「いよいよ明日がVクリエイトの面接日だね」
「…………」
「緊張するなぁ。ささえ面接苦手。翠斗さん面接の極意教えてよ~」
「…………」
「ぼけっとすんな。こんにゃろめ」
「あうち!」
額に一突き。
呆然としていた翠斗の意識が瞬時に覚醒する。
「もぉ~、何をぼぉーっとしているのさ」
「ご、ごめん。ちょっと考え事していただけだよ」
「考え事とな? 何考えてたのさ? お姉さんにいってみ?」
ささえは年下のくせに翠斗に対してたまにお姉さんムーブをする。
「い、いや、ほ、本当に、なんでもないから」
顔を赤くして外方を向く翠斗。
その反応を見てさすがにささえも察する。
男のくせに可愛らしい反応する翠斗にささえは妖艶に微笑んだ。
「ささえのこと意識してくれているんだ」
「う、うん。そりゃああんなことされたら……ね」
「我慢せずにささえを抱きしめればいいのに」
「そんな不誠実なことできないよ! まだ恋人ってわけじゃないんだし……」
「…………」
「いたい!?」
無言で翠斗の頬を摘まむささえ。
結構本気で摘ままれている故にヒリヒリと痛みが奔る。
「たまには翠斗さんの方から積極的に求めてほしいな」
「ひゃ、ひゃい」
ジトッと睨むささえが絶妙に可愛くて翠斗の心が再び大きく揺れる。
年下にここまで言われてちょっと自分が情けなくなった。
翌日。
今年は例年よりも暑く、世間はすっかり夏本番ムードだ。
半袖やワンピースでも唸るような暑さを防ぐことは出来ず、玄関を開けた瞬間ささえはオーディション会場へ向かう気力が一瞬で奪われる。
「あっ、ささえさん。おはよう」
「あれ? 翠斗さんおはよう。早い……ね……?」
ゴミ捨てから戻ってきた翠斗と玄関を開けたささえがバッタリ出会う。
ささえは翠斗の格好を見てしばらく立ち呆けていた。
「ああ。この格好か? やっぱり第一印象が大事と思ってな、ビシッとスーツでオーディションに臨もうと思うんだ」
「…………」
「ささえさん? どうしたの? じっと見ながら黙っちゃって。や、やっぱりスーツなんて似合ってないかな?」
「…………」
パシャ
「何で撮った!?」
「い、いや、その、使えるって思って」
「使うってなんだ!?」
無言でスマホを取り出したかと思うと、ささえは色々な角度からスーツ姿の翠斗を激写しまくる。
その途中で反対側の部屋から別の隣人が姿を現す。
「あら。翠様、ささえちゃん。おはようございます。今日は一緒に面接頑張りましょ……う……ね……」
出てきたのはレインだった。
彼女も先ほどのささえと同じようにしばらくスーツ姿の翠斗を見て呆けていた。
やがて両手に持たれていた燃えるゴミがその場にドサッと落とされる。
パシャ。
「何で貴方も取るの!?」
「献立が一品増えましたわ」
「献立ってなんだ!?」
パシャパシャパシャパシャパシャ
6月某日。
夏の陽気に照らされながら、なぜか始まってしまった翠斗のスーツ撮影会はこのまま10分以上続いたのであった。
電車で3駅、そこからバスで15分。
思ったよりも近場な所にVクリエイトの事務所はあった。
外観は決して大きいとは言えないが立派な事務所であることには変わりがない。
翠斗、ささえ、レインの3人は今日この場でオーディションを受けるのだ。
書類審査はすでに経過している3人は今日ここで面接に臨む。
入口のホールにて受付を済ませ、控室に案内される。
案内された控室には他のオーディション応募者らしき人物が1人だけ居た。
他の応募者もきっとこれから来るのだろう。
翠斗とささえが並んで座り、その後ろにレインが座る。
レインの隣には先に来ていた応募者がいる。
「……あっ!?」
男の子の顔を見てなぜかレインは驚いたように声を漏らしていた。
男の子は不思議そうにレインの顔を覗き見る。
見た目かなり幼い男の子だった。
もしかしたらささえよりも年下の可能性もある。
オーディション項目に成人済みであることと記載されていたので18歳以上だとは思うけど、外見は高校生にしか見えない子だった。
女の子のように背が低く、長い前髪で目元を隠している。
その男の子は視線だけ上げて翠斗達に声を掛けてきた。
「あっ、こんにちは。えと、貴方達もオーディションに参加されるのですか?」
「こんにちは。自分達もオーディション参加者です。えっと、貴方もですか?」
「はい。皆さんは一緒に来られていましたが、お知り合い同士な感じです?」
「ええ。実は同じアパートに住んでいる隣人同士です」
「へぇ~。いいですね」
物腰丁寧で翠斗は感じの良い子だなと思った。
姿勢も良いし、きっと育ちも良いのだろう。
同性に友達が少ない翠斗はぜひ仲良くしたいと思ったのだが——
「——1番の方、中へどうぞ」
「はい」
係員の人が現れてその男の子は面接会場の部屋へと消えていってしまった。
その様子を見届けた翠斗はポツリと言葉を漏らす。
「名前聞きそびれてしまったな」
「——
「「えっ!?」」
なぜか彼の名前を知っている様子のレインに、翠斗とささえは同時に驚きを声に出す。
「私の小説が音声化された時、パッケージイラストを描いてくれた方です。間違いありませんわ!」
「そうなんですか!?」
「ええ。一度顔を合わせたことがございますので間違いありません……もっとも、向こうは私の顔など覚えていらっしゃらないようですが!」
唇を尖らせ、不貞腐れるレイン。
初めて自分の小説に一枚絵をくれた人。
その恩を1日たりとも忘れたことはなかったのに、向こうは完全に忘れてしまっていることが面白くないようである。
「……もしオーディションを共に受かったその時は……ふ……ふふ……無理やりにでもワタクシのことを思い出させてあげますわ……どんな手を使ってでも」
ふふふふふ、と口元だけで笑うレインにぞっとする翠斗とささえ。
もし受かったとしても早速波乱が待ち受けていそうだなと予感させる面接前の出来事であった。