津軽海峡を越えた守とアリア、そして篤人の三人。
篤人の車に乗り一同は外へ出る。
「本当に良いんですか、乗せてもらっちゃって……?」
「良いんだよ、目的地は同じだし」
申し訳なさそうにする守に対し優しく答える篤人。
二人はまだ明るい様子だが守の隣でアリアは落ち込んでいる。
「……っ」
篤人は自分が怪獣の話題を出した事でアリアがこうなったと察した、なのである提案をする。
「ねぇ、まだ暗いからさ。休める所に行かない?」
「休める所?」
一度リフレッシュする事を考えたのだ。
「近くに24時間やってる温泉があるんだ、そこでリフレッシュしようよ!」
この篤人の提案で彼らはその温泉に行くのだった。
***
温泉に到着した三人。
そこは少し大きめの施設となっており食事や宴会も楽しめる所となっていた。
「凄い、食事処もあるんすね」
「今日はもう閉まってるけどね、その代わり飲み屋が夜に開くみたい」
「詳しいっすね」
「そりゃ通り道だから下調べするさ」
そして三人はチェックインしてロッカーの鍵をもらう。
男湯と女湯の境で一度別れる事となった。
「じゃあアリアさん、ゆっくりして下さいね」
守がそう告げるとアリアはまだ俯いたまま言った。
彼女の不安そうな表情を見て守は一度肩に手を置く。
「大丈夫ですよ、もう不安はありません」
アリアはその守の手に少し触れて安心を感じようとする、そして小さく微笑んだ後に呟いた。
「ありがと」
そして三人は温泉を楽しむのだった。
☆
男湯にはこの時間でも多くの客がいた。
その殆どは小汚い中年であるが。
守と篤人は体を流した後、お湯に浸かりながら話していた。
「ねぇ、彼女と付き合ってるの?」
「えっ! い、いやそんなんじゃ……」
「でも好きなんでしょ?」
「えっと……」
少し神妙な面持ちで質問してくる篤人はまだアリアに言ってしまった事を気にしているようだ。
彼女の事を守から聞き出し共に元気付けようと言うのか。
「はい……そうです」
否定できずに彼女が好きであると認めてしまった守。
その顔は赤くなっていた。
「やっぱりね。どんな所が好きなの?」
「……俺の音楽、初めて褒めてくれたんです」
アリアと初めて会った時の事、そこで芽生えた気持ちなどを振り返る。
彼女への想いを改めて整理して考えられた。
「俺たちお互い親とかに色々押し付けられて自由が欲しかったんです、その気持ちをロックにぶつけたら共感してくれて……褒められた以上に同じ仲間だってなったのが嬉しくて……」
語るのが恥ずかしくなって来たが篤人はその言葉に答えを見出していた。
「じゃあこの旅の中で告白しなよ。恋人として支えてあげてさ、あの子の辛い事も癒してあげな」
突然の提案に驚いてしまう守。
思わず両手を大きく振ってしまう。
「えぇっ⁈ そんないきなり言われても……!」
先程よりも顔を真っ赤にしてしまう守を見た篤人はニヤニヤと笑っていた。
そして笑っているのは篤人だけではなかった。
「え、何ですか……?」
同じ湯船に浸かっていた中年の男たちも微笑ましそうに真っ赤な守を見ていた。
「若いね〜」
「俺にもそんな時期があったよ」
すると中年たちもある提案をした。
「このあと飲み屋に来いよ、その子も連れてな」
「酒は飲めねぇだろうが気分だけでも楽しくなりゃイチコロよ」
どんどん話が進んでいく中、守に決定権はなかった。
「えぇ……⁈」
そのまま彼らは風呂を出た後、アリアと待ち合わせし温泉にある飲み屋に向かうのだった。
☆
飲み屋の中で中年たちと篤人は酒を飲みながら楽しそうにしていた。
「へぇ、怪獣の影響で北海道からね〜」
篤人の話を聞きながらアリアを巻き込まない程度に怪獣の話をする。
「その辺こっちではどうなんですか? 北海道ばっかりですけど……」
「まぁいつもと変わんねぇな、ちょいと流通が遅れる事はあるみてぇだが」
中年たちはビールを流し込みながら篤人を安心させるように話している。
「安心しろよ、道外に出ちまえば平和そのものだ!」
篤人の肩を叩く中年。
対する篤人も少し安心しているようだった。
