夜の函館を津軽海峡フェリーが出発した。
正直真っ暗なので海の美しさは楽しめないが離れていく夜景を見つめているのも十分に心地いい。
守とアリアはしばらくデッキで街を眺めていた。
「北海道からおさらばか〜」
「俺も初めて出ました」
道外に初めて出る二人は少し緊張していた。
すると守は徐にノートを取り出しシャープペンで何かを書き始める。
「何書いてんの?」
「歌詞ですよ、なんかエモい気持ちなんで今のうちにメモしとこうと思って」
今の気持ちを忘れぬうちにノートにワードやフレーズなどのメモを行う守。
するとここで突風が吹いた、守のノートは風で飛ばされてしまう。
「あぁっ、ノートが!」
するとそのノートをある人物がキャッチする。
それは少し背の高い好青年だった。
「これ君の?」
その好青年は笑顔でノートを守に返す。
「あ、ありがとうございます……!」
少し恥ずかしがりながらノートを受け取る守。
するとその好青年は質問をしてきた。
「歌詞ノートって、ミュージシャン目指してるの?」
ノートの表紙に守の字で書いた"歌詞ノート"という文字、それを指摘されてまた少し恥ずかしくなる。
「まぁはい、東京の方でオーディションがあるから……」
その言葉を聞いた好青年は更に目を輝かせる。
「もしかして東京ヤングバンドオーディション?」
「はいそれです……!」
「おぉマジか!」
その青年は嬉しそうにする理由を説明する。
「実は俺もそこに向かうんだ、出る訳じゃないけど裏方の手伝いでね」
「マジっすか⁈」
「幼馴染がそこの審査員なんだ、その繋がりで」
なんと偶然にも目的地が同じ人に出会えた。
守たちは彼にある提案をされる。
「君たちの話も聞かせてよ」
「は、はい……!」
こうして守とアリアはこの好青年と語り合う事となったのだ。
☆
どうやら好青年の名は"三輪篤人(みわあつと)"と言うらしい、フェリーのフリースペースで語り合った。
守とアリアは自分たちの状況をシナーなどの情報は伏せて説明した。
「へぇ、家出して駆け落ちか!」
駆け落ちという言葉に少し戸惑う二人だがこの状況は確かにそう見えるだろう。
「若いね。つって俺も25だけどさ、大人と子供の狭間だからこその考えって感じだ」
事情を説明した二人は篤人の事情が気になり出す。
アリアが質問をしてみた。
「篤人さんは何でフェリーなんですか? 手伝いだけなら飛行機でも良かったんじゃ?」
すると篤人は少し複雑そうな表情を浮かべながら言う。
その事情はアリア達にとって大きな事であった。
「実は家が怪獣に壊されちゃってね、たまたま車で出てたから助かったけど……」
「え……」
「家族とは縁切りしてるから頼れないしフリーターだからお金もないし、路頭に迷ってたら幼馴染のモモってやつが居候させてやるから仕事手伝えって言ってくれたんだ」
残念そうだがどこか温かみのある言葉で篤人は言う。
幼馴染でオーディションの審査員であるモモという女性との信頼関係も伺えた。
「だから車とか運ぶためにフェリーを選んだって訳!」
明るく振る舞っている篤人だったがアリアは自分が原因であると考え震えてしまった。
「あ……」
その様子に守もすぐに気付いた。
篤人もアリアの様子には気付いていたが少し違う勘違いをしたようだ。
「あ、ごめん……君たちも怪獣に……?」
「えっと、まぁ……」
完全に嘘を言うのも難しいので真実は伏せて言う。
向こうも細かい事情は話したくないだろうと踏んでくれたのかこれ以上質問される事はなかった。
「そっか、やっぱり大変だよね北海道は」
売店で買った飲み物を飲みながら篤人は少し語る。
「他人事だと思ってたよ、こうなるまでは……」
明るく振る舞っているがやはり時折り儚い表情を見せる篤人にアリアは罪悪感を覚えた。
「じゃあちょっとトイレ行ってくるかな」
そう言って席を立った篤人。
彼がいなくなったタイミングでアリアは守だけに聞こえるように呟いた。
「……何だろう、今までこんな気持ちになった事ないのに」
明らかに彼女は罪悪感を覚えている。
ほぼ初めて他人に優しくされた、そんな人物が自分のせいで傷付いたと知ってしまったのだ。
「大丈夫っすよ、もう北海道出たんですから……」
守も気休め程度の言葉しか言えないが何とか彼女を慰めようとした。
☆
一方ここは北海道のM'sシステム本部。
聖王主催のもと重大な会議が開かれていた。
そこには数名の上層部の人材が集まっており事の重大さを表していた。
「すぐに連れ戻す必要がある、捜索隊を派遣しろ!」
「それでは時間がかかり過ぎる、大事に出来ぬ故行方不明の依頼も出来ぬ……」
「崩壊は刻一刻と迫っているのだぞ……!」
かなり焦りを覚えている一同だがその中で聖王が一通り意見に耳を傾けた後、自らの意見を口にした。
「静粛にっ!」
聖王の大声で一同は一斉に彼を見る。
そして注目を集めた聖王は今後の動きを語り始めた。
「仕方がない、最終手段に出よう」
その言葉に一同は騒がしくなる。
「まさか、そんな事が許されるとでも⁈」
「これが最善だという事実は認めたくないがな」
すると聖王は横で聞いていたクラウスに声を掛けた。
「クラウス、指揮はお前に任せる」
「はーい。マリアは責任を投げ出した、その意味を分からせてやりますよ」
何処か嘲笑うような表情を浮かべているクラウスに聖王は注意喚起した。
「言っておくぞ、最小限の規模に留めるんだ」
まるでクラウスの心を見透かしているような聖王。
「許嫁として決して彼女を傷つける真似はするな」
そのような注意を受けたクラウスはバレない程度に少し文句を呟いた。
「お前が言うなって……」
聖王の言う最終手段。
その真相とは如何に。
つづく