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第42話 VTuberでありたい理由


「2番の方どうぞ入室してください」


「はい! 失礼します!」


 元気よく声を出し、面接官の前で背筋を伸ばして立ち止まる。

 小柄で知的な女性だ。

 キリっと細い瞳、美しく長いストレートの黒髪、年頃は翠斗と同じかやや上くらい。目元のホクロがより色気を滲ませている。

 上下ビシッと整えられたパンツルックのスーツがこの上なく似合っている。

 相手のフォーマルな服装を見て、翠斗は自分もスーツで来て正解だったと少しだけ安堵した。


「初めまして。夏川翠斗と申します。本日はお忙しい中、お時間いただきありがとうございます。ご審査の程よろしくお願い致します」


「固っ!?」


「えっ?」


「固い! 固いぞスイスイ! もっと方の力を抜いていいんだぞ?」


「スイスイって俺のこと!? そんな風に呼ばれたの初めてですよ!! ていうか面接であだ名で呼ぶのってモラル的にどうなんです!?」


「おっ、そう! それだよスイスイ。良いリアクションだ。とりあえず『ツッコミ』項目は〇っと」


 面接官の女性がバインダーに丸を付ける。


「自分は今何を評価されたの!?」


「良いねキミ。敬語が抜けたのは評価高いぞ。ツッコミ項目は二重丸に修正しておこう」


「評価上がった!?」


 なんだかわからないがいきなり高評価を得られた様子の翠斗。

 面接の場で思いっきりツッコミを炸裂させるとは夢にも思わなかった。


「まぁ、座りたまえ。キミとも楽しいお話ができそうだ」


「は、はい。失礼します」


 用意された椅子に軽く腰を掛ける。

 普通の面接とは違う場であることはもう分かっているが、それでもここは厳粛の場だ。小さなことでも見られていると意識してしっかりとマナーをこなす翠斗。

 背もたれは使わない。相手の目を見て話す。猫背にならない。自信をもって話す。


「私はVクリエイト責任者の朝霧絵里奈あさぎりえりなという。エリナという名前でVTuberもやっている。今日はよろしく頼むよ」


「は、はい! 責任者の方もV活動していらっしゃるのですね。でも声お綺麗だから人気ありそうな感じがします」


「女垂らし項目も◎と。出足順調だなスイスイ」


「さっきから自分は何を審査されているんですか!? 女垂らし項目って絶対マイナスポイントですよね!?」


「はっはっは。良いツッコミだな。キミとの会話は楽しい。コラボ配信できたら盛り上がりそうだな」


 すっかり絵里奈のペースに飲みこまれてしまっている翠斗。

 この人の前では面接のノウハウなど全て意味のないもののように思えてきた。


「さて、質問に入る。まずキミの最大のアピールポイントはなんだ? それから聞かせてくれ」


 急に普通の面接っぽい質問が飛んできて場に緊張感が戻った。

 でもこの質問は想定済。絶対に聞かれると思ったので翠斗は予め回答を用意していた。


「声です。自分は声優業の経験があり、老若男女、それに動物やロボットまで、多面に対応した声を充てることが可能です」


「ふむ。つまり君は弊社で声の仕事をやりたいということだな」


「はい!」


「会社で実績を積めばやりたい仕事に在りつける。それが弊社の特徴だ。もちろん我々も最大級の努力をして仕事を探してくるが、Vクリエイトはまだまだ小さい会社だ。声の仕事に在りつくにはまず会社を大きくしていかなければならない。最初の内は地道な配信活動やイベント活動ばかりになるだろう。そもそも本当に声の仕事に在りつけるかすらわからない。それでもキミは弊社への入社を希望するのか?」


「はい!」


「……即答とはな。なぜ迷わなかった? キミは声優になりたいのだろ? 他社へ行った方が声優に在りつく可能性は高いのかもしれないのだぞ」


「声の仕事を貰える難しさはどこに居ても一緒です。結局は『個』の力を見せなければ仕事はもらえない。それならば俺は御社で尽力したい」


「ふむ。なぜ弊社なのだ?」


「今ほど自分は仕事に在りつくには『個』の力が必要といいました。でも御社は違う。自分の実績が会社の糧となる。その糧は会社を大きくし、仲間達がやりたいことの後押しにもなる。そんな社風に私は大きく惹かれました」


 自分の実績により会社のブランドイメージが膨らめば伸び悩んでいるクリエイター達にも仕事が舞い込むかもしれない。

 自身の力を過信しているわけではないが、そういう先導する立場になれれば素敵だなと翠斗は思っていた。


「それに自分は声優になることを焦っていません。じっくり会社の為に貢献し、VTuberとして下積みを重ねることも楽しみにしております」


 ガワを持っていない翠斗はまだVTuberじゃない。

 だからVTuberとしての活動は未知のものであり、単純に楽しみだった。


「私は人を見る目があるつもりだ。そしてキミがそれを本心で言っていることが分かる。だからこそ聞いてみたいことが一つある」


「なんでしょう?」


「キミはどうして『VTuber』で活動を行いたいのだ?」


 声優をやりたいならわざわざVTuberを通る必要なんてない。

 VTuberになるという行為は声優になる為に遠回りをしているに過ぎない。

 それでもVTuberとして声優になりたい理由はなんなのか。


 絵里奈はこの質問を面接者全員に行っている。

 そして夏川翠斗がどう答えるのか。

 絵里奈がこの面接で一番知りたかったのはそれだった。


「それは——」


 夏川翠斗はその質問対して明確な意見を持っている。

 だからこそ絵里奈はその意見に深く共感し……

 素直に夏川翠斗の力になりたいと思ったのであった。


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