「ささえさん。今日の夜って時間ある?」
夕食時、いつものように翠斗の部屋で二人で食事を取っていると、不意に翠斗が真剣な面持ちでささえに訪ねてきた。
「ん? あるある!! なになに!? デートのお誘いとかかな? ……って、夜に!?」
何を想像したのか箸をポロっと落とし、ボッと顔が赤くなる。
口を半開きにさせたまま目を見開いてプルプルと震えていた。
「落ち着いて。デートの誘いとかじゃないから」
「デートの誘いじゃないんかい!!」
緊張からの震えは瞬時に怒りの震えに変容する。
期待させておいてそれはないだろうと言いたげにジトッとした視線を向ける。
「今日さ、俺配信する予定なんだ。ささえさんの配信時間に被らないようにするから俺の配信を見に来てほしい」
「あ、なーんだ、そういう……うん! もちろん行くよ! みどりさんの配信は普通に楽しみだし」
「ありがとう。ちょっと今日は特別なんだ」
「そうなの? エロテキスト読み上げ配信でもするの?」
「しないよ!? するとしてもささえさんをわざわざ呼んだりしないよ!」
「いつかする日が来るかもしれないんだ。絶対いくからな。にしし。録画して何回もたのしもーっと」
「だからしないって!!」
全力で否定しながらも、もしそういう需要があるとしたらやるのもありかもなと心の片隅で仄かに思ってしまう翠斗であった。
夏川翠斗には好きな人がいる。
それはついさっきまで一緒に食事を取っていた女の子。
25歳と20歳。5歳差。数ヶ月後にはまた6歳差になってしまう。
めちゃくちゃ年が離れているわけではないが……結構な年下でもある。
「5歳差……普通か? 普通だよな?」
ささえがつい最近20歳になってくれたことは翠斗にとって救いだった。
気にし過ぎかもしれないが、10代の子と付き合うというのはどこか背徳的であり、倫理的にちょっと良くないかなと思っていたのだ。
翠斗がここに引っ越してきてから毎日ささえと顔を合わせている。
ただの『隣人』であるならば毎日会うなんてしないだろう。
翠斗は愛おしげに部屋の大穴を覗き見る。
翠斗とささえの距離感をいきなり縮めてくれたのは間違いなくあの壁穴のおかげだった。
最初は戸惑いしかなかったが、今はあの穴には感謝しかない。
壁穴を眺めていると、その奥に居るささえと不意に目が合った。
ささえは不思議そうに首を傾げている。
「どしたどした~? 翠斗さんが壁穴を覗き見るなんて珍しいな~。さてはささえのことが気になって仕方ない感じだな~?」
「え? あー、ささえさんのことは気になっているけど、今は壁穴自体を見ていただけだよ。その奥に居る人までは気にならなかった」
「壁穴自体を見るって何さ!? その奥に居る私を気にしないってどういうことだー! あとささえのこと気になっているって本当? ねえ本当!?」
「あっ、そろそろ配信時間だ。話はまた後でね」
「何事もなかったようにシレっと配信準備に戻るなー!!」
こんな他愛のないやり取りが愛おしくて仕方がない。
心が温まるのを感じる。
「(俺、あんな可愛い子から告白されたんだよな)」
告白——されたはずだ。
とあるアパートの隣人物語はささえから翠斗に向けた愛のメッセージだと思っている。
告白で間違いない……と思う。
それは1ヶ月も前の出来事だというのに翠斗は未だにその答えを返していなかった。
理由は一つ。
七色みどりが——企業VTuberになったからである。