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恋心を買ってくれる店が見つからないわ!
恋心を買ってくれる店が見つからないわ!
碧桜汐香
異世界恋愛ロマファン
2025年02月28日
公開日
4,167字
完結済
恋心を買い取るお店がなかったら、どうしましょう? 自力で恋心を抽出すればいいわ!

恋心を買ってくれる店が見つからないわ!

「おいで、フィルシア」

「ええ、アラン様」


 学園の中庭。花が咲き誇り、鳥が囀る。ふわりと優しい風が吹き、少女の髪を触るように靡かせる。まるで恋人同士のように肩を寄せ、人目憚らず語らう男女。ま、その男の方はわたくしの婚約者ですわ。



 亡きお祖父様同士が決めた婚約。特に我が家に利益もなく、ただただわたくしが蔑ろにされるだけでしたら、解消……いえ、あちらの有責で破棄した方がましでしょう。両親にも兄弟にも、ましてや祖母にまでそう言われております。えぇ、えぇ、わたくしもわかっております。この婚約が続いているのは、わたくしのわがまま。……そう、あのクソ男に惚れてしまっているのですわ!!! 悔しいことに!!



 ご覧になって? 金髪の少しクセのある髪に、甘い顔。ドストライクですの。それに、真実の愛と言って憚らない浮気相手がいるにも関わらず、わたくしとの記念日は全て記憶してプレゼントを贈ってくれるまめさ! それだけではなく、一度わたくしが好きと言った花を覚えて、季節問わず入手する手腕。学年主席争いに並ぶ頭脳の良さ。魔法を使わせても剣を持たせても優秀なその肉体。汗を拭くときにちらりと見えるあの筋肉。細マッチョといいますの? たまりませんわ。あんなのが婚約者なんて……わたくし、わたくし、婚約破棄できませんの!!


 クソ男との思い出は山のようにありますわ。他に女がいるはずなのに、こまめに出掛けに誘ってくれたり、手紙を贈ってくれたり。えぇ、わたくしの心を離さないようにするのがクソ上手いのですわ!


 手慣れているだけあって、エスコートの腕もピカイチ。女心も抑えまくり! 幼少期からそんな男と婚約していて、他の男を見る余裕なんてあるわけないじゃない!? わたくしと婚約解消したら、あの女と婚約するのよ!? 許せないわ!


 ただ、見た目通り軽薄で女好きな性格なのが唯一の欠点ですわ。そういうと、友人たちは唯一で最大の欠点だからさっさと婚約解消した方がいいと言いますの。


 今の世の中、はるか年上の後妻に嫁がされたりすることはなく、婚約でもほとんどが幸せな結婚ができるようになってきておりますの。そのため、婚約を解消したくらいで瑕疵がついたりしませんわ。それに、売れ行きのいい有料物件を抑えるためにさっさと婚約解消して、新しい相手を探した方がいいということは、頭ではわかっておりますの。わかっておりますの! でも!



 肩に抱いた女の子の髪を漉きながら、ちらりとわたくしを見る婚約者。てへっという笑顔を見せて、手を振ってくる。あぁ、かわいらしい!!


「マーシャ! 何あのクソ男に手を振りかえしていらっしゃるの!? 無視なさい! そして、婚約破棄なさい! 証拠なんてマーシャが何もしなくても集まり放題よ?」


「レベッカ……でも、あのクソ男、顔がすぎて頭もいい、才能も豊かで性格も穏やか。暴力は絶対に振るわないし、まめに気遣ってくれるのよ?」


「……はぁ。物語のように、恋心を買い取るお店があればいいのに。あくまで噂だけど、裏路地に魔女の店ができたそうよ? 探して相談してみれば?」


「わたくしを心配してくれるレベッカをはじめとする友人たち、家族たち。そろそろわたくしも婚約解消に向けて動かないとと思ってはいるの。そうね、探してみるわ」












 裏路地をメイドと護衛たちと一緒に駆け回り、件のお店を探すも、見つからなかったわ。




「お嬢様。これ以上は……」


「仕方ないですわ! 魔術図書館に寄って帰りましょう? 店がないなら、わたくしが恋心を自分で取り出す魔術を生み出してみせるわ!」









 そうして、わたくしは来る日も来る日も魔術書を読み漁りました。定期的にデートに誘いにくる婚約者に釣られて出掛け、キュンキュンと悶え、帰ってきては反省する日々でしたわ。そして、見つけたのです。恋心を取り出し、花を咲かせる魔術を! そして、その恋心の花の実はとてもいい薬の材料になる、と。











「ごきげんよう。レベッカ」


「マーシャ。夜会にくるなんて、珍しいじゃない? 貴女のクソ婚約者は、あそこで……」


 いつも通り他の女といちゃつく婚約者。そんな姿を見たくなくて、夜会からは遠ざかっていましたが、今日限りですわ。だって、もうわたくしの恋心はありませんから。


「マーシャ……あなた、恋でもした? とても美しいわ。いや、いつも愛らしいのだけれども、それに加えて……女神様や妖精様を見ているような気持ちだわ」


「ふふ。ありがとう。恋をした、というよりも、恋心をなくしたのよ? もうあのクソ婚約者との婚約は、破棄することに決めたの。先ほど、うちの当主であるお父様と向こうの家の当主様にサインを頂いて、提出してきたの」


