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#1

 昼頃に起きたアリアたちはモモの家から出てライブハウスに来ていた。

 今日はオーディション当日、そのリハーサルをするのだ。


「ぷはぁっ……」


 水で痛み止めを飲み準備を整える守。

 楽屋には他の参加者たちの姿が確認できた。

 誰もがイケており守より遥かに経験もありそうだ、その中で演奏するという事に緊張してしまう。


「アリアさん……」


 一度楽屋から出てステージ前で待ってくれていたアリアに声を掛ける。

 しかし彼女も彼女で少し気が滅入っていた、昨晩の夢の件だろう。


「あ、守クン……」


 元気がなさそうに考え事をしているアリアを見た守。


「まだ夢の事で悩んでんすか?」


「まぁね……」


「確かに記憶なんすもんね……」


 ただの夢ではなく元は同一であるはずの存在という点から来るシンクロだと言う話は守も理解している。


「元々は同じ存在のはずって考えるとちょっと……」


 しかし守は思った事を伝える。

 自分なりに考えたアリアとシンの違いを。


「でも二人は違う人っすよ、俺はシンじゃなくてアリアさんのためにロックをやりたい」


 彼女が落ち込んでいるのを見て抱く気持ち、それは学祭でロックを演奏した時と全く同じものだった。

 俄然、オーディションへのやる気が出てくる。


「オーディション、しっかり見てて下さい! 学祭の時みたいに元気にしてみせますから!」


 一生懸命にアリアを元気付けようとするが対する彼女はまだ元気がないようだ。


「うん、ありがと……」


 そんな彼女の悲しそうな、そして少し後悔の念を感じられる表情を見た守は自分の無力さを感じるのであった。


「(俺に何か出来るのかな……?)」


 以前とはまた違った問題が立ちはだかる事で今回は自分には何も出来ないのではないかなど考えてしまう守がいた。








Call Me ARIA. episode8







 その後すぐに守のリハーサルが始まった。

 初めて本物のライブハウスでステージに立つという経験をするため緊張が止まらない。

 周囲では熟練とも思えるようなバンドの面々が見ていたので更に緊張が高鳴る。


「えっと、音源の合図でこっちも入ります……っ」


 守はバンドでなく一人なので自分で用意した音源をバックに演奏をするのだ。

 しかしそれをPAに伝えるためマイクに向かって話すが上手く話せずハウリングしてしまう。


「す、すみません……っ」


 しかし守のその風貌と様子から周囲はライブハウスが初めての初心者だとすぐに察した。

 なのでPAなども優しく接してくれる。


『大丈夫、緊張しなくていいよ〜』


 向こうもわざわざマイクで話しかけて来てくれた。

 それに合わせるように他の熟練の者たちも励ましてくれる。


「初めてはそんなもんだって〜」


「リラックスリラックス〜」


 そのように言ってくれたお陰で少しずつ緊張が解けていく守をモモも見ていた、その隣にはアリアもいる。


「じゃ、じゃあお願いします……!」


 深呼吸をしお願いをすると照明や演奏を全て合わせる通しのリハーサルが始まる。


『イェァッ!』


 マイクに向かって大声でシャウトし曲が始まる。

 その勢いに周囲の熟練者たちも大喜びする。


「おぉっ!」


「いいじゃん〜」


 守には彼らの声も届いている。

 そのまま楽しそうに演奏を続けている様子を見たアリアは少し複雑な心境を抱いていた。



『……俺は生まれるべきじゃなかった』



 夢で見たシンの意思。

 それがどうしても頭から離れずアリアは守の演奏に集中する事が出来なかった。


 ***


 リハーサルが終わった後、守は他の出演者たちと楽しそうに話していた。


「やるじゃないの、本当に高校1年生?」


「本当にライブハウス初めてで、上手く出来たか不安なんですけど……」


「てかまだ本番じゃないって〜、でもこの調子なら問題ないか!」


 ワイワイと楽しんでいる様子で守はある気持ちを抱く。


「(アリアさん以外にこんな褒めてもらえたの初めてだ……)」


 喜びのような寂しさのような非常に複雑な思いが胸の内に宿りアリアの方を思わず見てしまう。


「アリアさん……?」


 視線の先でアリアは一人少し寂しそうな表情をしている、正直他の人に褒められるのはもうどうでも良かった。


「アリアさん! どうでした?」


 とにかく彼女の感想が気になりそちらへ駆け寄っていく守。


「うーん、まだ本番じゃないし実際のステージでもっかいちゃんと見たいな」


 しかしアリアはシンの事ばかり考えてしまっていたため空虚な返事をした。


「はは、まぁそうっすよね」


 アリアがまだ元気そうにない事を見て守は余計に自分の無力さを実感した。

 せっかく他の人には褒めてもらえたのに誰よりも褒めて欲しいアリアには褒められないという現状が胸を痛めたのだ。


「ねぇ守クン」


「はい?」


 するとアリアが話しかけて来た。

 その内容は核心に触れるものであった。


