僕は翌日も同じ崖の下の洞窟へと行った。
ただ昨日とは違って、飛び降りるというわけではなく、5分くらい歩くと下に降りられる場所があったのでそこから行くことにした。
「おはよう」
女の子は昨日と同じ見た目で挨拶をしてきた。
僕もそれに対しておはようと返す。
それから1、2時間は昨日と同じでブローチを探した。
でも、僕がブローチを持っているため、いくら洞窟を探しても見つかるはずはなく、今回も成果なしということになった。
そして、その後は2人で少し大きな岩にちょこんと座ってお互いのことを話した。
ただ、この時間は永遠には続かない。
昨日と今日のたった2日間だけど、今までにないくらい幸せでたくさんの色に溢れていた。
学校にいる他の友達とは違う。
そんな感覚だ。
しかし、心の底から今の状況を楽しめているかというとそういうわけでは無い。
理由はブローチの件だ。
本当なら、ブローチがあるのは洞窟ではなく僕のポケットだと言って、今すぐにでも謝って返すべきだったんだろう。
でもこの女の子と話をしていくうちに、お互いのことを知ることができるようになれたことがうれしくて、ごめんの一言がギリギリで踏みとどまっていた。
いつかは言わないといけない。
でも、やっぱりその一言はまだ踏み出せない。
「昨日は、僕が帰ったあとは何していたの?」
「えっと……」
少しの沈黙がその場を包んだ。
「いや、何でそこで悩むの⁉」
思わず僕がツッコミを入れた。
「ねえ、君はこの島で洞窟以外にどっかに行ったことがある?」
「僕の話の答えは⁉」
「まあ、そんな細かいことはいいの。それよりどうなの?どっか行ったことある?」
「うーん。特にないかな。お母さんと近くの八百屋さんに行くぐらいだよ。ご飯は近くのお店で材料を買って家で食べてるし」
「そうなんだ。そんなのもったいないよ!」
女の子はそう言うと、僕の方を覗き込んだ。
「そうかな」
「そうだよ。せっかくの夏休みだからもっとどっか行ってみようよ。そうだ、明日この近くにある商店街に行ってみようよ」
「あ、ごめん。明日は用事があるんだ」
「そうなんだ。なら、今から行こう‼」
そう言って僕を誘った女の子は、ぴょこんと座っていた岩を降りた。
そして、僕の右手を掴んでそのまま座っている岩から引っ張り出した。
「行くよ‼」
そう言って僕を引っ張る女の子の手を振り払うことはしなかった。
そして、洞窟を出て島の道路に出ると、1人でぼんやりと歩いていた時と同じなはずの道は全く形を変えて周りに見える景色がどれも綺麗な色を持っているようだ。
女の子は会うたびに全く変わらないいつもの澄んだ水のような青色の服の風でなびかせながら僕の手を引いて、小さな歩幅と歩きなれたような少し早いスピードで僕を前へと導いてくれた。
町へは歩いて30分ぐらいで着いた。
道路を挟んで左右にはいかにも昔からある店のような古い木造建築の中で雑貨や食べ物を売っている店が間隔を開けずにいくつもある。
でも、だいたい半分くらいは建物があるだけで店の暖簾も無く閉店している所も多くある
また、開いている店の中にも人が誰もいなくて商品と引き換えにお金を入れる場所だけがある店も多い。
加えて、防犯カメラのようなものも見渡す限りないことから、村社会ということがひしひしと伝わってくる。
一通り町を見ると、僕たち近くにあった駄菓子屋に行くことにした。
そこは、奥に90歳くらいのおばちゃんが1人座っているだけで、いかにも小さな町の駄菓子屋という感じのお店だった。
「ねえ、何にする?」
女の子はぴょこっとこっちを見て聞いてきた。
「僕はポテチとか食べたいかな」
「私はね、チョコレートが食べたい!」
「そうなんだ」
僕は、軽く返事をした。
対して、女の子はじっとこっちを見ている。
その目は一瞬のすきも作らせない職人技そのものだ。
そして、女の子は満面の笑みで僕にチョコレートを渡してきた。
「お金は?」
「ありがとう」
女の子はそう言いながら自分の両手を見せてきた。
もちろん、両手には何もない。
「持ってないの⁉」
確かに僕もこの子に会ってから財布らしきものは見てはいない。
本当ならチョコレートの1つでもかっこよく奢ってあげた方が男らしいのだろうが、あいにく僕はそんなにたくさんの持ち合わせは無かった。
財布を開けてみると、中身は100円玉1枚のみ。
対して、チョコレート1つ100円、ポテチ1つ100円だ。
「じゃあ、僕と一緒にポテチ食べる?」
「チョコレートがいい」
そこは譲れないらしい。
「分かったよ。1つ買って2人で分けよう」
ここまで堂々と言われると、いっそ清々しい。
「すいません。このチョコレート1つお願いします」
レジに行くと、おばあさんに100円を渡す。
「ありがとうね」
おばあさんはそう言うと、僕から100円を受け取った。
「見ない顔だね。どこから来たんだい?」
おばあさんは少し不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「東京の本土からです」
「そうかい。1人でお出かけできるなんてこの島には慣れたようだね」
「はい……?」
隣にはこの女の子がいるはず。
まあ、おばあさんだから見間違えることもあるか。
僕たちは店を出ると、商店街の出口近くにある公園のベンチで座って2人でチョコレートを食べることにした。
そして、さっき買ったチョコは板状のもので真ん中に力を入れるとぱっきと気持ちよく割ることができた。
僕は半分を渡すと、一枚ずつ丁寧に割って食べていった一方で、この女の子は対照的でがぶっとさっき割った端の方からかんで食べた。
その様子がなんだかおかしくて少し笑ってしまった。
「何かおかしかった⁉」
女の子はさも不満げな様子でこちらを見てむすっと見ている。
それを見たら、さらに笑いがこみあげてきた。
でも一方で、同時にふと現実を思いだした。
いつまでもこの生活は続かない。
この女の子にはたくさん助けてもらった。
だから、話をしないといけない。
「僕、明日は親戚の家に行って、明後日は帰らないといけないから、今日と明後日の朝しか会うことはできないんだ。」
僕は少しだけの勇気をもって女の子にその内容を伝えた。
帰らないといけないと分かっていても、自分の口から言うと、少しだけ心がきゅいっとなる感覚がした。
「そうなんだ」
でも、女の子は僕の必死の発言を軽く流した。
きっと僕は、きっとこの女の子は泣くまでは無くても、少ししょんぼりとした感じになってくれるだろうなという期待をしていた。
だからこそ、こうもあっさりとした対応をされると少し寂しさも出てくる。
「驚かないの?」
思わず僕は思っていたことを口にした。
「まあ、島の人じゃないことは何となく分かっていたしね」
女の子は少し目線を下げたまま言った。
「そう……」
僕は、こうやって返すことしかできなかった。
僕は、少しは仲良くできたように思えていたんだけどな。
やっぱり、現実なんてこんなもんなのか。
結局、こっちが一方的に仲良くなったと思っていただけ。
きっと毎日来る僕に無理に合わせていただけなんだろう。
僕はふと腕時計を見た。
長針はすでに門限の5時を回っている。
僕は、女の子にそろそろ帰る時間だからと言って一言挨拶をするとそのまま振り向くことなく帰った。
前と違って帰り道に向けた足はとても軽く動き出しやすかった。
ふと空を見上げると、まだオレンジ色で明るいのにお月様が見えている。
後ろを追いかけてくる影はない。