そして遂に学祭の当日がやって来た。
江別聖華高校は活気を見せ賑わっている。
「ホットドッグいかがっすかー!」
「2-C、クレープやってます!」
楽しそうな声が飛び交う中、マリアは孤独に寂しく廊下を歩いていた。
そして無意識に屋上に向かってしまう。
「……いないか」
守の姿を探してしまっていた。
彼だけは心を許せる気がしたのだ。
なので彼のクラスの出店にも行ってみる。
「あの、神崎守くんは……」
「今日は来てないですね」
「そう……」
残念そうにまた廊下を歩くと張り紙を見つける。
そこには本日のバンドによるライブの演目が書かれていた、出演バンドとそのメンバーの名前が丁寧に書かれている。
「はぁ……」
その中から守の名前を探すがやはり見つからない。
大きな溜息を吐いてマリアはまた廊下の散策に戻った。
「(普通の女の子らしい事、何も出来ない……)」
周囲では友達とはしゃぐ女子や仲睦まじいカップルなどが大勢いる。
自分の運命との差を感じてしまい悔しがるマリア。
ここに守が居てくれれば少しはマシだったろうか。
「はぁー、何で彼の事こんな風に思ってるんだろう?」
また一人で屋上にやって来て呟いている。
そして守への気持ちの整理が出来ぬままある音が聞こえる。
「あ、始まった……」
複数のバンドによるライブイベントが体育館で始まったらしい。
マリアは少し考えるが自然と足がそちらの方へ向かって歩いてしまっていた。
☆
暗い面持ちで体育館に入ると轟音が響いていた。
思わず圧倒されてしまうがマリアが好むような、以前守に言った心にズシっと来るようなサウンドではない。
「……っ」
流されるように人混みの中に入っていく。
キラキラした青春を感じさせるバンド演奏に思わず胸が痛くなってしまった。
『学園祭盛り上がってますかー⁈』
MCでも盛り上がりを見せるライブの中で一人だけマリアは下を向いていた。
「(私に寄り添ってくれる音楽じゃない……)」
今を楽しむキラキラした若者のオーラに着いて行けない。
彼らが悪い訳ではないがどうしても見下されているような感覚に陥ってしまった。
マリアが一人で落ち込んでいると次のバンドが出て来た。
『1-Bから来ましたー!』
それはスグルのバンドだった。
本来ならここで守が参加するはずだったがマリアはそんな事は知らない。
彼らは今をときめく若者に人気なバンドをカバーしている。
だからこそ苦しいのだ。
『イェーイ! ありがとー!』
彼らの演奏も終わりを迎える。
次のバンドのために片付けを始めていた。
「やめて、もう苦しいよ……」
あまりの苦しさにもうここから逃げてしまおうかと思うマリア。
しかしその瞬間。
「っ!」
勢いよく体育館の扉が開いた。
その音にマリアも思わず振り返ってしまう。
「はぁ、はぁ……」
なんとそこにいたのは守だった。
制服は乱れ大荷物を持っているが最初に出会った時の自前のギターを持っている。
「よう、遅くなった!」
そそくさとステージに上がって行きスグル達に声を掛ける。
当然スグル達は状況が理解できない。
「え、神崎? 何やってんだよもう終わったぞ?」
「終わらせたくないんだ、どうしても……!」
覚悟を決めたような守の表情を見たスグルは少し胸を打たれる、事情を聞いていたからというのもあった。
しかしそこで実行委員が阻止しようと介入して来る。
「ちょっと、勝手は困ります……!」
すると守は準備を一度中断し前に出る。
そして実行委員に頭を下げた。
「お願いします! どうしても聴いてほしい人が居るんです!」
その声は体育館全域に響いた。
すると何となく恋愛絡みの話だろうと感じた観客の生徒たちは大いに盛り上がる。
「良いじゃん良いじゃん、時間はあるし!」
「ひゅー! かっこいいとこ見せてやれー!」
観客たちの声を聞いた実行委員は少し悩んだ後、渋々了承をしてくれた。
「分かりました、一曲だけですよ」
こうして守は初めてバンドで演奏をする機会を与えられる。
緊張してきてしまったが何とか抑える。
「よし、じゃあやるか……」
セッティングを完了させ愛用ギターを構えながらスタンドマイクに向かって語る。
『阿部マリアさん。俺はどうしても貴女にこの曲を聴いてほしい、そのために作りました』
オリジナル曲である事とマリアの名前を発表し会場は更に沸く。
当のマリアも恥ずかしそうにしながらも顔を上げた。