「守クンはオーディション終わったらどうするの?」


「え……」


「落ちても受かってもこのままじゃ世界は崩壊しちゃうよ、家に帰るの? それとも……」


 そこでアリアは口篭ってしまう。

 何を言いたいのか少し分かったような気がする。


「俺はアリアさんを支えたいです。崩壊しないように頑張ってくれるんだから、俺はそのサポートがしたい。そうすりゃ全部解決じゃないすか」


 そう言う守だがアリアはまだ少し不安そうだった。


「でも私は迷ってるの、決着つけるってどうやって? 本当に崩壊を防ぐ方法はあるのかな? あまりにも壁が多過ぎるよ、シンとどう向き合えば……」


 夢を見た事で向き合うべき事の多さに心が折れてしまいそうなのだろう。


「一緒に探しましょ? それをサポートしたいってのもありますから」


 守はそう言うがアリアはまだ悩んでいるようだった。


「お願いします、俺アリアさんのために頑張りたいんです! そのために出来る事なら何でもしますから!」


 そして決定的な一言を。


「……俺じゃ力になれませんか?」


 それを聞いたアリアは結局諦めてしまう。


「……そうだね」


 そのまましばらく沈黙が訪れてしまう。

 すると守が他の出演者に声を掛けられた。


「おーい、SNS用の集合写真撮るって!」


 そう言われて守はアリアとの話を一度中断し彼らの方へ向かった。


「……私もどうすれば良いの?」


 取り残されたアリアはシンとの話などが現実味を帯び出して来た事で頭がパンクしそうだった。

 そのまま一度外の空気を吸うためにライブハウスを出る。


「はぁ……」


 薄暗い階段を登り外へ出るとそこには予想外の人物が。


「あ、マリア……」


 なんと母がその場にはいたのだ。

 そして背後にはシンの姿も。


「阿部マリア……」


「え、何で……?」


 悩んでいるタイミングで突然の来訪にアリアは恐怖してしまう、しかし母とシンはある提案をしたのだった。


「ねぇマリア、ちょっと話さない?」


「……え?」


 シンも殺そうとしてくる訳ではなく母の話を受け入れているようでアリア達に着いて行こうとしていた。





 三人がやって来たのは近くの公園。

 そこのベンチに座り話をするのだった。


「……母と子とは本来あのようなものなのか」


 シンはその公園で遊ぶ親子の姿を見てそう呟いた。

 その意図がアリアには分かる。


「夢で見た、あんた嫉妬してたの……?」


「だからお前が憎かった、それを理解した」


 遠回しにそう答えるシンに対しアリアも母も少し悲しくなってしまった。


「じゃあ何で今は私を殺そうとしないの?」


「お前を殺したところでどうしようもないという事に気付いてしまったんだ……」


 そのままシンは苦しそうに語り出す。


「ここまで旅をして思った事がある、憎しみを晴らした後はどうするのかと。世界は崩壊すると言うのに……」


 シンは素直に自分の気持ちアリアに伝える。

 憎しみ以外を求める自分を知ったのだ。


「では俺が存在した意味は? せっかく生まれたというのにこのままでは何も得られない……!」


 そして今を生きるアリアに質問をした。


「何のために生き、何のために死ねばいい……⁈」


 その言葉を聞いた母は誰よりも苦しそうな表情を浮かべていた。


「憎しみしか知らなかった、なのに今更っ……何故それ以外を知ってしまったのだ……⁈」


 脳裏には母と旅した記憶が。

 短い時間だが確実に心境を変化させていた。


「っ……!」


 アリアは自分と似たような悩みを抱えているシンを見て共感してしまう。

 するとそこへピンク色をしたボールが転がってくる。

 そのボールはシンの足元で止まった。


「これは……?」


 疑問に思っていると公園の中央から声が聞こえる。


「すみません、取ってくださーい!」


 たった今シンが見ていた親子がどうやらボールをここまで投げてしまったらしい。

 その様子を見たシンはボールを拾い上げるとその親子の方を目掛けて力一杯投げた。


「ありがとうございます! ホラ、お礼は?」


「ありがとう!」


 その母と子に感謝をされるシン。

 何か心が少し揺らいだような気がした。


「ありがとう、か……」


 その言葉の意味もまだよく分からないがやはり胸に込み上げるものがある。

 その様子を見ていた母は思わず泣き出してしまう。


「ごめんね、ごめんなさいシン……!」


「何だ、また謝るのか?」


「私はあの親子みたいにはしてあげられない……っ」


 シンはたった今、感謝の言葉に胸を打たれたにも関わらず謝罪の言葉を伝えてしまう母。


「分かっているさ、お前と俺の間にあるのは……後悔だけだ」


 少し歯切れの悪い言い方をするシン。

 アリアはそれがシンの本心のようには思えなかった。


「二人とも……」


 アリアもシンと母の関係が進展しない事を悲しみながら複雑な感情を抱いていた。






 つづく

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