数時間前、アリア達が東京に着いた昼頃。
その一方でシンと母親は車に乗り関東地方に入っていた。
「……くしゅんっ」
しかしシンは機械から出て来てからずっと上裸のためかなり寒そうにしていた、くしゃみもこれで何度目だろうか。
「……」
母は考える、シンのために出来る事。
自分がしてやれるシンへの償いを。
すると道の先に小さめのショッピングモールがあるのを見つけた、なので母はそこの駐車場に車を停める。
「む、なぜ止まる?」
「あなた寒いでしょ、それにお腹も空いてるだろうし。何か買ってくるから待ってて」
そう言われたシンはくしゃみだけでなく腹の虫も鳴いていた、しかし見た目の通り服がないため母は一度車で待たせる事を選ぶ。
そのまま出て小型ショッピングモールの中へと入って行った。
***
ショッピングモールの中にある庶民的な服屋でシンに合うサイズの服をいくつか探していると母は悲しい気持ちになって来る。
シンのあの痩せ細った体型、それを考えるだけで罪に押し潰されてしまいそうだった。
「シン……」
そんな事を考えながら服を購入するとショッピングモールの廊下から声が聞こえる。
それは近頃よく聞いている声だった。
「やめろ離せ!」
シンの声だ、慌ててそちらへ向かうとモール内のスーパーで店員に捕まるシンの姿が。
「な、何やってるのシン!」
上裸のまま口いっぱいに何かを頬張り店員に腕を掴まれるシンの姿は異様だった、何があったのか大体想像がつく。
そのため母はシンと店員の間に割って入る。
「保護者の方ですか?」
半ギレのような状態の店員に案内され裏の部屋に入っていった。
***
裏の部屋で叱責されるシン。
母は事情を聞いていた。
「息子さんがいきなり店の商品を開封して食べ始めましてね、どんなおつもりですか?」
「すみませんっ……」
聞いた内容はあらかた想像通りだった。
上裸だからと言って一人置いて行った自分が悪かった、そう判断し母はひたすら平謝りを続ける。
「息子さんおいくつですか? ちょっとこの様子、警察や年齢によれば児童相談所なんかにお話させていただく形になるかも知れませんが」
「そ、それは……!」
そこまで話が大きくなるのは困る、そのため必死に止めようと頼んだ。
「それだけはやめて下さい、お願いします……っ!」
「しかしねぇ、お宅らマトモに見えないですよ? ちゃんとした教育受けさせてるようにも見えませんし……」
するとシンが反応を見せた。
どこかヤケクソになっているような、感情に任せて言い放っている雰囲気がある。
「その通りだ、この母親はマトモな育て方をしてくれなかった……!」
これまでの恨みのこもった言葉に母は少し悲しくなってしまうが店員に交渉する。
「どうか、代金は支払いますので今回だけ見逃してくれませんか……?」
「いやでもこちらとしても……」
「お願いします!」
「では警察にもすぐ済ませるように言っときますんで」
しかし見逃してはくれないようだ。
警察を呼びに席を離れた店員、その隙を見た母はシンに言う。
「シン、逃げるよ」
「なに?」
戸籍など調べられ正体がバレるのはマズい、そう判断しシンの手を引いて母はその場からそそくさと立ち去った。
慌てて車に乗りエンジンを蒸し走り出す。
他にも車を出した客がいたためそこに紛れて追われるのは避けられた。
***
外では陽が落ちていく中で車に乗り走る二人。
母はシンに告げた。
「シン、お腹空いたなら私が何か食べさせてあげるから危ない事はしないで……」
しかしシンは少し不貞腐れているのか無視をしている。
それでも腹の虫が鳴き出し空腹を隠す事は出来ない。
「ホラ、近くにたくさん食べれるお店あるみたいだから行きましょ? 服も買ってあげたからもう大丈夫」
そう言って後部座席に座るシンの隣に置いてある服屋の袋を指す。
シンはそちらを見てから袋を開封し中の服を見た。
「どう? 似合いそうなの選んだんだけど……」
「……俺に服は分からん」
そう言いながらも寒かったのか買ってもらった服に袖を通すシン。
母は少し優しく微笑み、シンが腹一杯食べれる店を目指したのだった。
☆
こうしてやって来たのは豚骨ラーメンの店。
母が買ってくれた服を身につけ少し違和感を覚えながらも入店した。
すると店主の大きな声が響く。
「らっしゃせぇぇー!」
元気な店主の声と裏腹に店の中はガラガラだった。
母もたまたま近くにあるのを調べただけでそこまで人気店という訳でも無いのだろう。
しかしシンは店内に充満するスープの香りを嗅いだ途端に腹の虫が大きく鳴いた。
「ははは、いい腹の音! そこで食券買ってね!」
店主も思わず大笑いしてしまい食券を買うように促す。
そのまま言われた通りに豚骨ラーメンを頼みシンは待った。
***
その後すぐにラーメンは届く。
しかし空腹だったシンには気の遠くなるほどの時間に感じられた。
「はいお待ちぃー!」
初めて見るマトモな食べ物にシンは驚愕していた。
そのままシンはどう食べれば良いのか一瞬迷い母の顔を見た、助けを求めるようだ。
「この細い麺を啜るのよ」
「こうか……?」
試しにやってみせるシン。
すると食べ方を気にしていた事よりもその味に驚いてしまう、生まれて初めて食べる味だ。
「っ……⁈」
そのまま思わずがっついてしまう。
