「マリー義姉様、お迎えに上がりました」
「ありがとうございます。フェルディア様。よろしくお願いいたしますね」
私は、フェルディア様と共にパーティー会場へ向かう。
パーティー会場には少し早めに向かった。
「兄上が……いつもいつも、申し訳ありません」
「フェルディア様のせいじゃありません。第一皇子のおっしゃる通り、きっと私に魅力が足りないせいなのです」
「そんなことありません! 帝国男子の憧れの的と言われる義姉上は、素晴らしい美貌と教養をお持ちの完璧令嬢だと言われているではありませんか」
王国の王族であった母と、帝国を当初から支えた公爵家の父、それぞれの良さを引き継いだと世間では言われる容姿を私はしているそうです。
王国の特徴である青みがかった銀色の緩やかなウェーブがかった髪や青緑色の瞳、皇帝に対しても口うるさい父に良く似た目力の強い顔は、第一皇子の好みでないのでしょう。
第一皇子の婚約者として、第一皇子の好みでないことは問題でしかありません。
「ふふ。ありがとうございます」
励ましてくださるフェルディア様に、心が少し温まります。
「…精一杯エスコートさせていただきます、マリー義姉様」
人波に紛れて入場してしばらくすると、第一皇子が入場なさいました。
「第一皇子、オズベルト様と…メルル令嬢のご入場です」
ざわりと会場にどよめきの波が広がります。
メルル様をエスコートして、メルル様と色を合わせて入場されたことで私への視線も集まります。
メルル様の身分から考えると、皇后にはなれないので、側室を優先するのかというざわめきでしょう。
浮気嫌いな皇后の感情を想像していらっしゃるのかもしれません。
メルル様の来ているドレスはとても美しいです。……ただ、サイズがあまりあっていないようだから、帝国が私のために作ったドレスをメルル様が着用されているのでしょう。
「ご静粛に。皇帝陛下と皇后陛下のご入場です」
司会をされている方がそっとそう皆様に知らせることで、皆様が壇上を見上げられます。仲睦まじいご様子の両陛下がご入場され……ている後ろで、一瞬ものすごい顔をされたお父様がこちらをみています。……皇后陛下がこちらに向かってきます……また、叱責されるのでしょう。
「マリー。どういうことですの? 説明なさって」
「母上。兄上が…」
「フェル! 貴方には聞いていないわ。マリー?」
「…説明させていただきます、皇后陛下。昨日、第一皇子から、明日はフェルディア様と共に行くように、ご自身でのエスコートは都合が悪くできないとお伝えいただきました。そのため、本日は義弟としてフェルディア様にエスコートしていただいております」
「それで? 貴女はなぜオズを止めずにいたのかしら?」
「それは…やはり私の魅力が足りず、第一皇子を繋ぎ止めることができなかった点と、普段の学内のパーティーでは、毎回他の女性をエスコートなさっているため、今回も問題ないと判断いたしました。申し訳ございません」
メルル様の出席できないパーティーは、別の取り巻きの女性をエスコートし、メルル様の出席できるパーティーでは、メルル様をエスコートなさっているのが日常です。
皇后陛下の目の前では、他の女性を連れてはいらっしゃいませんが、もちろん報告はいっているでしょう。
今までのその行動を咎められていないため、私が多少の叱責は受けても、ここまでお怒りになるのは想定外でございました。
「母上! マリーの言う通り、僕は魅力的なメルルと出会ってしまったのです! かわいいメルルに嫉妬して、くだらない
にこやかに報告する第一皇子に、皇后は顔を顰めます。思っていた反応じゃないと思った第一皇子も様子を伺っています。
「……オズ? どういうことかしら?」
表面上は穏やかな笑みを浮かべ、第一皇子に問いかけます。第一皇子の顔色は少し悪いようです。
「皇后陛下! マリー様には申し訳ないのですが、私、オズ様と結ばれたいのですぅ!」
「メルル様!? 皇后陛下とはご挨拶したこともないのに、目下のものから話しかけてはいけませんよ!?」
第一皇子と皇后陛下の話に割って入ってきたメルル様。私はメルル様のあまりの不作法さに思わず声をかけてしまいました。
「ふぇー! オズ様ぁ!」
「マリー! メルルにもっと優しい言葉をかけろといつも言っているだろう! サタリーやナターシャ、アイラでもできているぞ!!」
第一皇子は取り巻きたちの名前をあげて、私を叱責いたします。彼女たちは、メルル様を側室として置くことは推奨するものの
「申し訳ございません、第一皇子、メルル様」
いつものことなので即座に謝罪いたします。
「…マリー? 何をなさっているのかしら?」
見たこともない表情で皇后陛下は私に声をかけられます。
やはり、先ほどの第一皇子に向けられた表情は気のせいで、私に怒っていらっしゃるのでしょう。慌てて、謝罪いたします。
