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#2

 M'sと書かれた研究施設のような場所でマリアは詰められていた。

 クラウスが直接傷ついたマリアに問い詰めている。


「なぁマリア、シナーを取り逃がしている場合じゃないんだ。早く5つ目も取り込まないと」


 優しい言い方だが何処となく恐ろしい圧を感じた。


「しかも腕を切り落とすと来た、これじゃあ禊の時に支障が出てしまう」


「っ……」


「俺としても君を早く娶りたい、気合を入れてくれないと困るよ」


 目を細めながらマリアの顔を覗き込むクラウス。

 その光のない瞳に見つめられるのは非常に心地が悪かった。


「よせクラウス、私から話そう」


 すると黙っていた聖王と呼ばれる男が近づいてきて自らマリアに忠告をする。


「よく聞くのだ半聖の乙女よ」


「はい……」


「我々と人類、双方の利害に問題があっては困る。君の母が犯した罪、放棄した使命の責任を背負えるのは君だけなのだ」


 彼ら、この組織にだけ伝わる話題で語りだす聖王。

 マリアも内容を理解しているようで歯を食いしばりながらも聞いている。


「君には苦痛を味わせて申し訳ないが世界のためあと少し耐えてくれ」


 責任、そして世界のため。

 先日マリアは守と交わした会話を思い出していた。

 世界のための使命を放棄してしまえば責任が生じる。


「はいっ……」


 マリアはこの場では反抗できずただ肯定する事しか出来なかった。





 そのままマリアは施設にある自室でシャワーを浴びた後、湯船に浸かっていた。

 その際ずっと天井を見上げ滴る雫をボーッと見ていた。

 雫には自分の死んだような顔が映っており過酷な現状を物語っている。


「ふぅ……あれ?」


 シャワールームから出て部屋着姿で頭髪を拭きながら自室に戻るとある人物が。

 それは以前マリアの映像を見ていた女性だった。


「お母さん……」


「マリア……」


 母の姿を確認したマリアは母の座る椅子ではなくベッドの方に座った。


「どうしたの急に……?」


 少し距離を感じさせるように話すマリア。

 すると母はマリアとの距離を詰めようとベッドの方に移動した。

 そのままマリアの部屋着から露出している傷ついた素肌を優しく撫でた。


「ごめんね傷付けて、私のせいでこんな……」


 聖王は母の罪が原因だと言った。

 涙を流しながら謝る母に少し複雑な気持ちを抱いてしまう。


「もう、いいよ……」


 一度母から身を離し死んだままの瞳で言う。


「お母さん謝ってばっかり、そっちも辛いでしょ……?」


 すると母親は瞳を潤しながら答えた。


「えぇ、自分が招いた事なのに貴女に全部押し付けちゃって……それなのに謝る事しか出来ないっ」


 どうやら母親はマリアにも与えられたという使命を放棄した過去があるらしい、その尻拭いをマリアがさせられている現状を嘆き再度抱擁をしてくる。

 マリアはそれを死んだ瞳のまま受け入れるのだった。





 翌日の放課後、守たちはしっかりバンドの練習に励んでいた。

 ギターを取り上げられている守は学校に置いてあるものを使い、曲の完成度も上がってきている。

 そんな中で少し休憩を入れるとスグルに声を掛けられた。


「なぁ神崎、聞かせたい女って誰よ?」


 ニヤニヤしながら揶揄うように問い詰めて来るスグルに守は一瞬驚いてしまう。

 陰キャの自分に陽キャ全開のスグルが気さくに話しかけて来るなんて思いもしなかった。

 同じバンドに入らせてもらってはいるが仲良さそうにしてくれるのは意外だ。


「えっと、3年の人なんだけど……」


「先輩かよ! やるなお前!」


 そのままスグルの質問は続いた。

 誰か当てるまで続ける気だろう。


「もしかして吹奏楽部のフルートの?」


「いや」


「茶道部の部長だ!」


「いや違う……」


「何だよ〜教えてくれたって良いだろ?」


「うん……」


 一向に話が終わりそうにないので守は仕方なく答える事にした。


「阿部マリアさん……」


「誰だっけそれ?」


「分かりやすく言うと……昨日廊下で顔にアザあった人、分かる?」


「え、あの人……?」


 するとスグルの様子が一変する。

 何か複雑な事情を知っているような。


「あの人って色々ウワサあるぞ? 年上のヤリチンと付き合ってて昨日のもDVされた結果だとか……とにかく危ない人ってウワサだよ……」


 それを聞いた守は少し心外に思ってしまう。

 マリアの事情は少し知っているのだから。


「マリアさんはそんな人じゃないよ、だって……」


 しかし彼女の事情は話す事が出来ない。

 どう考えても極秘事項だ。


「本人から何か聞いたのか?」


「いや……」


「なら危ない橋は渡らない方が良いんじゃね? 年上のヤバそうな彼氏がいるのは事実っぽいし……」


 あくまで守の事を考え否定してくるスグル。

 しかし守は気になる人を見下されたような気がして少し憤慨だった。


「やめてくれよその言い方、俺はマリアさんと話してこの曲聴かせたいと思ったんだ……」


「わりぃ……」


「ちょっと水飲んで来る……」


 少し気分が悪くなった守は水飲み場に向かった。

 しかし何をするでもなく水を飲んでは彷徨くを繰り返し少し頭が冷えた所で練習する空き教室に戻ったのだ。


「……ただいま」


 するとそこには見慣れない顔があった。

 手にバインダーらしきものを持っているため学祭の実行委員か何かだろうか。


「あ、神崎……」


 スグルが困ったような目で守を見た。

 何事かと思い実行委員の方に行くと真剣な表情をしている。


「貴方が神崎さん?」


