第6のシナーがアリアにより殺された頃、クラウスはその様子を遠目で見ながら何とも言えぬ表情をしていた。
「さて、上手く行ったかな?」
そのような事を呟きながら一時的に拠点としている軍用機の中へ戻る。
するとそこにいる研究員やオペレーターが何やら酷く慌てていた。
「クラウス様、大変ですっ! シンがまた!」
研究室の声でクラウスもシンの所へ向かう。
そこでは薬液に漬けられたシンがこの前以上に苦しむ様子が見られた。
「ゴボッ、ゴボボボッ……!」
明らかに目は覚めており強化ガラスを内側から手でドンドンと叩いている。
度々電気ショックを受けたように痙攣をするシンを見たクラウスは研究員のある言葉で目が覚める。
「これは……! クラウス様、シンの持つ罪エネルギーが規定値を大きく上回っています!」
「何だと?」
すぐにデータが表示されているモニターを覗き込むクラウス。
そこに映されていたデータを見て思わず声を上げてしまった。
「おいおいこれは……!」
凄まじいデータの変化を目で追って行きながらクラウスは焦りを覚える。
一度後退りして頭を抱えてしまった。
研究員は何故か怯えるようにクラウスの様子を伺っていた。
「クラウス様……っ!」
研究員たちは全員冷や汗を流していた。
クラウスの次の言葉を待っているような拒絶しているような。
「マズいな、この世界の存在意義が揺らぐぞ……」
クラウスの手には連絡用のスマホが握られている、その画面には聖王の番号が映されていた。
この異常事態を伝えるかどうか、クラウス達が気付いた事に聖王は当然気付くだろう。
「これでは……っ」
頭を掻きむしりながら悩んでいるクラウスは遂に決断する、シンが入った機械を操作するコンピュータを弄る。
「な、何をっ⁈」
周囲の研究員たちが恐れ慄く中、クラウスはシンを解放したのだ。
薬液から解き放たれ床に倒れ込むシンは肺まで入った液体を吐き出してから大きく咳き込んだ。
「ゴハッ、ごほっ……」
そして寒さに震えながら周囲を見渡す。
恐怖と憎悪、全ての負の感情に包まれた表情を浮かべるシンの所へクラウスが近付く。
「シン、久しぶりだね」
「お前はっ……クラウスかっ……⁈」
震えながらクラウスの存在を認識したシンはまだ周囲をずっと見渡したまま。
「今頭に何かが……! 女が俺を……!」
そのシンの言葉を聞いたクラウスは全てを察する。
「成る程、浄化されずに死んだ罪が行き場を無くしてシンに逆流したのか」
「何を言っている……?」
「シン、君の頭に映った女を俺は知っている」
恐らくアリアに殺された罪の記憶がシンに流れ込んだのだろう、彼女への恐怖や憎悪が今のシンを作るなら利用しない手はない。
「あれは君の姉だ。同じ生を受けながら苦しみ続ける君と違って責任を放棄したんだ、だから君が余計に苦しんでいる」
アリアが放棄した責任、それによる弊害を説明する。
するとシンは途端に恐怖ではなく怒りの震えを見せた。
「何故……俺だけが苦しまねばならん……?」
「そうだ、そう思うだろう?」
クラウスはシンに手を差し伸べる。
そしてある提案をした。
「共に苦しみから解放されるんだ、そのために力を貸してくれ」
シンに手を差し伸べるクラウスはもう片方の手でスマホを操作し聖王の番号からの着信をブロックするのだった。
「(俺は聖王にならなきゃいけないんだよ……!)」
そしてその様子を壁の影から見ている者が一人。
それはアリアの母であった。
「なんて事……!」
彼女もこの異常事態を理解し震えているのであった。
☆
Call Me ARIA. episode4
☆
朝日が昇り始める頃、守とアリアの二人は近くにいた被害者たちと共に付近の学校へ行った。
そこの体育館を一時的な避難所としたのだ。
到着し角に腰掛けた二人だったが先程の出来事と周囲の声も相待って精神が崩壊してしまいそうだった。
「……っ」
アリアは守の隣でずっと目を見開きながら震えている、更に耳まで塞いで完全に周囲からの情報をシャットアウトしていた。
「何でここに怪獣が出るのよ!」
「北海道だけじゃなかったの⁈」
突然被害に遭い日常を奪われた人々の悲痛な声が響く、アリアはそれらも全て自分のせいだと感じているのだろう。
「アリアさん……」
守もギターと共に自分のものではないある一台のスマホを持ちながら小さく震えていた。
それは篤人が使っていたものである。
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数時間前、救助隊が来た時も二人はずっと篤人の車を見ていた。
側を離れなかったのである。
「うわぁ、こりゃ酷い……」
救助隊の男が瓦礫を退かし車の中を覗き込む。
一瞬だけアリアはその中を見てしまった、そこには篤人だけではなく温泉で良くしてくれた中年二人の遺体もあった。
「私のせいだ……っ!」
自分が責任を放棄したせいでこんな事になった。
元より自分を酷く扱った大嫌いな世界を見捨ててやろうという名目で始めた旅だが良くしてくれた人が犠牲になった所を見てその意味を知ったのだ。
「彼らの同行者ですか?」
すると救助隊の男が話しかけてくる。
アリアはまともに話せる状態では無かったため守が応対した。
「これ、恐らく彼の遺品です……」
そこで渡されたのが彼のスマホなのである。
少し充電の残ったスマホの壁紙には篤人と彼の言っていたモモと思わしき人物のツーショットが写されていた。