「…っ! 申し訳っ「貴女が謝る必要は一切ないわ! オズベルトは毎回この女をエスコートし、他の女たちを侍らせていたの!?」
「母上。母上のおっしゃる通り、マリーは僕に相応しくなく、魅力がないので仕方ないではありませんか」
「だまらっしゃい! 貴方が一目惚れをし、婚約者にしたいと駄々をこねたから公爵家に頼み込み、婚約者にしたマリーに対して! なんということを! そもそも、男子校育ちで何も上手くできないと言う貴方のために、私がマリーに嫌味やら細かな指摘やらを言うことで共通の敵とし、仲良くなるように手助けしていたあの件も無駄だったと言うのですか!? 貴方は継承権を没収し、マリーとも婚約破棄させますわ! 言っておきますが、第一皇子でなかったら、貴方とは目すら合わなかったであろうレベルにマリーは美しくて素晴らしいのよ! マリー……大変申し訳ありません。辛い思いをずっとさせていましたね?」
「……皇后陛下……?」
想像と違う反応に、周囲はざわめきます。あり得ないくらいぶっちゃけられた皇后陛下と、その言葉に固まる第一皇子。慌てる第一皇子派の貴族たちと取り巻きたちという不思議な光景が生まれました。
あの皇后陛下が私に謝られた、と私も混乱しております。
「マリー……今まで辛い思いをさせておいて、こんなことを言うのは憚られますが、貴女の力が帝国には必要ですわ。第二皇子を次期皇帝とするので、婚約してくださらないかしら? もちろん、公爵たちとのご相談ののち、ご返答いただければ大丈夫ですわ。こちらが原因なのですから、断っていただいてもよろしくてよ?」
力なく微笑みながら皇后陛下は私に問いかけてくださいました。その顔をみて、皇后陛下の本当の姿はこちらなのかと腑に落ちます。今思うと、今までのご指摘も、なぜか皇后陛下が辛そうなように感じる時がありました。
フェルディア様との婚約と聞いて、なぜか胸が躍りました。
しかし、私とて公爵家の娘でしかありません。解答は父と相談してからでございます。
「父と相談ののちご返答させていただきます」
「母上! マリーが悪いのに、僕の継承権を剥奪とはどういうことですか!」
我に返った第一皇子が喚き立てます。
「皇后陛下ぁ! オズ様こそ次期皇帝にふさわしいですわ〜!」
メルル様が懲りずに皇后陛下に話しかけられています。相変わらず、私の注意は理解していただけません。
「衛兵。無礼なこの女を不敬罪で連れて行きなさい。私とマリーに対する不敬よ。オズ? 継承権を剥奪されるだけで済んで私に感謝なさい? 貴方には臣下として爵位と土地をあげるわ。ただ、私の教育が間違ってしまったのね…その前に王立経営学園と帝国男子学園にそれぞれ短期留学してもらいます。それでいいわね、あなた?」
皇后陛下のあげられた学園は大変厳しいと有名な学園でした。全寮制で、どんな生徒も逃げ出すことができないそうです。そもそも、18歳で卒業でいらっしゃるお二人は、成人でいらっしゃいます。このような年齢で学園に入られるのは、矯正目的でしかないでしょう。
メルル様の行動は、不敬罪だけでなく、帝国転覆計画罪に該当する可能性もあり、下手したら一家もろとも処刑される民です。皇后陛下も、更正の余地があるか検討すると共に、メルル様の行動の背景を探るためにも、このような処置になさったのでしょう。
話を振られた皇帝陛下は壊れたロボットのようにコクコク頷いていらっしゃいます。
何か、思い出されているのか、悲しそうにもご自身を責めていらっしゃるようにも見受けられました。
「母上ぇ」
メルル様の話し方がうつってしまった第一皇子を、侍従たちが立ち上がらせて自室に下がらせます。
「騒がせてしまって申し訳なかったわね? こんなことがあった後だけど、せっかくの卒業パーティーよ。マリーも楽しんでいらっしゃい?」
そんな言葉をかけながら、指を鳴らされた皇后陛下は、独自に開発されたと有名な魔法で、天井に夜空に映し出しました。そこに、星をたくさん打ち上げて、オーロラのように美しく輝かせ、星たちから綺麗な音楽を流しました。
みなが見惚れる魅了魔法もかけられているのでしょうか? しばらく見張れた後、皆様は自然とパーティーを楽しみ始めました。
両陛下からの謝罪の気持ちとして、両陛下ですら滅多に食べることのできないご馳走が配られます。
星が煌めき、虹を閉じ込めたゼリーやペガサス肉の刺身ーーペガ刺しーーと春野菜の人魚の涙添えなど美しい料理が並びました。
私には、とびきりの美味しい部位を配っていただけました。大好物なので、先ほどの騒動も忘れてしまいそうです。
「マリー義姉様……いや、マリー様。こちらもいかがですか?」
フェルディア様がかいがいしく食事を取ってきて、声をかけてくださいます。
「フェルディア様。もう義姉でないのですから、マリーとお呼びくださいませ。そちら、ありがたくいただきますわ」
私がそう言って微笑むと、フェルディア様は嬉しそうにデザートも取りに行かれました。