「さて! そろそろ良い時間になってきたから、ここらでちょっとコラボっぽいことやっちゃうよ」
「やっちゃいますわ」
『なんだなんだ?』
『今日はみどりニキを誉めまくるだけの回じゃないのか』
「『今日のみどり様』のコーナーはいつもレインの夢小説朗読で締めておりましたわよね。今日はそのスペシャル版ですわ」
「つまりね、レインさんが書いてくれた小説をささえが読むんだよ。小説家と声優のコラボっぽいでしょ?」
『レインの性癖駄々洩れ小説をささえが読むのか』
『前にみどりニキとレインがやっていたみたいなやつか』
『カオスの予感しかない』
『でも結構面白そう』
「ヒロイン一人語り形式の台本式ASMR小説ですわ。稚拙な所があると思いますがお許しくださいませ」
『お前の場合は恥拙なんだよなぁ』
『ささえちゃん 気持ち悪くなったら途中でやめていいんだよ』
『みどりニキも耳を塞いだ方がいいかも』
「雨宿り隊の皆様はちょっとレインに辛辣すぎませんか!?」
「雨宿り隊!?」
『雨宿り隊!?』
『急に謎ワード出すなww』
『なんだよ雨宿り隊って』
「もちろんレインのファンネームですわ。ささえちゃんファンの『ささメン』みたいなものですわね」
『突然www決まったwww』
『だっせww』
『センス昭和すぎん?』
『レイン40代説』
「ぴっちぴちの25歳ですわ!」
『ぴっちぴちww』
『うーん 昭和!』
レインと雨宿り隊がじゃれている間にささえはマイクの位置の調節を図る。
そして以前翠斗がやっていたようにしっかり背筋を伸ばして顎を軽く引く。
マイクミュート状態で何度か発声練習し、良い状態へと整えていく。
準備完了した所で大穴からチラッと翠斗の様子を覗き見る。
先ほどの不意打ちキス攻撃が未だ応えているようで陸に出た魚みたいにビクビクと身体を震わせていた。
「(ようやくささえのこと意識してくれているみたいだね。嬉しいな)」
それでこそ大体な行動に出た甲斐があるというものである。
「(にゅふ。悶えている所悪いけど翠斗さんにはも~っとささえを意識してもらうんだから)」
一つ深呼吸してマイクの正面に立つ。
レインに『準備OKだよ』とチャットを入れると、パッとムーディな画面に切り替わり、しっとりとしたBGMが流れてきた。
レインお得意の背景変更によるムード作りである。
いよいよささえのASMR音読が始まることを察したリスナーはコメントの流れを緩やかにする。
音読が始まる前だけはなるべくチャットを打たない。
チラチラ流れるコメントに気を取られない為にささメン達の中に生まれた暗黙のルールだった。
その変わり音読が始まったらしっかりとコメントで盛り上げる。
読み終わった時、コメント欄で無反応だったらあまりにも空しいから。
雨宿り隊もそんな空気を察したのかコメントを打たなくなっていた。
その気遣いに心の中で感謝しながら、ささやきささえは天の川レイン作の台本読みを開始した。
《それはとあるアパートに住む男女の物語》
『ん-。まだクロさん帰ってきてないか』
『早く帰ってこないかな』
『昨日は遅くまでお話に付き合ってくれて嬉しかったな』
《少女の名前はシロ。配信活動を趣味にしているという点を覗けば、どこにでもいるような普通の女の子》
《シロは友達が少なく、家に帰ってからも配信活動以外何も楽しいことがない。空虚でひとりぼっちな生活を送っていた》
ささえが多面な声を用い、物語の地の文部分とセリフ部分を上手く使い分けて演じている。
地の文部分は感情を抑えて、セリフの部分はキャラクターの心情に沿って想いを乗せる。
翠斗もささえの演技を聞きながら改めて驚かされていた。
上手だとは思っていたがまさかこれほどだとは思っていなかったのだ。
『クロさんが隣に引っ越してきてから毎日が楽しい。お喋りしているだけで心に安らぎが広がっていく』
『早くクロさんの声が聞きたいな』
『クロさんの声……本当に好きだ』
『声だけじゃない……な。性格も。穏やかだけどノリも良くて、しっかりと目を見て話してくれるから結構ドキドキさせられちゃうんだよなぁ』
『私の配信にも出てくれて、リスナーの皆もクロさんのこと大好きになってくれた。嬉しいな』
『また、コラボしたい。毎日でもコラボしたい』
『でも、二人っきりの時間も、たくさん、たくさん、欲しいなあ』
『私ばかり望んでごめんねクロさん』
『私ばかり満たされてごめん』
『重い女でごめん』
『でも、クロさんも私と同じ気持ちなら、嬉しいな』
『心地良い日々をありがとう』
『いつかお返しもしたい』
『クロさんも私と同じように心の底から穏やかな気持ちになれる日々送ってほしい』
『クロさんが本当に苦しい時、その時に傍にいてあげるのは私でありたい』
『あんれぇ?』
『これレイン小説で合っているよな?』
『おかしい レインがこんな純愛小説書けるはずが……』
『いつものレイン小説なら今頃シロちゃんは縄で自分を縛っている展開のはず』
『ささえの読み方もいつもと違う』
『ささえは元々雰囲気に沿った演技の出来る子だぞ』
『おじさんキュンキュンしているんだけど』
『レインもささえも本気だしてきやがった!?』
『ていうかさ クロとシロのモデルってまさか……』
『……好き』
『はぁぁぁ! 好きだよぉ!』
『好きだから早く帰ってこんかい!』
『……こんな風に素直に伝えられる日が来るのかなぁ』
『いつか絶対に気持ちを伝えるんだ』
『今は無理かもしれないけど、絶対に言うから』
『だからそれまでは
『あ……』
『あ!』
『読み間違えキター!』
『ささえちゃん 気持ち込め過ぎて自分の名前で変換しちゃっているよ?』
『いや、これ言い間違えというよりは……』
この物語の登場人物にはモデルがいる。
シロのモデルが誰なのか、クロのモデルが誰なのか。
翠斗にも、ささメンにも、ささえとの関わりの薄い雨宿り隊ですら、それを察することができた。
故にささえの言い間違えはわざとではないかと推測もされる。
隣人の誰かさんに自分の想いを伝える為の勇気を振り絞った言い間違え。
《想い人のことを恋焦がれていると隣の部屋の玄関が開く音がした》
《その物音を聞いたシロは嬉しさのあまりクロの元へと駆け寄った》
《クロがシロの姿を見つけるとニコと微笑んで頭を撫でる》
《また今日もシロは安らぎを得ながら、クロの胸の中で小さくこうつぶやいた》
『おかえりなさい。
クロ、ではなく、みどりと呼んだ。
それに帰って来たクロの元に駆け寄ったという描写は【壁に穴が開いている】という共通認識がないと成立がしない。
これで確信する。
これはささえがみどりに想いを伝えるための物語であるのだと。
《最後に私は彼の胸の中で彼に聞こえないようボソッとつぶやく》
『好きだよ』