最近、外に出ると視線を感じる気がいたします。学生時代は、次期皇后としていつも注目されておりましたが、最近いる場所は、基本城内の執務室でございます。
いつもフェルディア様が一緒にいてくださるから、おモテになるフェルディア様のせいかしら、と思っておりました。しかし、本日はフェルディア様はご公務で街に出ていらっしゃいます。新しい法律の施行のためだとおっしゃっていました。
「マリー様。こちらの書類の確認お願いします」
「わかりましたわ。ちょうどよかったです! では、先にこちらをお返ししておきますね」
書類を届けにきてくださった、文官の方とやり取りをいたします。私、この調子ならもしもフェルディア様と結婚しなくても、文官として働いていけるのではないでしょうか?
……また、視線を感じる気がいたします。窓の外に目をやってもどなたもいらっしゃいません。
気になってしまうので、少し外に休憩に参りましょう。ちょうどランチの時間ですわ。
そっと執務室を出て、王城を移動いたします。私の執務室の隣には広い庭園があって、その向こうが私とフェルディア様がいつも食事している場所です。もちろん、私たち以外は立ち入ることができないようになっており、安全対策はバッチリです。
庭園に出て、少し息抜きをいたします。先ほどより、視線を感じる気がいたしますわ。刺客だったら危ないですが、城の中心まで入り込めるような刺客でしたら、私、もう殺されていると思います。また、魔法によって害意のあるものは入り込まないようになっているはずです。
がさり、と音がして慌てて振り返ると、草むらの影に服が引っかかっています。どなたのものだろうと思いながら見つめていると、私の護衛たちが走って行ってくださいました。これでも次期皇后候補です。過分に護衛がつけられております。
「捕まえたぞ!」
私の感じていた気配は、気のせいでなかったようです。護衛の方に取り押さえられた男性が出ていらっしゃいます。どなたでしょうか? 初めてお見かけいたしますわ。
「離せ! 悪いことは何もしていない! 遠くからマリー様を見ていただけだ!」
私を見ていたとおっしゃる方は、手に何か紙束とペンを持っていらっしゃいます。ペンを持って暴れられると大変危険ですので、護衛の方がそちらを取り上げられました。
ばらばらと、紙が散らばり、それを拾ってみると、私の絵姿でした。
「私……?」
「その、麗しいお姿も書き写していた」
「……」
少し気持ち悪く感じて、裏返しました。裏面には、私の学生時代と思われる姿もありました。……。
「そもそも! 僕はマリー様の元学友だぞ!」
男性がそう言うと、護衛たちがこちらを向きます。
「恐れ入りますが、私、お初にお目にかかったお方だと思います。一体どなたでいらっしゃいますか?」
「隣のクラスだったのに! 覚えていらっしゃらないのですか!?」
悲痛な叫び声に首を傾げます。流石に、関わりのない方までは記憶しておりません。
「麗しいマリー様は、いつも朝8時に元第一皇子と登校されて、8時半に第二皇子と朝の挨拶を交わしていた。その後、授業を受けられて、ランチタイムはご友人と過ごしていらっしゃった。あの元第一皇子は、クソにも他の女たちを侍らせていたがな。授業中の癖は、小首を傾げながら頷かれること。その愛らしさは、僕の理想の女性そのものだ。その後、午後の授業を受け終わったら、帰宅されて次期皇后としての学習や業務補助をされていた。あぁ、元第一皇子の手伝いもなさっていたな。第二皇子が帰りに迎えにくる日はなぜかいつも姿が見られなかったんだ。僕の麗しいマリー様は、いつも僕に微笑みを浮かべて、僕を受け入れてくれるんだよ。心の中ではいつも僕を求めているんだ。だから、第二皇子と婚約しないでいてくれているんだよ? みんな知ってた? ちなみに、学校内でトイレに行かれる回数は、」
「おやめくださいませ!」
あまりにもプライベートなことをおっしゃられるので、声を上げました。詳し過ぎて固まってしまっておりましたが、そこまで衆前で語られたくありません。もちろん、見ず知らずの方に把握されているのも嫌ですが……。
「あぁ、ごめんごめん。僕たちの秘密だったよね? 2人だけの」
にやぁと笑われたお顔に、思わず嫌悪感を抱きます。背筋がぞくぞくとして、一歩一歩と後ろに下がってしまいました。
男性を取り押さえる護衛の力は、強くなりましたが、確かに、私に対して害を与えるようなことは何もしていらっしゃいません。感情的には大変不快ですが、法には触れないのです。
ただ、私を追い回し、私のことを把握しようとなさるだけでは、罪に問えないことに、今まで感じたことのなかった疑問を感じました。
舐めるような視線に恐怖を抱き、後ろに下がった私を、支える腕がありました。どなたかしら、と慌てて振り向くと、フェルディア様の優しい香りがふわりと香り、温かい腕に安心いたしました。
「ごめん、まさか僕がいない隙に接触されるとは思わなかった」
フェルディア様は、この男性のことをご存知だったようです。
「言っておくけど、今日、ストーカー対策基本法が施行されて、意味のないつけ回し行為は処罰化されたよ。特に、皇族やその婚約者になりうる者に対しては、厳罰を下すことになったよ。君は、今自白したね? あと、今まで僕が気づいてなかったとでも思っていたのかい?」
フェルディア様は、私のことをずっと守っていてくださっていたようです。
「この第二皇子め! いつもいつもマリー様に触れやがって! マリー様の心は僕にあるんだぞ! わかっているのか! クソ皇子! 腹黒皇子!」
かの男性が、思いつく限りの暴言をフェルディア様に浴びせていらっしゃいます。……皇族への暴言は、そもそも罪になると思っていたのですが……。
「ついでに、不敬罪。連れていけ」
連れていかれ、罪を裁かれることとなったようです。一言発するたびに罪状が重くなっていっている気がするので、黙っていた方がいいと思います。
「ごめんね、マリー? 今日はどうしても離れないといけなくて……いつも、あいつらから守るためにいろいろしていたんだけど……」
私が座るだろうと思う部分に自分の毛髪を置いておいたり、道に魔術具を置としておいて、私の下着を見ようとなさったりしていたようでした。大変気持ち悪いです。できることなら、知りたくなかったです。
「そういう意味もあって、マリーの身の回りを守らせてもらってたんだ。もちろん、マリーに少しでも快適に過ごしてほしい思いもあったから、今後も僕に任せてね?」
子犬のような瞳に、今日は安心感を抱きます。いつのまにか、フェルディア様といるとすごく安心できるようになってまいりました。