ねぇ。私、魔女。今あなたのお膝にいるの……。
いや、怪談ではなくて……。
確かに私個人としてはかなりホラーな展開と言えなくもないが……。なんでこんな目にあってんだろう私。何か悪いことでもしましたかねぇ。
何度目かになるかわからないため息をついて頭上を見上げれば黒髪に野性を感じさせる青い瞳が不思議そうにこちらを見下ろしていた。
なんでこんな状況にあるかっていうと数日前に遡る。
少し前に師匠から最後の試練を突破して魔女として独り立ちの許可をもらった。そこで魔女集会に参加してとおり名をもらうべく赴き『獣の魔女・ローレライ』となった。
魔女は本名を名乗らない。最初に弟子入りした際師匠にのみ名を明かし、入門の証として魔女の名前をもらう。その際私がもらったのは本名のレイラと歌に魔力を込めるのが得意だったことからローレライとつけてもらった。
しかしこの名前は師匠と同じ門下しか呼ぶことができない。そして独り立ちすると魔女のとおり名が与えられる。師匠の森で歌っては獣たちを従えてもふもふしていた私のとおり名は獣の魔女となったのである。
なんと安直な。
まぁ、そんなわけでめでたく私は魔女としての生活をスタートさせるはずだったのになんと暁の魔女に捕まって「祝いだから来い!」と魔女数人に連れられて街の居酒屋に拉致された。
いや、まって私今から縄張り探しに行ったり、あいさつ回りとか忙しいんですけど!
師匠に助けを求めるも、この界隈では力を誇る暁の魔女に捕まったらどうしようもないらしく「諦めなさい」と顔だけで語っていた。師匠器用ですね。
ちなみに暁の魔女の由来は酒を飲み始めると朝になるまで飲みやめないからなんだとか。ただしまともに飲み終わるとは限らないから迷惑な話である。
酔いつぶされてはたまらんと最初の一杯以外は果実酒の果実水割りでちびちび飲んでた私はどうにか酔いに飲まれず真夜中を越していた。
横で出来上がっている暁の魔女が今後についてどうするのかを聞いてくるがもうすでに五回目だから無駄な話だなと思いおかわりを注いでやってお酒飲むふりしながら鼻歌で誤魔化した。酔っぱらいの相手は面倒くさいのだ。と、腰に当たる背後からの衝撃。
「うぉっ!」
と、淑女のかけらもないうめきにカウンター席で座っている自分の腰を見れば黒い短髪に三角のケモミミがぴょこぴょこと動いて太い腕が椅子ごとがっちり私を掴んでいる。
「キュ~~ン♪キュウ~~ン♪」
「へ?」
突然の事に間抜けな声を上げていると隣で飲んでる暁の魔女がケラケラ笑う。
「あはははははは!あんたとおり名を裏切らないわね!野生動物どころか獣人まで手なずけるわけぇ!?サイコーじゃん!」
いや、待って、野生動物はあくまで動物。いくら酔っぱらっているとはいえ獣人は人間判定されてるのにこれはまずかろう。
「あ、あの離してくださ……!?」
どうにか離してもらえないかと頭を押すと椅子ごと引っ張られ床に引き倒された。腰に背もたれの衝撃が刺さって痛い。その痛みをこらえていると首に広がるむわっとした酒臭い息に生温かな感触。
た、食べられる!?
視界に広がるのは黒い頭だけで何がなんだか……。
そんな騒ぎに気付いたらしい獣人の連れが傍にかけてくる
「団長なにしてんすか!?」
「おい!ヴォルフなにしてんだよ!」
「ガウっ!!ガルルルルルルル!」
「「「「「ッ!!!!」」」」」
私にほぼ覆いかぶさるようにしていたその人は友人?と思しき人たちが引き離すために伸ばした手に噛みつこうとしたのだ。
ちょっとまて。なんでこんなことになってるんだ。
とにかくその男周囲を威嚇するようにガルガルと唸っては誰も手出しが出来ず、落ち着かせるためにその頭に手を伸ばして、そっと撫でてやる。ついでに森の獣たちが好きな歌を口ずさんでやった。
「クゥ~~ン♪クゥ~~ン♪」
それが気に入ったのかちょっと硬い髪を首筋にこすりつけてキュンキュンと鳴き始める。さっきよりひどくなった気がする。押しても筋肉質な体はびくともしない。
「あはははははは!さすがは獣の魔女!そのまま調教師目指したらいいじゃない!」
「何バカなこと言ってるんですか。やっと独り立ちしたのに魔女やめることになるじゃないですか!っていうか見てないで何とかしてくださいよ!暁の魔女!」
「え???えぇぇぇ?何で私が?めんどくさいなぁ~~~。」
酒と一緒に注文したイカの足を咥えながらしばし考えた暁の魔女はキラキラとした目でこっちを見る。あ。なんか嫌な予感。
「じゃぁ、名実ともに獣になればいいじゃない♪」
イカの燻製片手に一振りしたかと思うと、先ほどまでのし掛かられていた重みが消えてやっと動けたことにほっと息を吐くとやたらと床が近いことに気づく
「キュン?」
(え?)
