「第一皇子様。メルルも混ぜてくださぁい!」
突然、笑顔で駆け寄ってくるメルルに、第一皇子は驚きを隠せない。
マリーのこんな素の笑顔なんて何年見ていないだろうか。そんな思いで、メルルの笑顔に引き寄せられる。
「ん? 其方メルルと言うのか?」
「はい! メルルって言いますぅ! メルル、第一皇子様のこと、ずっとずっと憧れてましたぁ! 昔、街に視察にいらしてた時に、私のこと助けてくださいましたよね?」
「街に視察……あの時の娘か!」
第一皇子が街に視察に出た時、一人の少女が人攫いに遭いかけていた。その姿を見た第一皇子が護衛に命じてその少女を救ったのだ。
その瞬間からメルルは第一皇子に憧れを抱き、運命の恋だと信じていたのだ。
「メルル、こうやって第一皇子様にまた会えるなんて感動ですぅ! オズベルト様とお呼びしてもいいですかぁ?」
そう言いながら、第一皇子の腕に絡みつくメルルに、周囲はざわりとする。
名前を呼ぶことも許可なく身体に触れることも不敬に該当するし、淑女として恥ずかしいことだ。
しかし、第一皇子はそんなメルルを咎めることなく、顔を赤くする。
そこへ、マリーを心配して付き添っていた第二皇子と共に、ちょうど通りかかったマリーが声をかけた。
「そこの貴女。第一皇子のお名前をお呼びすること、お身体に触れることは不敬に該当しますよ?」
優しそうな笑みを浮かべるマリーは、第一皇子の婚約者として正しい注意をした。第一皇子としては、そのマリーから、せめて己の所有物としての執着を感じたかった。
「ふぇぇ。ごめんなさぁい!」
マリーは泣き真似をして第一皇子の腕に一層絡みつく。
「マリー、そんなに怒るな。メルルも悪気があってしているわけじゃないんだ」
「兄上、マリー義姉様が正しいです。前々から思っておりましたが、マリー義姉様という婚約者がいながら、そちらのご令嬢たちとそのように親しくするのはいかがなものかと」
「ふぇぇぇ!」
「2人とも、メルルが怖がっているではないか! 今初めて出会ったところで、まだ親しくなんてしていないぞ。皆も友人として、不慣れな僕を心配して親しくしてくれているだけだ」
「……わかりましたわ。差し出口がすぎました。失礼いたしました」
「マリー義姉様!」
「良いのです、行きましょう」
この瞬間、メルルは第一皇子のお気に入りと周囲に認識されたのだった。
「……そなただって、義弟と親しくしているではないか」
第一皇子がぼそりと呟いたその言葉は、メルルの耳にだけ届いた。
ーーーー
「オズベルト様。メルル、オズベルト様のためにクッキーを焼いてきましたぁ!」
「ほう! メルルは料理もできるのか! すごいな!」
「第一皇子様。毒味を」
「ふぇぇぇ。メルル、大好きなオズベルト様のために作ったのにぃ」
「すまない、メルル。王族として毒味は必須なのだ」
「大切な人のために作ったものも疑われるなんて、王族って大変なんですねぇ」
「ふむ、そうだな。メルルの発想は面白いな。大切な人のために作ったものを疑うと考えるのか。僕には日常だったから気づかなかった」
「メルル、オズベルト様のことだぁいすきだから、そんなもの入れないのに! でも、ルールなら仕方ないですねぇ。メルル、オズベルト様の運命の相手だから、もしもオズベルト様に何かあったら死んじゃいますもん! メルルは、オズベルト様のためならなんでもしますから、言ってください!」
ベタ惚れを堂々と態度に表すメルルの姿は、第一皇子には新鮮に映った。
メルルの“運命”という言葉に釣られて、第一皇子も“運命”なのかもしれないと思い込み始めたようだ。
そう思うと、周りにいる他の女たちよりも愛らしく感じ、さらに可愛がり始めた。
皇后が浮気者を嫌いなことは知っていたが、皇后は第一皇子をとても愛している。だから、今までの報告が上がっていても第一皇子を咎めたりしない。そう考え始めていた。
同時に、周囲もそう囁き始めた。マリーのこともいじめているくらいだ。気に入らないのだろう。
婚約破棄して“運命の恋”の相手のメルルと結ばれたら、皇后と皇帝のようだと喜んでくれるだろう。
「私ならば、メルル様と共に上手くやっていけますわ?」
次期皇后として釣り合いの取れる高位貴族の令嬢はマリーだけだと忘れ、周囲に持ち上げられるまま、第一皇子はメルルを可愛がっていた。