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第3話 信じられない

 島から帰るまで今日を入れてあと2日。

 僕は今日もいつもの時間に崖に行きたいけど、それはできない。

 今日は、親戚のお墓参りに行かないといけないからだ。

 まあ、親戚の家から帰った後でも少しくらいは時間があるだろうから、そしたらあの崖に行ってみようかな。

 そうやって考えながら出かける準備が終わると、僕と両親は車で30分くらい移動した。体感では島の裏側まで来たようだ。

 そして、僕と両親は車から降りると少し大きめの門があるいかにも格式がありそうな家の中へと入っていった。

 お墓参りの前に親戚の人に挨拶をするらしい。

 こういうところではは使用人が出迎えてくれるのだろうか。

 門を開けて庭を進んで玄関の扉を開けると、そこには1人の女性が出迎えていた。

 これが噂の使用人だろうか。

「あら、有希さん久しぶり」

 お迎えに来ていた女性が話しかけてきた。

「久しぶり、春香さん」

 お母さんは親戚の人の名前を呼んで、小さく手を振った。

 どうやら使用人ではないらしい。

 この人が今日、僕と両親が会いに来た人のようだ。

 どことなく目の形や顔の輪郭があの女の子に似ているなとふと思った。

 まあ、それ以外はほとんど似ていないけど。

 ただ、僕がそんな些細なことを考えていると、有希さんという人に客室まで案内された。


 僕と両親が座ると、有希さんは穏やかな目で今日来てくれたことに対してお礼を言って人数分のお茶を出してくれた。

 僕はお礼に対して軽い会釈をすると、目の前にある深い緑色のお茶を頂くことにする。

 お茶の温度がちょうどよくて、心に染み渡るようだ。

 そうやっていると、お母さんと父さんは有希さんとしばらくの間談笑を始める。

 僕は、どうしていいのか分からず、途中で軽く相槌を打ちながら、ぼぅとしていた。

 しばらくすると、僕の両親を含めた3人の会話は終わったようでそろそろお墓参りに行こうかという話になって立ち上がった。

「お墓参りの前に仏壇にだけお参りしてもらってもいいですか」

 有希さんからそう言われたので、僕と両親と有希さんの4人で仏壇がある小さな部屋まで行った。

「お母さん、今からお参りする人は僕の知っている人?」

「いや、陽太が生まれる前に亡くなっているから一度も会ったことがないはずだよ」

 僕の家はこういう親戚づきあいは多いほうだったので、知らない人の仏壇や墓でお参りすることも珍しくない。

 仏壇がある部屋はここからあまり離れているというわけではなかったためすぐに着くことができた。

 そして、お線香を取って仏壇の写真を見た瞬間に僕の動きは止まった。

 どういうことだ?

 左手で取ったお線香がぽとりと落ちた。

 目の前の写真は、見た瞬間からここが現実のものではないように見えている。

 落ちたお線香を拾うことができない。

 無意識のうちに体がお線香を拾うことを拒否している。

 認めたくない一心で。

 こんなことはあり得ない。

 そんなことがあっていいはずがない。

 だって、

 だって……

 だって、その写真には昨日まで遊んでいた女の子の顔があったから。


 僕は必至に自分の記憶と照らし合わせながら写真を何度も見直した。

 母さんが心配そうにどうしたのと言う声すらも聞こえないほどに。

 でも、この世界は残酷だ。

 どう見ても、あの崖で会っている女の子だ。

 昨日のあの後に亡くなったのか。

 いや、そんなはずはない。

 このお墓参りと家に寄ることは島に来る前から決まっていたからだ

 なら、この写真に写っているのは誰だ。

 昨日まで遊んでいたのは誰だ。

 あの女の子は……誰だ?

 自問自答が続く。

 でも、どこを探しても答えが出るような問題では無かった。

 そして残酷にも澄んだ水色のような青色のワンピースのワンピースがそこにははっきりと写っていることから、僕が写真の女の子と崖で会っていた女の子が別人だと否定できる材料が無くなった。

 そして、横には『蒼』という名前が書いてあった。

 母さんが不思議そうな顔で僕を見てくる。

 本当なら昨日まで写真に写っている女の子と遊んでいたと言いたかったけど、それを言ってしまうと全てが無かったことになってしまいそうな気がして、ギリギリで気持ちを留める。

 そして、頭の中で考えをまとめようとしたけど、納得いく結論は出ない。

「ちょっとトイレ‼」

僕は体の拒否反応に素直に従うように、近くにあったトイレに駆け込んだ。

トイレの前で大丈夫と両親から何度も確認されたけど、なんとか大丈夫といって誤魔化した。


 僕がトイレから戻ってきた後は、両親はさすがにおかしいと思ったようで、何も聞かずに車まで連れて行ってくれた。

 お墓参りは両親の2人だけで行ってくれて、僕は1人車の中で待っていた。

 そしてお墓参りが終わると、車でもと来た道をゆっくりと帰ったが、その道は行くときのものとは大きく違っているように見える。

 その後、家に戻ると僕は畳の上に横になった。

 これ以上は何も考えたくない。

 僕は、そうやってそっと目を閉じた。


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