放送コンテストの話を決めてから、駿は何度も自分の決断を振り返った。あの日、部室で言った「やってみよう」という言葉には、自分でも驚くほどの力が込められていた。それでも、心のどこかで不安が拭えなかった。放送の経験もなければ、脚本を書く技術もない。演劇部としても、コンテストに挑戦するにはあまりにも準備が足りなすぎる。
「本当に、できるのかな…」
駿は自分を励ますように、呟いた。日が沈みかけた校舎の窓辺から差し込む薄い光が、彼の顔を優しく照らしている。その温かな光の中で、駿は再び決意を固めた。今やらなければ、きっと後悔すると思ったからだ。
「駿、何か考えてるの?」
ふと声がして振り返ると、美沙が部室のドアの前に立っていた。美沙はいつも冷静で、どこか遠くを見ているような目をしていたけれど、今日は少し違って見えた。どこか勇気を出したような表情が、駿には新鮮に映った。
「うん、ちょっと。君も、放送コンテストについて考えてたのか?」
美沙は小さく頷いた。「私も、さっき少し調べたんだ。オリジナルドラマの部門に出るなら、最低限の条件があるみたいだね。例えば、ドラマの長さや、音声のクオリティ、必要な機材とか。」
「音声とか、機材とか、やっぱり素人にはハードル高いよね。」駿は頭を抱えた。
美沙が静かに言った。「でも、私たちには、演技がある。それをどう生かすかだと思うんだ。」
その言葉に、駿はふと目を見開いた。美沙が言う通り、演技という強みを活かすことこそが、この挑戦を成功させる鍵かもしれない。駿は気づいた。演劇部が持っている「演技力」という財産を、どう活用するかが問題だった。
「じゃあ、どうする? まず、何から始めればいいの?」
美沙が少し考えてから答える。「脚本を書くことからだと思う。ドラマの内容を決めて、それに合わせたセリフを作る。そして、必要なシーンを整理する。」
その時、部室のドアが再び開き、田中が顔を出した。彼の無表情が、駿と美沙にはいつも通りに映った。
「脚本か。俺は無理だな。」田中がそう言って、少しだけ肩をすくめた。
「どうして?」駿が尋ねる。
「だって、脚本なんて書いたことないし。セリフなんて思いつかないよ。」田中は冷静に答えた。
「私も。」河合が部室に入ってきて、そっと言った。「でも、やらなきゃ、部活がなくなる。」
その一言に、みんなの心が動いた。部活を守るためには、やらなければならないことがたくさんある。それは、ただやりたくないことをやるのではなく、今までの自分たちを超えていく必要があるということだ。
「どうせなら、面白い脚本を作ろう。」駿は少し力を込めて言った。「自分たちの経験とか、今の気持ちを反映させたものを作ったら、きっとみんなが楽しんでくれると思うんだ。」
美沙が静かに微笑んだ。「それなら、私も協力する。」
田中は軽くため息をついた後、少しだけ表情を和らげた。「仕方ないな。でも、俺も何かできることがあったらやるよ。」
河合も、静かに頷いた。「私も。」
その言葉に、駿は胸が温かくなるのを感じた。彼らが少しずつ、自分たちの夢に向かって歩き出したのだ。
放送コンテストのテーマが決まり、脚本が書かれ始めると、予想以上にその過程は長く、そして難航した。脚本を書いたり、セリフを練り直したり、時には何度も話し合いを重ねていく。しかし、駿は確信した。これが、彼らの本当の挑戦なのだ。
放送コンテストに向けての道のりは決して簡単ではなかったが、少しずつ、メンバー一人一人が自分にできることを見つけて、確かな足取りで歩みを進めていった。そして、彼らは気づいていた。この小さな挑戦が、単なる部活存続のための戦いではなく、何よりも自分たちが本当にやりたかったことに気づくための大切な一歩だということに。