「ふ、ふざけるな! 追放だって!? そんなこと許されるはずがないだろう!!」
ディレクターの衝撃な一言に最も早く怒りを示したのは如月冬康だった。
基本穏やかで、誰かに怒ったところなど見たことのない青年が激昂している。
それだけ今のディレクターの言葉が許せなかった。
「ちょっとしたスパイスさ。ただ単純に夏樹翠にチャンスを与えるだけなんて企画として面白みがない。だからインタビューの後、ここにいるメンバーで多数決を取るのさ。夏樹翠をこれからも春夏秋冬に残留させるか、それとも追放されるのか。そのくらいのハラハラ感が無くては数字が取れない」
「で、でも、こんなこと事務所が許すはずが……!!」
「もちろん事務所にはすでに話を通してある。向こうさんは乗り気だったぞ?」
「なっ……!」
「上手くいけば夏樹翠の人気上昇、上手くいかなくても夏樹はグループから脱退するだけ。元々夏樹翠は春夏秋冬に溶け込めていなかった。悪い意味で目立ってしまっている。この機会に人気ユニットから外れた方が彼の為でもある。そんなことを言っていたな」
「そ、そんな……!」
まるで突き放すような事務所の意見にショックを隠せない冬康。
崩れる様に両膝を付いてしまっていた。
「舐めないでもらえるかしら? 事務所がなんと言おうと、私達が「追放」の札をあげるわけがないでしょう?」
「そうだね。キミらの絆が本物なら、何の問題もないはずだよね」
千秋の言葉に対し、試すような口調で返す小林ディレクター。
その余裕綽綽な表情がイチイチ癇に障った。
「だとしてもこんな企画酷いと思います。だって翠くんにメリットが無さすぎるじゃないですか。彼の立場から見れば「残留」が選ばれてもただの現状維持でしかない。企画が成功して人気者になれる保証だってない!」
「おっと言い忘れていた。もし『残留』となった場合、彼には大きな役を与えようと思っている。今度映画化される『転生未遂から始まる恋色開花』というライトノベル作品、そのメイン役の声に彼を抜擢させる約束をしよう」
「え、映画!?」
「どうだ? 悪い話ではないだろう? それでも不満というのであれば多数決などではなく、誰か一人でも「残留」を選ぶのであれば追放は無しにしようじゃないか」
「「「…………」」」
各々が思考する。
自分達には強い絆がある。
誰一人として夏樹翠を追放したいなど思っていないはず。
万が一……いや、億が一にも他メンバーが追放の札を上げたとしても、自分さえ残留の札を上げれば夏樹翠が追い出されることはない。
それどころか夏樹翠にとって大きな飛躍となりうる役が付いてくる。
そう——これは負けのない勝負。
夏樹翠が飛躍するだけの神企画。
ならばこの企画を受けない理由がない。
「わかりました。でも約束してくださいね? 劇場版の声優の件。後になってやっぱり無理でしたなんて言ったら一生許しませんから」
「わかっているって。他の二人もこの企画内容に同意ということでいいか?」
千秋と冬康も力強く頷いた。
揺らぎのない力強い瞳。きっと気持ちは春子と同じなのだろう。
「夏樹君へのインタビュー内容はこちらで考えよう。彼の誠実な性格がファンに伝わるような内容を考えてくるからさ」
「……お願いします」
3人は会議室からゆっくりと退出する。
春子だけは出ていく間際、小林という男の口角が上がっていることに気が付いた。
後から思えばこの時にはすでにもう春夏秋冬の3人は小林の策略に嵌められてしまっていたのだろう。
どうしてこの男に企画内容を全投げしてしまったのかと、春子は大いに後悔することになる。
小林忠文はほくそ笑んでいた。
ここまでは正に計画通り。
企画同意さえ得られればこっちのもの。
小林の計画が滞りなく遂行されれば、間違いなくあの3人は夏樹翠を『追放』するからだ。
コンコン
「失礼します」
控えめなノックの後入ってきたのは長身の男性。
「来たか。夏之」
「急に呼び出したってことは例の計画に進捗があったのかな?」
「まぁな。春夏秋冬メンバーから企画の同意を得られた。早速今日夏樹翠に接触を試みてみようと思う」
「ふっ、行動が早いね。さすが父さんだ」
青年の名前は小林夏之。
身長190cmのモデル体型な美青年であり、今を輝く人気声優の一人だ。
そして、目の前の中年の男、小林忠文の息子でもあった。
「お前には撮影係として俺と同行して欲しい。いざとなったら最終手段に出ようと思うから覚悟しておけ」
「わかっているよ。そのために呼ばれたってこともね。夏樹翠を追い出す為——そしてこの俺が春夏秋冬の新たな『夏』になれるんだったら何でもしてやるさ」
「ああ。お前こそが春夏秋冬メンバーに相応しい。その為にも……邪魔な寄生虫はさっさと除去してやらねばな」