しい思考だ! 外なる理も新鮮な概念を求め生きている!」


 シンは考えた、しかし何も答えが浮かばない。

 聖王もそれを見抜いたからこそ更に問い詰めるのだ。


「さぁどうする? 自らを否定した者と共に何も得られぬまま心中するか、肯定してくれる者たちと共に自分を生きるか! 答えは明白でないのか?」


 そう言われてしまうと確かに明白に見える。

 それでもまだシンは考えていた。


「俺は……」


 するとそこで公衆トイレからアリアと母が出てくる。

 目の前の光景を見て驚愕していた。


「な、何で……⁈」


 そしてターゲットが現れた事で聖王はシンに伝える。


「決断の時だシン、セイント・マリアを殺し力を取り込み我々と共に在ろう!」


 そう言って聖王は一本のナイフを渡して来る。

 黒く光るその刃に自分の顔が写っていた。


「これが俺の顔か……」


 その表情はまるで死人のようだった。

 本当にこれで生きていると言えるのだろうか。


「さぁやるのだ、こうして初めてお前は自分というものを知り"自由"となれる」


 その自由という言葉はアリアにも刺さっていた。

 悩んでいた自由という言葉の意味、それを聖王は提示したかも知れないのだ。


「……くっ」


 そしてシンはナイフを構えジリジリとアリアに向かって歩みを進めて行った。


「え、まさか……」


「悪く思うなよ、元々こうするつもりだった……」


 迫るシンに向かってアリアは何とか説得しようとする。


「本当にこれで良いの⁈ この世界もろとも……!」


「良いさ、どの道この世界は滅ぶ。何もしてくれず苦しませただけの世界など知らん……!」


 アリアはその言葉を聞いて自分たちと重ねた。

 かつて守と旅に出た頃は自分たちも同じように思っていたのだ。


「それじゃあ遅いよっ、後になって世界も捨てたもんじゃないって後悔したのに……!」


「っ……!」


 泣きそうになりながら説得するアリア。

 しかしその言葉はシンにとっては地雷だった。


「お前には愛してくれる人がいるだろう! 俺はっ、出会えなかった……!」


 アリアの脳裏に浮かぶのは守の顔。

 確かに彼と出会ったから変われた所はある。


「そんなお前に何が分かると言うんだぁぁっ!」


 憎しみが更に募りシンはアリアに向けて突進をする。

 ナイフを構えて彼女を刺そうと突っ込んだ。

 アリアもこれでは変身が間に合わない、万事休すかと思った瞬間。


「えっ……?」


 一発の銃声が響いた。

 それと同時にシンの動きも止まってしまう。


「なん、で……?」


 銃弾を放った人物、それは母だった。

 シンの脇腹からはドクドクと鮮血が溢れている。


「ごめんなさいシン、謝る事しか出来なくて……」


 シンを撃ち抜いた母は彼に対してまた謝った。

 そしてシンはそのまま憎しみを爆発させるのだ。


「うわぁぁぁぁっ!」


 母に向かって最後の力を振り絞り突撃していくシン。

 そのまま母を押し倒しナイフを突き立てた。


「ごふっ……」


 胸元を思い切り刺され苦しむ母。

 しかしそんな事を気にも留めずシンは母を何度も刺して行く。


「ふざけるなっ! 何度も何度も俺を否定して……!」


 意識が遠のく中、最期に母は精一杯の力でシンの頬に手を伸ばし優しく撫でた。


「っ……!」


 そして最期の言葉をシンに告げるのだった。


「ごめ、……んねっ……」


 そして手は地面に落ち、母は目を開けたまま動かなくなってしまった。

 シンは最期まで謝り続けた母を見て初めて一筋の涙を流したのだった。







 つづく


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