声優を追放された。
それが意味することを翠斗から語られることはなくこの場はお開きとなった。
そして翌日の夕方、二人は壁越しに向かい合って大きな問題に立ち向かおうとしていた。
「本当……どうしましょうね。この大穴」
「ていうかこの穴本当になんなんだ? 何があればこんな穴が開くんだ?」
「前の居住者がやんちゃしちゃって穴を空けちゃったって大家さんは言っていたよ」
「どんなやんちゃをすれば壁に大穴が!?」
一番厄介なのが穴の位置だ。
穴の位置が隅っこならば良いのだが、壁のど真ん中にこの穴は出来てしまっている。
つまり互いの部屋が全望できてしまうのだ。
扉のあるトイレや風呂はさすがに見えないが、それ以外は丸見えなのだ。
「昨日、深夜に穴を覗いてみたのだけど、翠斗さんの寝顔まで丸見えの状態でした」
「深夜に覗き込んでこないで!?」
「可愛い寝顔だったよ」
「感想マジでいらないから!」
とまぁ、こんな風にプライベートなど皆無な状態となってしまっている。
「ちなみに大家さん曰く、『費用をそっちで持ってくれるのであれば壁は勝手に直しても良いぞよ』とのことです」
「大家の仕事放棄してる!? ていうか独特な語尾だな!」
「それと、『壁が直ったのであれば事故物件ではなくなるので、家賃を他の部屋と同等に引き上げるぞよ』とも言っておりました」
「変な所だけ大家の仕事しやがって!」
「ちなみに私は苦学生なので家賃を上がる選択肢は取れないです。というか修理費すら出せないです」
「俺だってそうだよ」
この時点で『壁の穴を修繕する』という選択肢は二人の中で消える。
ならばどのように壁穴と共存するかという議論へと移行される。
「まぁ、普通に壁穴を何かで隠すくらいはすべきだよな」
「そうだよね。今まではカレンダーで塞いでいたんだけど、それだと不十分だよね」
「うーん」
どうすべきか腕を組みながら思考を巡らす翠斗。
考えが至るよりも先にささえから一つの提案が飛ぶ。
「ねえ。いっそ隠すことを止めてみない?」
「その結論はどういうことなの!?」
「私的には今まで通り配信が出来ればなんでもいいんだよね。翠斗さん、配信に理解してくれたし、だったらいっそオープンでもいいのかなって思ってさ」
「だ、だめだよ! そっちは女の子なんだからもっと危機感持って!?」
「おやおや~? 翠斗さんは私のプライベートに興味津々なのかな~?」
「普通に興味津々だから危険だって言っているんだよ!?」
オープンにするということは寝顔だけでなく、着替えや私生活まで覗かれてしまうということ。
さすがにセンシティブすぎる提案だ。
「あー、そっか。翠斗さん男の子だもんね。見られるとまずい一面とかもあるかぁ」
からかうようにニヤニヤと口角を上げるささえ。
彼女も19歳の大人。男性には処理が必要なことも知っている。
「女の子の方が見られるとまずい一面多いでしょ!?」
「多いけど、ぶっちゃけ見られる羞恥よりも見る興味の方が大きかったりする」
「ちょっと前から思っていたけど、ささえさんって中々の変態だよね!?」
「別に普通だもん。世の女性は男性の私生活に興味深々だよ?」
「世の女性を巻き込むな!」
配信コラボの時は翠斗のボケにささえがツッコむシーンが多かったが、リアルでは立場が逆転しがちな二人だった。
「妙案思いついた!」
「絶対妙な案だってことがわかる!」
「マジックミラーをここに設置しよう。翠斗さんの部屋からはこっちが見えないけど、私の部屋からは丸見えに出来る様にすればいいんだよ!」
「妙な案!!」
頭を抱える翠斗。
ちなみにささえ的には冗談でもなんでもなく、この案に決まればラッキーと本気で思っていたりする。
「もういいや。壁を塞ぐ案に関してはささえさんのやりたいようにやっていいよ。俺は壁穴の件を知っていてこの部屋を契約したわけだし……」
「いいの? わたしガンガンそっちの部屋見るよ? 翠斗さんその内全裸を見られることになるかもしれないよ?」
「その時は大きくして出迎えるよ」
「んふ。翠斗さんも言うねー。この変態め~」
「キミにだけは言われたくないよ!?」
とりあえず壁穴の件はささえに一任することに決定した。
ちなみにマジックミラーなんて高価なものを変えるお金がないことにすぐに気づき、結局しばらくは吹き抜け状態となるのであった。