先ほどまでは悲しそうな顔をしていた女の子――真下瞳は今、とってもいい笑顔をしながら、俺の母さんと一緒に必要なモノを買うために物販を回っている。
中学生になった時も『必要なモノ』の多さに驚いたモノだが、高校生にもなると更に増えるというのはまぁ理解の範疇にはある。
しかしそれだけ多くなるという事は、荷物も多くなるという事なのだけど、周囲を見回しても俺よりも荷物を持った生徒を見かけない。
それは仕方がないだろう。何しろ俺は二人分の荷物を持たせられているのだから。
そうなのだ。目の前を歩く二人によってどんどんと荷物の量が増えていく。
重いので母さんも持ってくれてはいるのだけど、真下はあまり持っていない。その分のしわ寄せが俺に来ているという事で、ちょっとは文句を言っても許されるとは思うけど、あの真下の笑顔を見てしまったらなんというか……『仕方ないな』と納得してしまった。
「ねぇ瞳ちゃん」
「はい?」
「このままお買い物とかはいいのだけれど、お家まではどうやって行くつもりだったの?」
「えっと……お母さんからはタクシーでもいいから帰ってきなさいって言われてます……」
「そっか……」
チラッと俺の方へと視線を向けてくるけど、何が言いたいのかは予想できるので俺は何も言わない事で肯定した。
「なら、ウチの車で送ってあげるわよ」
「え!? あ、いえいえ!! そこまでしていただくわけには!!」
「いいからいいから。何かの縁何かの縁。ね?」
「えっと……」
困り顔の真下が俺に顔を向ける。
「いいんじゃね? どうせ一人じゃ持って歩いたりできないだろ?」
「そ、それは……」
「ならこういう時は大人の力ってやつに甘えとけばいいんだよ。それに母さんが言い出したんだしいいんだよ」
「……御願いしても?」
「もっちろんよぉ~!! なんてかわいい娘なのかしら!!」
「あぇ? ちょt、ちょっとその……」
荷物を持ったまま母さんが真下を抱きしめるから、真下も脱出できない状態になってしまっている。
――まったく……母さんは相変わらずだな……。
「ほら母さん。そんなことしてると真下からセクハラで訴えられるぞ。放してやれよ」
「えぇ~!! もうちょっと良いじゃない」
「ほらほら、離れて離れて。さて……と」
今日の所は買える物は買ったし、当面必要なモノは揃ったので、そろそろ人でごった返している体育館を出る事を提案し、二人からも了承の答えが返ってきたので、そのまま体育館の出入り口へと向かう。
体育館から出ると、母さんが停めてある車の方へと歩き出し、俺もその後を追った。真下は下を向きながらも俺達の後を付いてくる。
構内のいたるところに植えられている桜の樹から、はらりひらりと桜の花が散り、春の少し優しい暖かさを含んだ風に揺られて踊る。
そんな中を俺達はゆっくりと、でもなるべく早く車へと向かって歩く。何しろ俺も母さんも手にしているモノの量が多いので、そろそろ手も腕も限界に近い。
「ちょっと持つわ」
「ん? いや良いよ。大丈夫」
「そ、そう? 私は頼んでないからね?」
「わかってるって。これは母さんに頼まれたんだから」
「そ、そうね。うん。そう」
「あはははははは」
「な、なに? 急に笑い出して」
「いや、真下――さんって面白いなと思ってさ」
「面白い? わ、私が?」
本当に驚いたのか、大きな目をさらに大きくして俺を見る。
「うん。面白いよ」
「そ、その、どのへんかな?」
「さぁ……?」
「え? からかってるの?」
「どうかなぁ?」
「からかってるのね?」
その質問には答えず、先に歩いて行った母さんが後部座席のドアを開け、俺達に手を振っているところまで歩き続けた。
どさどさ
ばさばさ
「良し!! 荷物は良い?」
「おう」
「はい」
「じゃぁ出発ぅ~」
何故かテンションが高い母さん。そうして車は走り出し、学校の正門を抜け、町の中へと走り出す。
車の中は割と盛り上がっている。
運転席で車を運転するのはもちろん母さんだけど、助手席に真下が乗り、俺は荷物版を命名されて後部座席に一人で乗っている。
まずは真下の家の方へと向かう為、俺の荷物はトランク部分にのせている。だから俺の隣に乗っているのは真下が明日から使うモノなのだけど、その中にはもちろん色々あるわけで――。
なんて考えていたら、前から視線を感じて、その方向へと顔を向けた。
「何してるの?」
「え? 何もしてないけど……」
「ほんとうに?」
「いや、何もしてないだろう? しっかりと荷物番してるぞ」
「ならいいんだけど。あ、そこの交差点を曲がるとすぐです」
「はぁ~い」
――こいつは読心術でも使えるのか?
