桜の花が散り始める春、演劇部の部室はいつもと変わらない静けさに包まれていた。周囲の学生たちは春休みの準備で忙しそうにしていたが、演劇部のメンバーは誰もその春の陽気を楽しんでいる様子はなかった。
部室の扉が開く音と共に、
「来たか、駿。」
田中がいつものように無表情で声をかけてきた。彼は誰かと話している時も、まるで他人事のように冷静だった。河合は窓辺でぼんやりと外を見ていて、どこか夢の中にいるような感じがする。
「すみません、遅くなりました。」駿は少し息を切らしながら、彼らに近づく。
そして、すぐに目に入ったのは、机の上に置かれた一通の手紙だった。それを見た瞬間、駿の心臓が少しだけ早くなるのを感じた。手紙には、「廃部の決定について」と書かれていた。
「廃部決定…?」駿は思わずつぶやいた。
美沙がその手紙を目の前に差し出しながら、ゆっくりと口を開いた。「うん。今日、校長から直接通知があった。部活の存続について、最終的に決まったらしい。」
駿はその言葉に、どう反応していいのか分からなかった。部活を存続させるために、これまで何度も話し合い、努力を重ねてきたはずだ。それでも、最終的にはあっさりと廃部が決まってしまった。
「なぜ、こんなことに…」駿は声を震わせながら呟く。こんなにも無力感を感じたのは初めてだった。
美沙が静かに顔を上げた。「あたしたちがやりたいと思っていることは、学校側にはもう理解してもらえなかったんだよ。演劇部って、結局、ほかの部活と同じように、結果を出さなきゃいけないんだって。」
その言葉に、駿は何かが胸に突き刺さるような気がした。演劇部が他の部活と違うのは、結果を求めることだけではない。もっと、心を込めた演技や、仲間との絆が大事なはずだと信じていた。しかし、学校はその部分を評価しないのだろうか。
田中が少しだけ顔を上げた。「でも、無理だよな。人数も足りないし、何より、演劇部って他の学校と比べても、目立たないし。」
「それでも、諦めたくないんだ!」駿は思わず声を上げた。自分でも驚くほど、声が高くなっていた。
部室に静寂が広がる。美沙が少しだけ驚いたように目を見開き、田中はただ黙って駿を見つめている。
「駿がそこまで言うなら、何か案があるのか?」田中がぽつりと聞いた。
その問いに、駿は少し黙り込んだ。頭の中には、演劇部を存続させるためのアイデアが浮かんでは消えていく。しかし、今の自分には何もできないという現実が、重くのしかかっていた。
「放送コンテスト、出よう。」
駿はふと思い立ち、言葉を口にした。周囲の誰もが一瞬、駿の顔を見つめた。
「放送コンテスト?」美沙が眉をひそめる。「あれ、演劇部と関係あるの?」
「あるかもしれない。オリジナルドラマの部門に出て、学校を代表して、全国放送コンテストに挑戦すれば、演劇部が注目されるかもしれない。結果次第では、部活が存続できるかもしれないんだ。」
「でも、放送部じゃないんだろ?」田中が冷ややかに言った。「演劇部に放送の経験なんてないんだから、無理だよ。」
駿は自分の提案が受け入れられないかもしれないという不安を感じつつも、続けた。「いや、できるかもしれない。少なくとも、やってみる価値はあると思うんだ。」
部室の空気がしばらく重かったが、やがて美沙がゆっくりと口を開いた。「駿、あんた、本気で言ってるの?」
駿は頷いた。「うん。本気だ。」
その言葉を聞いて、田中も少しだけ黙ったまま、視線を落とした。河合は窓から目を離し、少しだけ駿を見つめた。
「私、やってみてもいいと思う。」美沙が決意を固めたように言った。「演劇部を終わらせるのは嫌だから。」
駿は驚いた。美沙が自分に賛同してくれるなんて思ってもみなかったからだ。
「俺も、やってみようと思う。」田中もぽつりと言った。
そして、最後に河合が静かに立ち上がり、こう言った。「私も、協力するわ。」
その言葉が、部室に微かな温かさをもたらした。みんなが少しずつ、前を向き始めた。
「ありがとう。」駿は、心からそう言った。
これが、彼らの新たな挑戦の始まりだった。