視界に入る真っ白いモフモフの小さい足。知ってるぞこれ。色は違うけど子狐の足と酷似している。師匠の森でも見たことある。
「は!?獣人なのこの子?」
「や、魔女って言ってたから魔法なんじゃ。獣人の匂いしないし。」
先ほどの暁の魔女の言葉を思い出して右手を上げると、子狐の足が持ち上がる。
「キュンキューーン!?」
(なんで狐になってんのー!?)
ってことは事態は何一つ収拾してないどころか悪化してるだけなのでは!?
恐る恐る上を見ればきょとんとした青い目の厳つい獣人は頬を鼻先を赤く染めてこちらを見ている。たぶんこの顔で素面だったら怖いと思う。
そんな私の思いなど気づくよしもなく、いたずらっ子のようにニカッと笑うとおもむろに口を開いた。
「キュ!?」
(へ!?)
気づいたら首の後ろをグイッと掴まれて視界が高くなると同時に手足が地面から離れた。
「ちょっ!?団長何獣化してるんですか!?その子離してください!」
「グゥゥゥゥゥ!」
獣の唸り声からして狼かな。などと何故か冷静に考える自分に呆れつつ、どうしたものかと思っていると視界が反転して疾走する。
「だんちょ~!!」
「ヴォルフ!それはまずい!人攫いは犯罪だからっ!!」
男たちの野太い悲鳴と暁の魔女の笑い声を最後に私は意識を手放した。どうかこれは夢でありますように~~!!
が、神も仏も信じない魔女の私の願いは聞き届けられることもなく。朝見知らぬにおいが鼻について目が覚めた。
もぞもぞと見上げた天井は見知らぬ場所で、真っ白なシーツはところどころに獣の足跡がついている。
視界の低さと手足を見るに狐の姿から変化はないらしい。
「キュ~~ン。」
(困った。)
「どうした?」
優しげなバリトンの声と同時に頭を撫でられた。
意外と気持ちいぞ。
うっとりと目を細めてごつごつした手に頭を擦り付ける。
「可愛いやつだな。どこから来たんだ?獣人……じゃないか。ん?」
両脇に手を添えられてひょいと持ち上げられると、なぜかスンスンと匂いをかがれる。
「キュン?」
(何してるの?)
ペロン
「~~~~~っ!!」
(なにしてんのよ~!)
な、舐められた!いくら子狐だからってなんでこ、股間舐めたのこの人!?変態!?変態なの!?
「や、まさか……だって動物だろ……?」
いやいやいや!困惑したいのこっちだよ!そっちからは動物に見えても私はれっきとした女子ですよ!?や、女子というにはだいぶ年齢いってるけどさ!でもあんまりじゃないか!?ってか世の獣人は動物相手にこんなことするのか!?
目の前の男に困惑していると男は私を膝に降ろして再び頭を撫で始める。
どんなに撫でたって許さないんだからねっ!くっ!気持ちがいいではないか畜生め。
「はぁ、どうしようこの子。メスなのはせめてもの救いだけど獣人じゃなくて動物となるとなぁ。生活変えなきゃならんか?ひとまず何て呼べばいいかな……レイ。よし、今日からレイだ。」
「キュ~ン?キュキュ~~。」
(名前?いやいや他にやることあるでしょ。まぁ、あながち間違いじゃないからいいけどさ。)
「レイ。」
「キュ~ン。」
(なぁに?)