「はい、そうですけど……」


 ネクタイの色からしてマリアと同じ3年だろう、それが成す威圧感はやはりあった。


「あのですね、既に出演の申請をされてる所に新しく入るのは認められてないんです。欠員補充ならまだしも曲を増やすとなると……」


「え……」


「セッティングの準備とか色々あるんでね、申請の内容と大幅に変わるのはこちらとしても予定が狂ってしまうので……」


 絶望の表情を浮かべてしまう守。

 助けを求めようとスグルの方を見たが彼は目を合わせてはくれなかった。

 ただこちらを見ないまま謝ったのだ。


「ごめん、新曲の話やっぱナシで……せっかく練習したのに申し訳ない」


 更に表情に浮かぶ絶望が濃くなってしまう。

 守は苦しそうにしているマリアを助けたかったというのに。


「マジかよ……」


 ショックで完全に気力を失くしてしまった守は荷物を纏め出す。

 その意気消沈とした背中にスグルは声を掛けた。


「お前の曲、いい曲だったぞ……! だからあんま落ち込むなよ……」


「ありがとう、じゃあ迷惑かけたな」


 それだけ返事をし守は教室から去った。

 そのまま一人寂しく帰宅するのだ。





 日が沈む頃には雨が降っていた。

 自室の中で守は落ち込んでいる、すると母親が怒りながら扉を開けた。


「あんた塾はどうしたの⁈ もう時間過ぎてるでしょ⁈」


 母親は守の精神状態などお構いなしに詰め寄った。

 真っ暗な部屋の電気を点けて息子に迫る。


「言ったよね、成績ちゃんとしなきゃダメって! ギターも返さないよ!」


 すると守もとうとう我慢し切れなくなったのか飛び起きて母親を怒鳴ってしまう。


「ふざけんな! 何で全部勝手に決めるんだよ、俺の自由はナシか⁈」


 突然大声を上げたため母親は驚いていた。

 そして少しずつ後退りする。


「ご、ごめんなさい……」


 いざ言い返されると何も出来ない弱さを目の当たりにした守。

 するとそのタイミングで父親が帰って来た、母親は泣きながら父親に縋る。


「守がっ、怒鳴って……!」


「何だって……?」


 その声は聞こえたので覚悟していると父親まで部屋に入り込んで来る。

 そして無言で怒りを表しながら守の頬を思い切りぶった。


「っ……!」


「母さんはお前のためを想ってくれてるんだぞ、それをお前は!」


 しかし守ももう負けない。

 完全に言い返す気になっている。


「何だよ、想ってりゃ何しても良いのかよ⁈ 望んでない事でも!」


「何だ親に向かってその言い方っ⁈」


 これまでにない態度を見せる守に驚く父親はそれしか言えない。


「生めば親になれると思ってんのか⁈」


 更に守は追撃するように言う。

 それにより父親はとうとう堪忍袋のおが切れてしまった。


「く〜っ! もういい、出てけ! もう息子でも何でもない!」


「知るか、こっちから願い下げだ!」


 守は立ち上がり父親を突き飛ばした後、荷物を纏め始めた。

 着替えに制服、そして財布など必要なものを荷物に詰めていく。

 そしてある事を思い立った。


「ギター返せ!」


 家の中を探し回る。

 そして遂に父親の部屋のクローゼットにギターとその機材があるのを見つけた。


「あ……」


 ギターを回収した後、父親の机に財布があるのを見つける。

 魔が刺したため財布の中を覗くとクレジットカードを見つけた。


「ちっ……」


 こっそりとそのクレジットカードを抜き取りポケットに仕舞う。

 そのまま玄関へ向かった。


「守、本当に出て行くの……?」


 母親は少し心配しているようだがもう守も聞く耳を持たない。

 何も言わずに荷物だけを持ち靴を履いて外へ出た。

 雨が降っていたため小さなアンプなどの機材はビニール袋に入れて大きめのリュックに仕舞った。


「っ……」


 家の前で守は大きなリュックを背負い左手にギターケース、右手には傘をさしている。

 雨の音ばかり聞こえていたがそれを誤魔化すようにイヤホンを耳につけて走り出した。

 ・

 ・

 ・

 その頃マリアはM'sと呼ばれる組織の中で戦闘訓練を行っていた、もうシナーを逃さないためだ。


「ふっ、はっ……!」


 しかしやる気は起こらない。

 訓練を施してくれる教官らしき男の攻撃を受けてしまい倒れ込む。

 そして一度休憩に入った。


「はぁ、はぁ……」


 最悪な気分だった。

 また嫌な世界のために戦わされてしまう、その気持ちが更にやる気を削いでいく。

 義理など何もなかったから。


「どこか遠くへ行きたい、誰も私を知らない所へ……」


 項垂れながら静かに願望を呟いていた。

 ・

 ・

 ・

 その頃クラウスや聖王はマリアの気持ちなど考慮せずにある準備をしていた。

 そこは謎の研究室のような空間、特殊な衣服を身に付けた研究員たちが作業をしている。


「ゴポポポ……ッ」


 研究室の中央に聳えるガラス張りの円柱。

 その中で液体に漬けられている謎の男がいた。

 いかにも苦しそうにしている。


「もうすぐ君も解放されるだろう、罪の子供よ……」


 そう呟く聖王の隣にクラウスはいた。

 彼はその男を嫌そうに見つめている。


「マリアもコイツも可哀想にな、一応悪くないのに罪を背負わされちゃって」


 よく見ると例の男は先日マリアの禊にて相手をした男と少し似ていた。

 しかし微妙に違う、それでも何か近いものを感じるオーラを放っていた。


「ゴポポポッ」


 今は男もただ苦しそうに機械に繋がれ悶えている。

 彼の正体は、そしてマリアとの関係は如何に。






 つづく

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