真下の眼が大きな瞳を細くさせて俺を見ていた。間違いなく何かを怪しんでいた眼だ。
血かっていうが俺は本当に何もしていない。うん。何もしてないよ? 色々考えていただけで……。
キキッ
きゅ
誰に言い訳しているのか分からないけど、そんな事を考えていたら車が止まる。
「ここ……が私の家です……」
「はぁ~いとうちゃ~く」
車が止まると素早くシートベルトを外した真下が先にドアを開けて降りる。
「ほら、エロ息子。手伝ってやらないと!!」
「エロ息子って……」
にやにやとする母さんに言いたい事は有るが、とりあえず確かに母さんの言う通り手伝わないといけない荷物の量がある。
急いでシートベルトを外し、俺もドアを開けて外に出て、直に持ってはいけないものを確かめつつ、真下が持てないものを手にしていく。
「あ、あり……がと」
「どういたしまして。さぁ運んじゃうから行こうぜ」
こくりと頷き、真下が歩いて玄関へと向かう。多くの荷物を持っているけど、上手く手を使いポケットの中をごそごそと探して、手に持ったものをドアへと差しこんで、ガチャリという音がすぐに聞こえた。
更にまた上手に手を使い、ドアを開けて玄関の中へと入っていく真下。
すぐに顔を出して不思議な顔をしている。
「はいってこないの?」
「おいおい。これでどうやってドアを開けるんだよ?」
「あ、そっか。ごめん」
多くの荷物を持つ手を大げさに上げてアピールする。
「どうぞ。入って来て」
「いいのか?」
「いいわよ。どうせだれもいないんだから……」
「そっか」
ドアを開けたまま俺を迎え入れてくれた真下。玄関に入ってすぐの場所へと荷物を下ろしていく。
「ほいっと……。これで最後だと思うんだけど」
「うん。忘れてものがあっても学校で会う時に言えるから大丈夫」
「そうだな。じゃぁ俺はこれで……」
一歩下がり後ろを向いて玄関から出ようと歩き出す。俺の後に真下もついて来た。
今度は助手席のドアを開け、そのまま乗り込もうとした時、真下が俺の横へと寄って来た。
「あ、の。今日はほんとうにありがとうございました。凄く助かりました」
「いいのよぉ~。それよりも、ウチのバカ息子の事よろしくお願いしますね」
「ば、バカ息子って」
母さんに反論しようとすると、母さんがほらほらと真下の方を手で示す。
「み、御影君も」
「ん?」
「今日は、あ、あり……がとう」
「……おう。また学校でな」
「うん……」
良き世意欲車に乗り込み、母さんに「行こうぜ」というと、母さんは車を発進させた。
そうして俺達は真下の家から自分の家へと向かう。
ちょっと進んだ先でチラリとサイドミラーを見ると、家の前で小さく手を振る真下がまだ確認できた。
「いい娘じゃない」
「……そうか?」
「色々ありそうな娘みたいだけどね」
「まぁ……いろいろ……な」
小さくなっていく真下の姿が見えなくなるまで、俺はサイドミラーをずっと見ていた。