箸すら上手く使えていないが何とか麺を掬い食らいついていく。
「おぉー良い食べっぷりだなぁ」
店主も嬉しそうにしていた、少ない客の一人がここまで美味しそうに食べてくれる事に喜びを覚えているのだろう。
「む、ないぞ……?」
勢いよく食べたためもう麺が無くなってしまった。
「替え玉あるよ?」
店主がそう提案した事で母が注文する。
「じゃあお願いします」
そして替え玉が届きまたがっつき出すシン。
そのままどれだけ時間が経っただろうか、シンの横には何枚も重なった替え玉用の皿が立っている。
「ふぅっ、腹いっぱいだ……」
スープまで完飲したシンを見て店主は拍手をした。
「ここまで気持ちの良い客は初めてだ! ありがとよ!」
「……ありが、とう?」
初めて感謝された。
シンはこの感情に何か今までと違う違和感を覚える。
「おや?」
しかしそんな中で店主はある事に気付く。
それは母に関する事だ。
「お母さん、そいえば何も食ってないね?」
母はただシンの食いっぷりを見ていただけだ。
「私は良いんです。お金もないし、その分この子のために何かしてやりたくて」
その言葉を聞いた店主は更に大喜びした。
「良いお母さんじゃないか、よかったな君!」
シンに向かってガハハと笑いながら言うとシンは少し疑問を抱く。
「良いお母さんだって……?」
自分の中での印象は最悪だったため他人からそう言われて少し戸惑ってしまう。
「ありがとうございましたぁーっ!」
そのまま彼らは替え玉分の料金を払い店を出たがシンの気持ちには少し疑問が残ったままだった。
「感謝って何なんだ……?」
隣にいる母の顔を見るがよく分からないまま。
シンはそのまま車に乗り込むのだった。
☆
そして夜も深くなり母が運転する車の中でシンは眠ってしまった、腹が膨れた事もあっての事だろう。
子供のようにスヤスヤと眠るシンをバックミラーで確認した母は再度後悔の念を強く抱いてしまった。
「……っ」
そんな中でシンは夢を見る。
そしてその夢は以前病院でアリアと同時に眠った時のように彼女とシンクロするのだった。
***
車の中で眠るシン、一方でモモの部屋で眠るアリア。
その二人の記憶という夢はシンクロしている。
「んん……」
これはシン視点の記憶だろうか、幼少期にアリアの様子を見ている。
そして映っているアリアは母といる所ばかりだった。
その様子をシンは羨ましそうに眺めている。
当時のシンの想いまでアリアには流れて来た、それはとてつもなく強い感情。
『ごめんなさいマリア、こんな想いさせて……』
アリアに謝る母、何とか彼女に償おうとする母。
その姿を見たシンは母の歪んではいるが確かな愛情や贖罪を一心に受けるアリアへの憎しみが募る。
そしてシンにとって決定的な出来事が。
『はいお母さん……』
アリアが小さい時、母は精神的な弱さから体を壊してしまった。
そこでアリアが寒そうに寝ている母に毛布を渡したのだ。
『マリア……ありがとねっ』
そこで初めて母はアリアに謝罪以外の感情を伝えた。
シンにとってそれは強烈に印象的な事であり、姉と自分との差を感じる出来事だった。
『俺だってお前の息子だ、なのに感謝される機会すら与えられない……』
その瞬間、アリアは気付いてしまったのだ。
シンの本意に。
『そうだ、俺には何もない……後悔しかないんだ、ならば……』
そしてシンの本意が聞こえてくる。
『……俺は生まれるべきじゃなかった』
***
「ーーはっ」
モモの部屋で目を覚ますアリア。
横で守もそれに気付き眠い目を擦っていた。
「どうしました……?」
気が付くとアリアの目からは涙が流れていた。
ようやく分かったのだ、シンの本意に。
「シン、まさか嫉妬してたの……?」
今の自分だから分かる。
ついさっき守とモモが仲良くしている時に覚えた感情、それの更に大きなものをシンは抱いていたのだ。
***
そしてシンも眠りから覚めた。
母に向けてなのか独り言なのか、小さな声で呟く。
「姉を殺して憎しみを晴らしたとして……俺は何をすれば良い、世界は崩壊するんだぞ……?」
その言葉が聞こえた母、彼女もシンの本当の想いを察してしまう。
そのまま涙が流れて来た。
「ごめんなさいシン……っ」
それでも謝る事しか出来ない。
車を道の端に停めて母は独りで泣くのだった。
***
そして夜も更け、シンは車の中で一度目が覚める。
「ん……」
すると車は動いておらず何処かの駐車場に停められているようだった。
「……母さん?」
思わず甘える息子のような声で母を呼んでしまう、しかし返事はない。
疑問に思い運転席を見てみるとそこには眠っている母の姿が。
「……くしゅん」
服を買ってもらう以前のシンのようにくしゃみをしてしまっている母。
そこでシンは先程の出来事を思い出す。
『ありがとうございましたーっ!』
ラーメン屋の店主がシンに感謝をする瞬間だった、あの時シンの中で何かが動いた気がする。
「っ……」
試しにシンは母に買ってもらい自身が身につけている上着を脱いだ。
そして寒そうに眠っている母の体に毛布のように掛けてあげたのだ。
「……何をやっている俺」
しかし何か虚しくなったのかシンは不貞腐れるように元の席に戻って再度眠ってしまうのだった。
今更かつての姉のようにしている自分がバカバカしくなってしまった。
つづく