「かわいいなぁ。レイ。それにいい匂いがする。」
「キュ~ン。」
(まぁ、子狐だからね。)
されるがままに撫で繰り回されているとダンダンと扉が叩かれる。何事かと驚いて身が跳ねた。
「団長いますか!?」
「ヴォルフでてきなさい!犯罪はいけません!話し合いましょう!」
なんだか物騒な声がする。
「はぁ?何言ってんだあいつら。ったく……。あいてるぞ!」
戸の向こうに声を掛けたらすぐに赤髪と金髪の男の人が入ってきた。たぶん昨日飲み屋にいた人だと思う。焦った様子で私とへんた……男とベッドを確認してあからさまに安どの息を吐いている。
いや、全然この状況良くないからね。
「団長いくら酔ってるとはいえなんてことしてるんすか!」
「はぁ、ヴォルフ。人攫いは立派な犯罪です。いくら酔っていたからって許されませんよ。」
ひとまず安心したのか呆れた声で二人が男を窘めはじめる。
「とにかくその方をこちらに渡してください。」
金髪さんが手を伸ばそうとして男はその手を叩き落とした。
「触るなっ!レイは俺のだ!」
「俺のって何いってるんすか!ちゃんと家に帰さないとまずいっすよ。」
なんだか彼らは彼らで話を始めちゃったからこっちはこっちでどうにかしなきゃ……。といっても私は家族はいないし、家もまだ用意してない。となるとまだ所在地は師匠のとこでいいと思うから師匠呼ぼう。
「キュ~キュ~キュ~~。」
(師匠~ローレライはここです。来てください。)
「ヴォルフ……昨日から何なんだ?まだ酔っているわけじゃないだろう?彼女だって鳴いてるじゃないか。」
「しょうがないじゃないか……なんだから。」
途中何かいったが小さすぎて聞こえなかった。男は私をぐっと抱き込んで金髪さんに取られないようにしてしまう。
「まったく、仕方ないですね。……お嬢さん、大変申し訳ありませんがもうしばらくこの男に付き合っていただけませんか?」
「お嬢さんって確かにメスのようだが何いってるんだ?」
「メスってまさか団長見たんすか。サイテーっすね!」
まったくだ。もっと言ってくれ赤髪の。
「獣人じゃないんだから見ないと確認できないだろうが。」
見るどころか舐めたくせに何言ってんのこの変態!
「はぁ。申し遅れました。私は辺境騎士団の副団長でキネルロスといいます。この誘拐犯はお恥ずかしながら団長のヴォルフです。重ね重ねのご無礼をお詫び申し上げます。」
副団長さんは紳士なようでわざわざ私と視線を合わせる為にしゃがんでくれた。それに合わせるように隣の赤髪もしゃがんでベッドのふちに顎を乗せる。
「俺は団長補佐でサンジュっす。うちの団長が本当に申し訳ないっす。頼むから呪うのは団長だけにしてほしいっす。」
「キュ~~ン。」
(呪わないよ。)
「二人とも一体何を言ってるんだ?」
「団長昨日のこと覚えてないんすか?」
「さっぱりだな。むしろどこからレイを連れ帰ったのかもわからん。確か昨日はお前たちと飲んでたと思うんだが……。」
ヴォルフのその言葉に二人はがっくりと肩を落とす。
「そもそもレイってなんですか?本人に聞いたんですか?」
「や、俺がつけた。」
「何で勝手に名前つけてるんすか。魔女に呪われますよ。」
「は?」
「ヴォルフは覚えていないでしょうが、彼女は昨日四次会で行った飲み屋に居合わせた魔女殿です。酔ったヴォルフが襲って離さなかったんですよ。」
「すっごい唸って威嚇してたっすからね。」
「魔女!?つまり人間の女だと?」
「心配するのはそこっすか?」
「まて、じゃぁなんで子狐になってるんだ。」
「彼女と一緒にいた魔女殿がどうも酔っていたのかヴォルフが面白かったようで彼女が助けを求めたのにその姿に変えてしまったんですよ。」
気の毒そうにこちらを見て副団長は続ける。
「それから一緒に居られた魔女殿から伝言です。この魔法は自力で解くように。とのことです。」
「キュ~~ン。」
(ですよね。)
「まぁ、そりゃそうでしょうね。」
「「「!!!」」」
「キュ~~ン!」
(師匠!)
突如室内に現れた黒髪の妖艶美女は紫のローブに三角帽子のわかりやすい魔女の格好をしている。師匠に寄ろうと思ったのに団長さんにがっつり掴まれて身動きができない。
「にしても面白いことになってるわねローレライ。」
「キュンキューーン!」
(面白くなんてないですよ!)
