「はい、そのまま... 真珠さんの視線をもう少し上に... 北斗さん、顎の角度、いいですね」
一流ファッション誌の撮影スタジオの中央で、カメラのシャッター音がバシバシと鳴り響いてる。私を照らす柔らかい光が、純白のシフォンドレスを引き立ててる。ホワイトブロンドの髪も光を受けて、恥ずかしいけど、きれいに撮れてるみたい。
隣に立つ北斗は、いつものパンク系とは全然違う感じの服を着てる。胸元が大きく開いた深い青のブラウスに、長い脚を強調するタイトスカート。さすが北斗、何着ても様になるよね。
「最高です!これで最後のカットです。お疲れ様でした!」
カメラマンの声が響いて、スタッフから小さな拍手が上がった。
「休憩を20分取りますので、次のセットに備えてください」
ディレクターの人がそう言うと、私は緊張から解放されて大きく息を吐いた。
「ふぅ~~!」
両手を上げて伸びをして、思わず弾むように休憩スペースに向かった。
「いい歳してはしゃぎすぎだろ」
北斗は呆れたように言うけど、口元では笑ってる。
ソファに座って、テーブルに並んでる飲み物からミネラルウォーターを取る。
「でも『
目をキラキラさせながら言うと、北斗も隣に座って「そりゃな」って頷いた。
「業界大手の音楽雑誌だよ!?これで歌い手活動も広がるね!」
「そう願いたいもんだ」
北斗は胸元が開いた衣装に手をやりながら、落ち着かなそうに言った。
「……なんか胸元スースーする。こういうのマジで慣れねぇ」
「でも超似合ってるよ!めちゃかわいい!」
北斗は「う、うるせぇ」って言うけど、嬉しそうなのが丸わかり。
スタジオの中はスタッフの作業音や話し声でゆったりした感じ。そんな中、急に北斗のスマホが鳴った。
「ん?……はぁっ!?」
北斗の表情が一変して、画面を見ながら腹抱えて笑い始めた。
「ぷっ... くっ... あはははは!!」
「何?何見てるの?」
好奇心いっぱいで身を寄せた。
「これ見ろ!マジ笑える!」
北斗がスマホを差し出すと、馬の覆面を被って天を仰ぐ男の姿が映ってた。
「うわぁ!優じゃん!!」
思わず声を上げる。
「間違いない。ほら、美弥も映ってる」
動画を再生すると、馬の頭を被った優斗と、ギターを弾く美弥、そして一人の長身の男性――プロの有名ギタリスト、カガミ・シンがセッションしてる様子が映ってた。
「あっ!カガミ・シン!?嘘でしょ、なんでここにいるの!?」
驚きすぎて、ソファから半分飛び上がる。
「くっ…マジ腹痛い!あの姿勢!まじで馬が天を仰いでるみたい!シュール過ぎ!」
北斗は笑い続けてたけど、私の言葉を聞いた瞬間、ピタッと笑いを止めた。
「……は?今なんて言った?カガミ・シン?」
スマホを覗き込むように身を乗り出し、画面に目を凝らす。
「……うわ、マジだ。え、嘘、ほんとにあのカガミ・シン?優、なにやったんだお前……!」
私もスマホを見て、思わず息を呑んだ。
「再生数……ヤバっ、もう百万回超えてる……!」
北斗も画面を覗き込み、目を細める。
「……マジかよ、いつの間に」
私は両手をたたいて、目をキラキラさせながら声をあげる。
「ね、コメント欄も見てみよ?」
二人で画面をスクロールしながら、コメントを読み始めた。
『馬の頭なのにテクニックやばすぎ』
『これ絶対あの優Pだよね?』
『カガミ・シンがわざわざ絡むってことは本物』
『ギター少女もいるし、この子やっぱめちゃくちゃうまいな』
『優Pとスピカって付き合ってんのかな?最近よく組んでるよね?』
『真珠と仲良すぎじゃない?』
『優Pって真珠とグループ組んでるの?』
「つ、付き合ってるって……」
その言葉を見た瞬間、思わず顔が熱くなる。
「え?わ、私と優が……な、何言ってるのかな~この人!ね、ねえ?北斗」
言葉がうまく出てこなくて、北斗を見たら、ニヤリって笑ってた。
「おいおい、動揺し過ぎだろお前」
「も、もう!からかわないで!」
顔が真っ赤になったまま、急いでコメント欄の最後の方に目を移した。
「あ、見て!このコメント……私たちのグループのことだよね?だいぶ広まってきてる!」