『自由に生きて下さい、"思いのまま"』
そして演奏は始まる。
このライブが彼らにとって大きな転機となるのだ。
☆
まずはドラムがノリの良いビートを奏でる所から始まる。
徐々に勢いをつけていくビートにノっていくメンバー達。
『オォ〜イェアッ!』
マイクに向かってシャウトをする守。
そのまま重厚なサウンドのギターを掻き鳴らしていく。
ベースやリズムギターも入りサウンドは更に重厚になり魂に直接響くようなものとなった。
そしてマイクに向かい守はギターボーカルとして歌も歌い出す。
『今日も朝から晩まで tide up time』
甲高くも力強い声が響く。
歌もまだ荒削りではあるが沢山のロックを聴き込み身に付けたものであろう。
『逃げ出したなら目を見て帰れない』
客席の中にマリアの姿を見つけしっかりと目を合わせながら想いを叫ぶように歌う。
『もういいよ 明日の気分だけ気にしちゃいられない』
これまでのマリアとの関係がフラッシュバックしていくようだった。
マリアもその時と同じ衝撃を感じている。
『"お利口さんの歌だけ聞かせて"』
まさに彼は自由だった。
他のメンバーとのテンションの差に少し観客も引き始めているが彼は楽しそうである。
『どうでもいい魂胆 何をしてくれたって言うんだ』
歌詞も一言一言がマリアのためを想って書いたものである、自由を求める彼女に伝えるべき事なのだ。
『何も言わなくたって通じ合う それこそ無責任ってもんさ』
そしてサビへ。
二人の魂の盛り上がりは最高潮へ。
『思いのまま生きてみれば責任など着いてきやしねぇ』
とうとう涙が流れて来るマリア。
『呪いのなか虹が見えた たった一つの目ん玉それだけつめなきゃ明日はそもそも来ないんだぜ』
一番が終わり間奏へ。
一度ドラムメインのビートへ入り守はマイクを手に持ち語り出す。
『マリアさん、こっちおいで』
そして客席のマリアに手招きをしたのだ。
驚くマリアだったが注目を浴びている事には気付かない。
「っ……!」
もう視界には守の姿しか入っていなかった。
気がつくとマリアは思い切り走り出しステージの上にあがったのだ。
『よっしゃ! じゃあ行くぜ、リピート!』
他メンバーのMC用マイクをマリアに渡し歌を教える。
『思いのまま生きてみれば〜ヘイ!』
「思いのまま生きてみれば」
『責任など着いてきやしねぇヘイッ!』
「責任など着いてきなしねぇ!」
どんどんノリに乗って来たマリア。
そのまま守はもう一度サビに入る合図をした。
『行くぜラスサビだぁぁぁ!』
そのまま二人だけの最高潮の空間でサビを熱唱する。
『「思いのまま生きてみれば責任など着いてきやしねぇ」』
そして歌い終わった後、思い切り守はアウトロのギターソロを披露した。
超絶テクニカルな速弾きを床に膝でスライディングしながら奏でる。
『イェェェ〜〜〜アッ!』
そして曲が終了する。
会場は守の独壇場により最初よりは少し盛り上がりは減ったがそれでもなお彼の実力を皆が思い知った。
ただ守とマリア、その二人は非常に満足げにしていた。
☆
その後マリアと守は職員室に呼び出され先生にこっ酷く叱られた。
しかし先生の怒号が響く中、二人は笑顔のままお互いの顔を見合っていた。
そして叱られた後、二人は屋上にやって来た。
もう少しで陽が沈むがまだまだ学祭は活気に溢れている。
「何であんなギリギリになったの?」
「いやぁ、家出したから旅に出ようと思ったんすけど飛行機とか取れなくて……空港で色々やってました」
カップルが溢れる中で二人は家出の話をする。
「そんな遠くまで行くつもりなの?」
「はい、東京まで行こうかな。そこでオーディション受けようと思います」
思い浮かんだのは先日見たヤングバンドオーディションの記事。
それに参加しようと思うのだ。
「自由は自分で行動して掴みます、制限してくる奴らに文句言ってたって仕方ない」
そんな言葉を守の口から聞いたマリアは関心しつつも少し寂しそうに体育座りをし横目で彼を見ていた。
「とりあえず夜の特急で函館まで行って船で海を渡ります、寂しいけどマリアさんも自由を掴んで下さい」
「うん……」
寂しいがここで引き止める事なんて出来ない、彼は自分にも示してくれたのだから。
「じゃあ、さよならですね」
マリアは少し寂しく感じつつも彼の希望に満ち溢れた横顔をずっと眺めていた。
つづく