「……な鳴き声だと不便ね。魔法は解いてあげれないけど師匠として言葉は通じるようにしてあげるわね。後は自分で頑張りなさい。」
人差し指を一度振ると師匠はいなくなってしまう。
『ししょう~もうちょっとなにかあってもいいとおもう~。』
あっさりといなくなってしまった師匠に苦情を入れつつうなだれるのは仕方ないと思う。
『あ、しゃべれた~。』
子狐だからかどうもちょっとたどたどしいが、人語をしゃべれるようになったからまぁいいとしよう。
「レイ?」
抱きこんでいた私を団長さんが抱き上げる。
『わたしはけもののまじょ』
「けものの……魔女?聞いたことないですね。」
「まぁ確かにケモってるっすねぇ。ってか団長まだその呼び方するんすか。」
『きのうわたしにまほうをかけたのはあかつきのまじょ。さっきここにきたのはしんりんのまじょで、わたしのししょう。』
「森林の魔女は有名ですね。我々は魔女の母と呼んでます。」
『ししょうはたくさんのでしをそだててるから……わたしはせんげつひとりだちしたからしらないのはあたりまえだとおもう。』
「でも何で獣のまじょなんすか?」
そう言われたわたしはトコトコと窓に……と思ったけど団長さんが離してくれない。
『だんちょうさん、はなして?』
「いやだ。」
どうやら離す気はないらしい。
『じゃぁ、まどのとこにつれていって。』
もぞもぞと動き出した団長さんはベッドから出るとテラスのある窓を開いてくれた。
『か~ぜ~がはこぶ~は~な~のいろは~♪』
団長さんにがっちり抱かれたまま、師匠の森を思い出しながらいつものように歌いだす。
「うわっ!めっちゃ鳥が集まってきた!料理長の天敵のカラスまでいるっすよ。」
空からは鳥が、手すりからはリスが床からはネズミがちょろちょろと集まり始める。
「うわ!寮の外に鹿がいる!」
「イノシシもいるぞ捕まえて鍋にしようぜ!」
階下からの騒ぎに歌を止めると動物たちはあっという間に散ってしまった。
「なるほどだから獣の魔女なんですね。」
「そうなるとなんて呼んだらいいっすかね?」
『レイもあながちまちがいじゃないからそれでいい。』
「だめだ。それは俺だけの呼び名だ。」
まるで周囲を威嚇するように食い気味で団長さんが言う。
『すきによんだらいいとおもう。ところでさんにんはしごとしなくていいの?』
「「「!!」」」
休みなのかな?と思っていってみたんだが副団長と補佐さんは制服だから違うと思うんだよね。なんとなくそう言ったんだけど団長は慌てて着替えはじめるし、二人は食堂に行くっていうから私もご飯食べたくてついて行くって言ったら団長に怒られた。納得いかない。
副団長さんが私と団長のご飯は団長の執務室に持ってきてくれるっていうから、大人しく団長さんに運ばれることにした。
ほどなくして副団長さんと補佐さんがそれぞれの食事と団長さんと私の分を運んできてくれた。
応接用と思われるローテーブルに飛び乗ろうとジャンプしたんだけどすかさず団長さんに捕まれて膝の上に座らされた。
まさに今ここ。
「レイ、何食べたい?」
『じゃぁ、ぶどうがいい。』
そういうと団長さんは丁寧に皮をむいたうえに半分に割って中の種を出してから私の口元に持ってきてくれる。いくら狐の姿と言えどちょっと恥ずかしい。
「レイ、ほら。」
『おいてくれたらじぶんでたべるよ?』
「嫌なのか?」
いやとかそいう問題じゃないと思うけど……。
恥ずかしいとは思ったが嫌ではないし、空腹の方が気になるので大人しく口を開けると瑞々しいぶどうがとてもおいしい。
「甲斐甲斐しいっすね。」
「これはもしかしたらもしかするかもしれませんねぇ。」
こそこそと向かい側で話をしているが私は聞かなかったことにする。余計なことに首を突っ込まないのが魔女の作法だ。
「ところで魔女殿のお住まいはどちらです?と、いってもその姿でお帰しするのは心配ですがご家族に安否報告は必要だと思いますし。」
『ん~。いえはないの。」
「家がない!?」
団長さんが素っ頓狂な声を上げて凝視してくる。それでも残り半分のブドウをくれるから優しいとおもう。ちょっと顔が厳ついけど。
『いえがないというか、ひとりだちしたからししょうのいえをでてこれからさがすところだったというか。かぞくはいないからもんだいない。さっきししょうがきたからあんぴもしんぱいない。』
「では魔法が解けるまでここにいたらどうだろうか?」
「そうですね。元はといえばヴォルフが襲ったせいですし。」
「団長が責任持つべきっすね。」
『いやいや、めいわくかけるわけには……。』
さすがにそれはどうなのか……。
「魔女殿がどんな生活するのかはわかりませんが子狐くらい団で養えますから大丈夫ですよ。」
「レイ。俺が心配だからここにいてくれ。」
『まほうがあるからしんぱいないとおもうけど。』
「獣人として関わったからには解決するまで放り出せないっす。獣人の沽券に関わるっす。」
『そういわれても……。』
三人につめよられるとちょっと困る。
あ、梨もおいしいな。このシャクシャクしたかんじがたまらん。
「あ~。その食べ方は癒されますね。」
「ずっといてほしいっす。」
「見るな。減る。」
よくわかんないけどこのままではらちが明かないのでしょうがない。
『じゃぁ、まほうがとけるまではここにいる。そのかわりってわけじゃないけどきしのなかからでしをとってもいい?』
「弟子ですか?」
『もちろんまりょくのあるこがいたらだけど……。ひとりだちしたらでしをとるきまりだから。』
「わかりました。では素質のある子が見つかったら教えてください。」
「じゃぁ決まりっすね!」
『おせわになります。』
そんなわけで私の騎士団生活が始まるのだった。