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マリー誘拐事件

 あの日以来、フェルディア様がいらっしゃらないと不安になります。トラウマになる程、怖かったのかもしれません。いえ、フェルディア様のことをそれほど信頼するようになってきているのですね。


「ごめん、少しだけ離れるけど大丈夫? 法の文面に不備があったから、訂正だけ僕のサインが必要なんだ……でも、こちらには持ち出せなくてね……」


 申し訳なさそうな表情で、フェルディア様がおっしゃいました。ぺたりと垂れた耳の幻覚が見えます。


「一番しつこい付きまとい犯は捕まえたから、大丈夫だと思うし、知っての通り、王城内には害意のあるものは入れないからマリーに害が与えられることはないよ。あと、1時間で戻るから」



 わがままを言う子供に言い聞かせる親のようにおっしゃっていますが、私は駄々なんてこねていません。


「もちろん、わかっておりますわ。大切な業務ですもの、いってらしてください」


 外出を知らせる書板には、もしも長引いた時のために一応、3時間とお書きになってフェルディア様は出ていかれました。




ーーーー

 いつものように執務室で書類を確認しております。


「失礼致します。よろしければ、こちら新作の焼き菓子が出来上がりましたので、感想をいただきたくお持ちいたしました。ぜひ、マリー様のご意見をください」


 いつも、お食事を作ってくれている厨房の方がいらっしゃいました。お食事をいただく際に、お見かけしたことのあるお顔です。わざわざ台車で運んできてくださった焼き菓子を机の上に並べてくださいます。



「失礼します」

 そう言って、乳母で侍女として、王城でも共にいてくれるフラメールが上から3つ目の焼き菓子を手に取り、毒味します。フラメールは、いつも一番上でなく何個か下のものを毒味するのです。


「問題ありません。マリー様」

 フラメールが微笑み、差し出してくれました。



「では、フラメールさん、できたら紅茶を入れにきてくださいませんか? 茶葉は用意してあるのですが、僕、紅茶だけは入れるの下手なんですが、上手い人が出てしまっていて……マリー様は気にせずに先にお食べください。焼きたてが美味しいですから」


「あらまぁ! じゃあ、私行ってきますね! マリー様の元に従者がいないと困りますから、代わりにあなたに居ていただいても大丈夫ですか?」


「はい、もちろんお待ちしてます」



 フラメールが急いだ様子で出ていって、私はその様子を微笑ましく思い、笑いながら一番上の焼き菓子を食べました……突然、苦しくなり、身体が動かなくなっていきます。


「……な、んで……」


 倒れた私を受け止めた厨房の方がおっしゃいました。


「あの方の描き出す貴女の絵がこの世で最高の芸術作品なのに、あの方を処罰して貴女から引き離すなんて……今後美しい作品ができなくなってしまうじゃないか。それはこの世のためにならない。あの方が釈放されるまで、国外で一緒に待っていましょうね?」


 なぜあの方が数年で釈放後、国外追放される予定のことをご存知なんでしょう……? まだ一部の文官しか知らないことですのに。そう思うと、背筋がゾッとします。


 この方はのですね。恐ろしいです。


 焼き菓子を運んできた台車に私は押し込まれたようです。意識はあるし、身体を動かそうという意思はあるのに、動けないなんて……何も反抗できません。





 厨房と反対側の通路を使って、裏口に向かっているようです。

 クロスがかけられているので、外からは見えませんが、曲がる方向でなんとなくの場所がわかります。


 なんとか周囲に私の存在を気づいてもらおうとしますが、声も出ません。


 その後、木箱に入れられた私は、そのまま食材購入のためという名目で外に連れ出されてしまいました。




ーーーー

 城からどれほど離れたのでしょう? 森の中のような自然の香りがします。


 動けない状態では、疲れるのも早いのか、はたまた薬のせいなのか……何度か眠ってしまいました。あれからどれほど時間が経ったのでしょう……。


 こんな状況で眠ることのできる自らの図太さに驚きながらも、なんとか私がここにいるという証拠を残そうと鈍い頭を回し続けました。しかし、瞼が閉じていってしまいます。





 次に目が覚めたタイミングは、小屋の中でした。


「想定より早く動いたな。おかげで、まだ国を抜け出せねー!」


 イラついた様子で誘拐犯さんは暴れていらっしゃいます。もう厨房の方ではございませんので、誘拐犯さんとお呼びすることにしました。


 目が覚めていることには気づかれていないようです。まだ身体は自由に動きません。眠っているふりをして情報を少しでも集めたいです。


「北の門での出国が一番容易なはずなのに……あの方が追放される先のコーディーにも近いから、ここから出るしかないのにな……。仕方がない。元々使うつもりのなかった囮用の小屋でしばらく過ごそう……。その後、さっさとこの小屋から抜け出さないといけねーな……。マリー様が起きたら解毒薬を使って動けるようにしてなんとか出国するか」


 我が国は越えることのできない高い塀と防衛魔法で国中囲まれていて、出国のためには門を通るしかありません。国防のための措置でしたが、こんなところで役に立っているとは目から鱗でした。

 無事、戻ることができたら、門の出国手続きについても確認して、帝国民を守ることのできる制度をしっかり提案いたしましょう。



 私が眠ったふりをしている頃、王城内では調査が進んでいました。

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