必死に話題をそらそうとしてるけど、頬はまだ熱いまま。
「それにしても、カガミ・シンが本気で演奏してる。優のピアノ、ちゃんと届いてるんだ……頑張ってるね、優……」
思わず身体を揺らしながら、馬の覆面の中から全力で音楽を奏でる優斗の姿に見入った。
そのとき、スタジオの入り口に動きがあって、スタッフの一人がディレクターに何かを小声で伝えたら、周りがザワザワし始めた。
「何かあったのかな?」
首を傾げてたら、スタジオのドアが開いて、若い男性のグループが現れた。
整った顔立ちの青年を先頭に、それぞれに個性の光る男の子たちがスタイリッシュな衣装に身を包んで入ってきた。その登場だけでスタジオの空気が変わって、女性スタッフから小さな悲鳴みたいな声まで上がってた。
「ありゃ、
北斗がぼそっと言って、私も「だね」って頷いた。
PRISMは今めちゃくちゃ勢いある5人組の男性ヴォーカルグループ。歌も上手いし見た目も良くて、若い世代に大人気。ネットでもトレンド常連で、今や歌い手界隈のトップを狙ってる存在。
スタジオの空気が少し緊張を帯びる中、その中心にいた彼らが、私たちのところへ歩いてきた。
「どもっ、PRISMのリーダーやってる
日向さんが軽く頭を下げながら笑った。
「次の撮影、俺らなんすけど、その前にちょっと顔出しとこうかなって」
「わぁ、PRISMのみなさん!こんにちはー!」
私がにこっと笑って返すと、北斗も軽く頷いた。でもその目は、どこか警戒してる感じ。ふと気づいたら、北斗が私のちょっと前に出てて――ほんと、こういうとこ、さりげなく守ってくれるんだよね。
日向さんが一歩近づいて、私の方にやさしく声をかけてきた。
「真珠さんの歌、マジで大好きです!特に最近の優Pとのコラボ、鳥肌ヤバかったっす」
「えへへ〜!ありがとうございますっ」
嬉しくてちょっと照れちゃう。けど、その次の言葉で頭が真っ白になった。
「てか、真珠さんと優Pさんって、付き合ってたりする感じっすか?」
「へっ!?……な、なに急にっ」
顔が一気に熱くなって、思わず北斗の方を見た。
そのタイミングで、もう一人のPRISMのメンバーが北斗の方へスッと歩いて来る。
「俺、
軽く名乗りながら、にこっと笑って北斗に近づいてきた。
「うわー、マジで北斗さん本人じゃん。今日の服、めっちゃ似合ってますね!いつものパンク系も最高だけど、こういうスタイルもイケてて、正直ちょっと見惚れました」
北斗は目を細めて、綾をじっと見た。
「仕事なんでね。好きで着てるわけじゃねえよ」
「いやでもホント似合ってますって。てか……意外とそういうの、誰かに見せたいタイプだったり?」
綾の目は笑ってたけど、じっと北斗を観察するみたいに見てた。
「そういうの、彼氏とかに褒められたりしてんのかな~とか思って」
「はあ?なんで初対面でそんな話すんの?」
北斗の声は冷たくて、空気がぴしっと張りつめた。
「ごめんなさいっ、深い意味はないんですけど」
綾はちょっと焦ったように笑って、すぐ話題を変えようとした。
「そういえば、優Pさんって今めっちゃバズってますよね。馬の覆面してストリートライブしてた動画、あれが優Pなんですよね?」
その言葉に、私と北斗は視線を交わす。
日向さんがその反応を見て、にやっと笑った。
「やっぱそうなんすね〜。最近コラボ多いし、距離感も近そうだし、“そういう関係?”って噂、ちょいちょい出てて」
「そ、それは……っ」
急にそんなこと言われても、どう返せばいいか分かんなくて、言葉に詰まる。
「だって真珠さん、優Pさんの曲ばっか歌ってるしさ、こうやってグループまで組んじゃうくらいだし、そりゃファンも気になりますって」
その言葉に、また顔が熱くなってきて――でもそのとき、北斗がスッと前に出て、私の前に立ってくれた。
「もういいだろ、世間話しに来たんだよな?だったら余計な詮索すんなよ」
北斗の声は低くて、でもはっきりとした牽制の響きがあった。
日向さんは一瞬だけ表情を曇らせたけど、すぐに笑い直す。
「いやいや、ホント変な意味じゃないっす。優Pさん、最近マジでヤバくて。うちのメンバーもずっと動画追ってるんすよ」