「ありがとうございます……!」
一方守はここが何のために用意された場なのかを理解しアリアを前にして緊張していた。
中年たちがシナーの話をしているからアリアが気を遣わないかとも少し考えてしまっている。
自分がそれを癒さねばという使命感もあった。
「守クン、大丈夫……?」
「え⁈」
「顔赤いけど、のぼせた?」
顔を近づけて覗き込んで来るアリアに思わず目を逸らしてしまう、その様子を見ていた中年たちは酒が進んでいた。
「初々しいね〜」
その様子にアリアも気付いて少し顔を赤くする。
「ちょっとそんなんじゃ……!」
否定しようとするが顔を赤くするアリアに篤人たちは近付いて来て助言した。
「素直になるもんだぜ嬢ちゃん、このガキは真剣にお前のこと考えてくれてんだ」
「真剣にって……!」
「いやいや! 何とか元気づけようとしてるだけですから!」
真剣にお付き合いを考えていると捉えられてしまったと思い守は慌てて否定した。
中年たちはそれに対し少しガッカリするがまだ初々しさが残る二人を見て癒されていた。
「あちゃー、まぁいっか」
中年は背中を押してやったつもりだったがこの不器用さにも彼らの面白さを感じる。
「とにかく今日は遠慮するな、俺の奢りだ!」
そう言ってジュースを注文する中年。
二人の所にカルピスが届けられた。
そのコップを見つめる二人に篤人が説明をする。
何故中年がカルピスを注文したのか。
「あ、甘酸っぱい青春みたいなイメージだからか!」
「その通りよぉ! ホラ、乾杯だ!」
そして守の肩を叩きながら乾杯を諭す。
守とアリアは恥ずかしそうにお互いを見ながら互いのコップを当てた。
「ふー! いいねぇ!」
二人の乾杯に合わせて大人組も新たなグラスで再度乾杯をした。
そのまま楽しそうに大人組も飲んでいる。
守とアリアも彼らの気遣いと楽しそうにしている様子を見て少し気分が良くなっていた。
「ふふっ……」
徐々に笑顔を取り戻していくアリア。
守はそんな彼女を見て少し安心する。
「アリアさん、よかった」
「へ?」
「ほら、笑ってくれたから」
するとアリアも自分が笑っていた事に気付いていなかったようで顔を触り驚いた。
「本当だ、何でだろ……」
誰よりもアリアの事を考えていた守は彼女が笑顔を取り戻した理由をすぐに見つけた。
「みんな楽しそうにしてるからかな?」
罪悪感で苦しんでいた彼女が救われる方法は一つだった。
「篤人さんは何だかんだ楽しそうにしてますから、気負う必要はないって感じたんじゃないすか?」
「そっか……」
すると二人の間に篤人がドカっと座って来た。
顔を赤くして明らかに酔っている。
「俺の噂してた?」
「まぁそうっすね、アリアさんが元気になって来たの篤人さんのお陰かなって」
「本当だ、ちょっと笑ってんじゃん!」
守と無理やり肩を組みながら酒を口に運ぶ。
その姿にもアリアは感銘を受けた。
「俺さ、君たちに自分重ねてんだ。めっちゃ実感したよ」
「そうなんすか?」
「親の反対押し切って家出してさ、モモも一緒に。違う道には行ったけどね」
フェリーで言っていた家族とは縁を切っているという話だろう。
「アイツが上手くやってるの見ると自分が惨めに感じてた、後悔もしたし。でも君たち見てて勇気もらえたよ、俺ももっかい頑張ってみるかなぁ!」
そう言って更に酒を流し込む篤人。
アリアは彼に言ってもらった事が胸に響いていた。
自然な笑顔をようやく取り戻せたのである。
***
そんな盛り上がりを見せる彼らがいる飲み屋。
その入り口にある男が立っていた。
「なるほどね……」
中を覗いていたのはなんとクラウスだった。
アリアと守を交互に見て何か考える。
『許嫁として決して彼女を傷つける真似はするな』
聖王の言葉が脳裏に浮かんでいたがクラウスは何か不適な笑みを浮かべる。
「とっくにお前の代は終わってんだ、偉そうなこと言うんじゃねーよ」
いつもと違う口調になったクラウス。
そのまま彼はどこかに無線で連絡を取るような仕草を見せその場から離れるのだった。
つづく