レインとのコラボ放送が終わり、翠斗は逃げる様に自室に戻っていた。
可愛いVTuberとの楽しいコラボ体験。
美人小説家が書き上げた夢小説の声の吹込み。
そして、先週引っ越してきたばかりの隣人との突然のキス。
すべてがまるで夢の中の出来事のように思える。
頭の中がピンク色でほわほわする。
「——随分たのしそうだったね。翠斗さん」
そんな翠斗を現実に戻したのは、なぜか翠斗の部屋で仁王立ちしているささえの一声だった。
「見てたよ」
「み、見てたの!?」
何を!? キスを!?
「美人小説家VTuberとのコラボは楽しかった? この浮気者」
「浮気者!?」
どうやらささえはキスのことではなくコラボ配信のことを『見ていた』と言っていたようだ。
考えてみればレインの部屋は密室だったのだからキスの件は見えていないのが当たり前だ。
「私以外の人とコラボするんだ。ふーん」
「い、いや、その、頼まれたので」
「ふーーーーーん」
明らかに機嫌の悪いささえ。
「レインさんは随分と翠斗さんにお熱だったもんね。モテモテで羨ましいね。美人さんと配信で絡めて満足ですか?」
「も、モテるとかそういうのじゃなくて! レインさんは俺のファンなだけで——」
ファンなだけ。
そんなわけないことくらい翠斗だって気づいていた。
単なる推しなだけで隣の部屋に引っ越しまでしてくるわけがない。
その極めつけが最後のキス。
ほっぺや額とかじゃない。唇へのキス。
その行動に特別な意味があることは分かっている。
そして翠斗は——レインにその答えを返していない。
「(このままじゃ駄目だよな)」
翠斗は思わず唇に手を当てて少し頬を赤らめる。
ドキ、ドキ、と鼓動が早くなる。
数年前から自分なんかを慕っていてくれる人がいた。それだけで胸が躍るほど嬉しかった。
そんな人からキスまでされて意識しないわけがない。
「ピンク色のかほりがする」
「んえ!?」
「美人小説家に何されたのさ! 配信外でえっちぃことやってたんだ!」
「や、やって……なんか……」
言葉を詰まらせて目をそらしてしまう。
その怪しい態度にささえは眼光を尖らせた。
「ささえには手を出さないくせに。ずるいずるいずるい。レインさんばかりずるいよぉ」
「キミ、襲ったら殺すみたいなこと自分で言っていたよね!?」
「それでも翠斗さんなら手を出してくれると信じていたのに」
「どういう信じ方!?」
「別に他の誰かとコラボするのは翠斗さんの自由だよ? でも私が最初のコラボ相手なんだもん。私を一番に考えてくれないと拗ねちゃうもん」
「も、もちろんだよ。ささえさんは俺にVTuberとしての魅力を教えてくれた大切な人だよ。それはずっと変わらない。絶対に変わらないから」
「むぅ~。なら良し」
それは単純にささえの嫉妬だった。
壁に穴の開いた部屋に住んでいるという特殊な環境。
不安や恐怖もあったけどそれ以上に楽しかった。
普通だったら自分は襲われている。数回は貞操の危機があってもおかしくないはずだった。
でも翠斗は手を出してこない。
紳士で、誠実な人。
だからこそささえは翠斗の存在が急激に気になっていた。
年上で、優しくて、ささえのわがままに付き合ってくれて。
そして翠斗とのコラボ配信はささえにとってかけがえのない宝物になっていた。
『友情』という枠には収まらないほど暖かな気持ちが溢れ出ていた。
だからこの間は勝手にベッドにもぐりこんだりもした。
手を出されはしなかったけど、翠斗が自分にドキドキしてくれていたのは見てわかった。
『この人は私を気になりだしている』、そう思うと嬉しくて顔のにやけがとまらなかった。
だから勝手に『私に夢中なこの人はささやきささえ以外の人とコラボするわけがない』と思い込んでしまった。
それが覆ってしまい、不満が一気にあふれ出ているのが今のささえである。
「翠斗さんが別の女の子と遊んでいる間、ささえが夕飯作っておいてあげたから一緒に食べよ」
「棘のある言い方!?」
自分怒ってます、という態度を隠さないまま夕飯に誘うささえ。
夕飯中もコラボ配信のことでチクチク愚痴り続けられたのは言うまでもなかった。
「それじゃあ翠斗さん、お休みなさい」
「いや、あのね……?」
「おやすみなさいっ」
「……今日も俺のベッドで寝るんだね」
ささえが翠斗のベッドに潜り込んでくるのは2度目だ。
さっき襲う襲わないの話をしたばかりなので余計に悶々とする翠斗。
ささえは早々に寝息を立て始めてしまい無防備な状態である。
そして当然のように翠斗の右腕を抱き枕にして眠っていた。
翠斗も頑張って眠ろうとするが、隣の女子が気になり過ぎて全く眠れる気配がない。
動悸が収まるまで翠斗は片手でスマホを弄ることにした。
翠斗が開いているのはメッセージアプリ。
天野麗とのチャット画面をじっと見て考え事をする。
「(レインさんの気持ちに答えを返さないと)」
告白の返事を打とうとするが、そんな大事なことをチャットで済ませて良いわけがないと考えが巡り、文章を消去する。
そもそも自分はYESかNOどちらの返事をしようとしていたのか。
正直言って考えが纏まっていなかった。
それに——
「うぅ~ん……」
隣で寝返りを打っている女の子の顔を見て迷いは更に加速してしまう。
先ほどのささえの嫉妬した姿。
翠斗がその時に抱いた気持ちは——
『嬉しい』だった。
自分を一番に思ってほしいと言われてかなり胸が高鳴った。
これだけの美少女が自分にだけ向けて放つわがままな姿に萌えたのだ。
真剣な彼女に対して不謹慎かもしれないけど、翠斗がささえにそういう感情を抱いたのは事実。
正直言って気になりだしているのは事実だった。
だけどそれはレインに対しても同じ。
二人の女性に揺らぐ翠斗。
どちらも手放したくないというのが本音。
「俺は……なんて不誠実なやつなんだ……」
ささえが気になる。レインも気になる。
優柔不断なラブコメ主人公みたいな立場に嫌気がさす。
翠斗はじっと天井を見つめながら一晩掛けて自分の気持ちに向き合った。
「…………」
その横顔をささえが薄目を開けて見ていることにも翠斗は気づけずにいた。