そう言って笑う日向さんのその目、軽いノリの割にやけに真っすぐで、ちょっとズレてる気がした。
私は「ふぅ」と軽く息をつく。
――だんだんと落ち着いてきた、よし……もう別に気にしない。こっちだって、そう簡単に見くびられたくないし。
日向さんがふっと笑って、肩をすくめる。
「いやいや、そんな真剣な話じゃないっすよ? ただちょっと気になっちゃっただけなんで」
口調は軽いけど、どこか試してくる感じ。あ~、こういうのほんと苦手、無理。
「でさ、彼氏いないなら……一回くらい、ご飯でもどうっすか?」
その言葉に返す前に、手の中のスマホが少し熱を帯びてるのに気づいた。
ふと画面に目を落とすと、そこには覆面をかぶった優が、無心で鍵盤に向かってる姿。
――今、あたしが見るべきものはこっちなんだから。
「……ご飯? ふふ、ありがと。でもごめんなさい、今そういう気分じゃないんだ」
そう言って、スマホの画面を優しく撫でるように見つめた。
日向さんは、ほんの一瞬だけ「そ、そっか」って小さく笑った。
その瞬間、横から北斗の声がスッと割って入った。
「悪いけど、今は私たちのグループ活動に集中したいんだ。いい加減にしてくんね?」
その声は静かだけど、ちゃんと芯があった。
スタジオの空気が少し張り詰める。
日向さんは一度深呼吸して、すぐに笑顔を戻してきた。
「そうっすか。残念です。でも、いつかチャンスがあれば……特に」
意味ありげにそう言ってから、視線を私に戻してきた。
「あのピアニストにも興味あるんですよね。才能あるじゃないですか。PRISMは才能ある人とは積極的にコラボしたいんです」
北斗の目がキッと鋭くなる。
「あいつは俺たちのグループのメンバーなんだよ。外部の話は全部、俺たちを通してくれ」
日向さんは、口元に笑みを浮かべたまま「そうっすか」とだけ呟いた。
「でも、気が変わったら連絡くださいね」
そう言って名刺を差し出してきた。私は一瞬だけ見て、それきり受け取らなかった。
日向さんの手がほんの一瞬だけ宙に止まって、空気がピリッとする。
でもすぐに、彼は気まずそうに肩をすくめて、無理に笑ってみせた。
そんな彼に、私はじっと目だけ合わせていたら、北斗がすっと手を出して名刺をひょいっと取った。
彼らは諦めたように軽く頭を下げて、そのままスタジオの奥へと歩いていく。ざわめいてた空気が、ゆっくり元に戻っていく。
PRISMが離れたところで、北斗が「ちっ」と舌打ちした。
「あいつら、お前と優を狙ってる」
「……まあ、なんとなくは伝わってきたかな」
私はスマホに目を落とした。優の姿がそこに映ってる。
「優はさ、私たちのグループのメンバーだし、大事な……大切な、人なんだから……」
そう言った瞬間、北斗がちょっとだけ意外そうな顔をした。
「へぇ?そんなに心配なのか?」
「へ?ちょっ、何か勘違いしてるでしょ!?そ、そういう意味じゃなくて……グループのこと、ちゃんと考えての話で……!」
「本当に~?」
顔が一気に熱くなる。からかわれてるの分かってるのに、悔しいくらい反応しちゃう。
「も~!しつこいってば!」
北斗が吹き出して笑った。その顔を見て、私もつられて笑っちゃう。
でも、すぐにスマホに視線が戻った。
そこには、馬の覆面をかぶった優が、夢中で鍵盤を叩いてる姿。
もう、私の知らない所でどんどんかっこよくなってるし……。
「……優のことは、私なりにちゃんと見てるし、大事にしてるから」
自分の口から出た言葉に、ほんの少しだけ胸がじんとした。
北斗がスマホを覗き込んで、ふっと笑う。
「馬面のくせに人気者だな……」
苦笑しながら言ったその声は、どこか誇らしげでもあった。
ちょうどそのとき、ディレクターが近づいてきて、次の撮影の準備を伝えてきた。
私は北斗と顔を見合わせると、気合いを込めてニッと笑う。
「次も頑張ろ!あのPRISMより絶対いい表紙にしよ!」
元気よく拳を上げると、北斗も笑って頷いた。
スマホの中で、馬の覆面をかぶった優が、今日も鍵盤の上で踊ってる。
まるで、誰にも止められないって言ってるみたいに――。