「それはおめでとう! 自分のことのように嬉しいわ! お祝いに乾杯でもしましょう? そして、その美しさの秘訣を教えてくださる?」


「もちろんよ! レベッカ」



 そう言って、グラスを片手に会場の隅の立食スペースに向かいます。惚けたようにこちらをみる視線やちらちらとこちらをみる視線。人々の視線をとても感じます。



「麗しいレディ。一曲お相手願えますか?」


「光栄ですわ」


 そう言って、話途中のレベッカの方を見ると、手をぱたぱたさせてわたくしを追いやりました。


「王太子殿下からの誘いよ! 断るなんて恐れ多いこと、しないわよね? わたくしはここであなたのグラスを守っててあげるわ!」


「ありがとう。では、一曲」



 そう言って、王太子殿下の手を取り、一曲踊りました。麗しい王太子殿下。こんなにも麗しいお方だなんて、知らなかったわ。ダンスもとても踊りやすく、自分でも羽が生えたようにくるくると舞いました。



「お相手ありがとうございました」


「マーシャ嬢。その、いつもひどい様子の婚約者とは……」


 困った表情を浮かべながら、問いかけてくる王太子殿下。婚約を破棄した、と答えようとすると、後ろから手を引っ張られました。


「マーシャ。僕以外と踊るなんて、ひどいじゃないか」


「まぁ、アラン様。殿下に失礼ですわよ?」


 ぶすっと拗ねた表情を浮かべるアラン様。真実の愛の相手のはずのフィルシア嬢が、不安げにこちらを見ています。


「フィルシア様がお待ちになっているわ。戻って差し上げて?」


「マーシャ、僕とも踊ってくれるよね?」


「いいえ、アラン様。わたくしはあなたとは、もう二度と踊らないわ」


 そう言った瞬間、アラン様は捨てられた子犬のような目をなさいました。



「君、今まで散々マーシャ嬢を蔑ろにしていて、いまさらじゃないか?」


「いまさら? お言葉ですが、殿下、僕は彼女の婚約者です!」


 アラン様が大きめな声を出すので、会場の視線が集まってしまいました。人目のないところでお話ししたかったのですが……仕方ありません。


「いいえ。アラン様。あなたはもう、わたくしの婚約者ではありませんわ」


「なんで?」


 傷ついた表情を浮かべ、ひどく驚いた様子のアラン様。


「殿下。おかげさまで無事に婚約を破棄できましたの」


 わたくしがそう微笑み、殿下はわたくしの肩を抱いてエスコートします。


「無事、成功したようで何よりだよ。また、研究の発表日時を教えてくれるかい?」


「ありがとうございます、殿下。殿下の手助けがなければ、成功致しませんでしたわ」



 人々の視線を遮るように殿下が隠してくださいながら、レベッカのところに戻ろうとすると、アラン様は叫びました。


「嘘だ! マーシャは僕のことを好きだろう!? 愛しているだろう!? 何をしても、離れなかったじゃないか!」


 仕方ありません。研究について、話すしかないようです。


「……アラン様。確かにわたくしは、あなたをお慕いしておりました。でも、わたくしのことを顧みることなく好き勝手なさるアラン様との婚約は続けていけないと思い、魔術を学んだのです」


 そう言って殿下を見つめると、優しく微笑んでくれました。


「わたくし、恋心を取り出して花を咲かせる魔術を見つけました。そして、その魔術を使って、美容薬を作ったのです」


 恋心の花の実を使って作る美容薬のレシピは、悪用されると困ります。どのように作ったのかは公表するつもりはいっさいありません。



「恋は女性を美しくするというでしょう? 幸せな恋ならそれだけで美しくなりますが、わたくしのような不幸な恋なら、薬にしてしまおうと思いまして。ちなみに、魔女連盟に登録したので、どんな方にもこのレシピの公開はできませんわ。魔女の契約をご存知でしょう? ただ、わたくしのように困ったお方がいらしたら、ご相談くださいな。魔女の契約を理解した上で来ていただけるのでしたら、本人の利用に限り、相談に乗りますわ」


 そう言って微笑むと、婚約者に蔑ろにされたことのある女性たちはザワザワと騒ぎ、婚約者を蔑ろにした身に覚えのある男性たちは、顔色を青くさせました。





「では、アラン様。ごきげんよう。そうそう、我が伯爵家に婿入り予定でいらしたけれど、その話はなくなってしまったわね。フィルシア様のお家に……あら?フィルシア様のお家の男爵家には、爵位を継ぐ予定のお兄様がいらっしゃったかしら?」


「……マーシャと結婚して、愛人としてフィルシアを置く予定だったんだ」


「まぁ、存じ上げませんでしたわ。残念ながら、二人で平民になるしかないわね? あら? フィルシア様。顔色が悪くていらっしゃるわ?」




「マーシャ嬢。こちらへ」


 そう言って、殿下にエスコートしてもらいながら、レベッカの元に戻り、語り明かしました。とても楽しい夜会でしたわ。







「マーシャ。結婚してくれないか?」


「ふふふ、まぁ殿下。わたくしのような魔女が王妃になるなんてありえませんわ」




 魔女となったマーシャの美貌は衰えず、国を助ける魔女として君臨し続けたのでした。


 マーシャを愛した王太子殿下は、善政を敷きましたが、妻を娶ることなく、ある程度経つと弟の子に王位を譲り、国の端の森の中に魔女と一緒に暮らしたと言いました。








「お嬢さん、僕を情夫にしてくれてもいいんだよ?」

「なにこのおじさん。きも」


 フィルシアに振られたアランは、魔女の呪いを恐れた各家から婚約を断られ、平民に落ちました。フィルシアその他恋人たちも修道院に送られました。

 そして、アランは主席を狙える頭脳を活かさず盗みを働いて捕まり、牢に入れられました。牢から出ることのできた頃にはすっかり年老いて自慢の美貌も失われており、誰にも相手にされずに過ごすのでした。

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