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そんな彼のスマホを見る守。
パスワードが分からないため中身までは見れないが壁紙となっているモモとのツーショットが気がかりだった。
「アリアさん、貴女だけのせいじゃないです……俺が旅に出るように諭したから……」
その小さな守の声はアリアに届いたようで彼女は少し彼の方を見てようやく口を開いた。
「……でも決めたのは私。私が責任を投げ出したから、せっかく世界の良さに気付けたのに……」
そんな事を口にして落ち込んでいると守のスマホに通知が届いた。
チェックするとそこには東京ヤングバンドオーディションから日程や時間の細かいお知らせが。
「そうだ、これからどうします? どうやって東京まで……」
守にとって旅の目的はこのオーディションに出る事。
それに着いて来てくれたアリアだが今の彼女の状態を考慮し少し聞いてみる。
「まだそんなこと言えるの? 私もう無理だよ、何もしたくない……!」
自分の行動により招かれた悲劇を目の当たりにし行動する事が怖くなってしまったのだった。
「これが"自由"だっていうなら望まなかった……!」
アリアは精一杯の自身の想いを告げた。
「でもきっと奴らアリアさんを連れ戻そうとしてっ、このまま戻ったらまた辛い日々ですよ……?」
「仕方ないよもう、私はどうしてもあんな目に遭う運命なんだよ。その責任を投げ出したから……!」
「そんなこと言わないで下さいよっ、俺は貴女に……!」
守が何か言おうとした瞬間だった。
「なっ、何……⁈」
突然大きな地震が起こったのだ。
またシナーが現れるのではと警戒するがどうやらただの地震らしくすぐに収まった。
「大丈夫、ただの地震ですよ……!」
守は慌ててアリアを宥めようとするが彼女は今の地震の意味を理解した。
「きっと世界の崩壊が始まったんだよ……!」
アリアが使命を放棄した事により世界の崩壊が始まったのではと恐れてしまう。
いくら何でも考えすぎだと感じたが守はこれ以上自分に何も出来ないと考えてしまった。
「アリアさん……」
ただ彼女の背中を支え何も出来ない自分の無力さを呪った、するとそこで避難所に声が響く。
「ただ今より豚汁の配給を始めまーす」
普段なら朝食の時間だ、そのため配給が始まる。
守は立ち上がりそちらへ行こうとするがアリアは蹲ったまま立てない。
「アリアさん……?」
まだ現実を受け止め切れないらしい。
ようやく世界を良いと思えたタイミングでのコレは相当堪えたのだろう。
「私に優しくしないで……っ」
その言葉に隠された真意に守は気付いていた、初めて世界が良いと思わせてくれた人々が自分に巻き込まれて死んでしまう。
辛くないはずがないのだ。
「はい……」
そう返事をして守は同じ位置、アリアの隣に再度腰掛けたのだった。
しばらく二人はボーッと豚汁を求める列を眺めている。
「あ、終わったっぽいっすよ」
「うん」
するととうとう列は終わり配給も終了するかと思われた。
しかし担当の女性はもう二つの豚汁を注ぎ両手に持ったのだ。
「?」
不思議に思いながらそちらを見ていると彼女は二人の方へ歩いて来る。
そして豚汁を差し出して声を掛けてきたのだ。
「ほら、君たち貰ってないでしょ?」
優しく声を掛けてくれる初老の女性。
よく見ると彼女の頬には煤が付いており他の者と同様に被害を受けた者である事に気付く。
「やめて下さい……」
それに気付いたアリアは自分が巻き込んでしまった申し訳なさで余計に苦しくなる。
「私に優しくしないで、傷付けちゃうから……っ」
そう言われても事情を知らない女性は少し困惑してしまう。
なので守が真相は伏せて少し説明をした。
「彼女を助けて亡くなった人が居るんです、だから優しくされるのが……」
「あら、そうだったの……」
その話を聞いた女性は申し訳ないと少し俯いてしまうが守に豚汁を渡す。
「ごめんなさい私気付けなくて……じゃあここに置いとくからいつでも食べてね」
そう言った女性は近くからお盆を手に取りその上に豚汁を乗せてアリアの前に置いた。
いつでも彼女が食べられるようにしてくれたのだ。
「それじゃあね」
そのまま女性は去って行く。
アリアは目の前に置かれた豚汁を見ながら涙を流した。
「何で、何でみんなこんなに優しいの……⁈ 今更気付いた所で……っ」
二人はこの世界を酷いものだと思い見捨てる覚悟で逃げ出した。
しかしその結果この世界は捨てたもんじゃないと気付かされてしまったのだ。
「アリアさん……」
アリアの隣に腰掛ける守だが何も言ってやる事が出来ずに自分の無力さを知る。
「確かに優しすぎますね、出会った人たち」
守もこれまでと今を比べて考えてみる。
「もっと早く出会えてれば、でもそしたらアリアさんが辛いまま……どうすりゃ良かったんだっ」
答えが見つからずに頭を抱えてしまった守。
何も正しい道を歩めたルートが思い浮かばない。
このように悩んでいるとある人物に声を掛けられる。
「あ、いた……!」
アリアにとっては聞き覚えのある声だった。
最悪な予感がして顔を上げる、するとそこには。
「何で、お母さん……?」
「マリア、良かった無事で……」
彼女の母親が慌てた様子でこちらに駆け寄って来たのだ、娘を抱きしめ涙を流している。
「え、お母さん……?」
守は状況が理解できずフリーズしてしまった。
アリアの母という事は彼女も組織の者なのか、そのような思考が巡りどうしても警戒してしまうのだった。
つづく