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第31話 茜色に染まる少女たち

 夕暮れの街を歩いていると、目の前に見覚えのある白金の髪が揺れているのが目に入った。ポニーテールの先がふわりと風に流れ、彼女の歩調に合わせて軽やかに揺れている。その髪の主、早乙女真珠は、珍しく俯き加減で足を進めていた。


 俺と美弥はちょうど帰り道だから、少し寄り道すれば会えるだろうと思っていたけど、まさかこんなに百面相している姿を見ることになるとは。


 何を考えてるのか、歩くたびに何かを思い出すように口元を動かしたり、困ったように視線を泳がせたりしてる。頬を膨らませたり、小さく口を尖らせたり、時折眉を寄せてみたり……まるで脳内会議の真っ最中って感じだ。


 俺は美弥と並んでその様子をぼんやりと眺めていた。やっと見つけたってのに、いつもの無駄に元気な真珠がどこにもいねえ。正直、放っておくのも気持ち悪い。しかたなく、ため息混じりに彼女との距離を詰めた。


「おい、なに一人で難しい顔してんだよ?」


 俺の声に、真珠がビクッと肩を揺らした。そして、くるりと振り向く。大きなブルーグレーの瞳が瞬き、焦点を合わせるようにこちらを見つめた。


「あ、北斗……? みゃ~子も……え、なんでここにいるの?」


 驚いたように目を丸くする真珠。その顔には、まだ考え事の名残が残っていて、俺は思わず苦笑する。


「真珠を探しに来たんだよ。お前、ずっと変な顔して歩いてたぞ」


「え、そんなに変だった?ただ考え事してただけなんだけど……」


 いや、考え事っていうか、顔の動きが激しすぎたぞ。一人芝居でもしてんのかってくらいだったけど?


「そんなのどっちでもいいけどよ、見てるこっちが落ち着かねえんだよ」


 真珠はバツが悪そうに頬をかいたが、その仕草もすぐに止まり、ふと鼻をひくつかせた。


 「……なんか、甘い匂いしない?」


 美弥は無言でクレープを持ち上げ、真珠の前でわずかに揺らしてみせる。


「それ、どこで買ったの?」


「ああ、公園の近くにあったんだ」


 その言葉に、美弥が得意げにクレープを掲げて見せる。


「へえ……」


 真珠の目が美弥の手元に向かい、視線がぴたりと止まる。


 そして、じっとクレープを見つめる。まるで野生動物みたいなな集中力。


 俺は少し笑いながら、手に持っていたクレープを差し向けてやった。


「食う?」


 真珠は一瞬、顔を輝かせたあと勢いよく頷く。そして遠慮なく大きくガブリと噛みついた。


「ん~!おいしい!」


 頬を膨らませながらモグモグと食べる真珠。クレープを頬張っていた真珠だったが、ふと手を止め、視線を宙に彷徨わせる。


 「……あ、そうだ!」


 突然の声に、俺と美弥は思わず視線を向けた。


 「……ん? どした?」


 俺はクレープをひと口食いながら、軽く相槌を打つ。


 真珠は少し考え込むように視線を落とし、しばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げる。


「私ってさ……」


 少し間を置いてから、真珠はぽつりと呟いた。


「優のこと、好きなのかな?」


 美弥の手がぴたりと止まる。無表情のまま、クレープを静かに口に運ぶ。


 その瞬間、俺の頭が真っ白になった。


 え、ちょっと待て。


 ……おいおい、マジで言ってんのか?


 「絶対気の迷いだから、優Pのことは私に任せておけばいい」


 美弥が相変わらずの無表情で、さらっと言い放つ。


 はい、出ました。美弥の謎理論。何をどう解釈したらそうなる。


 「お前は黙って食ってろ」


 言いながらクレープを美弥の口に突っ込む。なんか抗議の視線を送ってくるけど無視だ、じゃねえと話が進まねえ。


 「……あ~、ここじゃなんだしちょっと移動すっか」


 真珠の相談に乗るなら、もうちょい落ち着いた場所のほうがいい。


 そう思って辺りを見回すと、美弥ががキョトンとした顔で俺を見上げてきた。


 「どこ行くの?」


 「いいからついて来い、行くぞ。」


 そう言って、美弥をもぐもぐさせたまま俺たちは歩き出した。


 公園に着いた頃には、クレープも半分以上なくなってた。真珠は黙々と食べてる。いや、食ってるっていうか、考え込んでる感じだな。


 「お前、さっきから黙ってんな?」


 ベンチに腰掛けながら、適当に言葉を投げる。


 「あ、いや、うん……」


 真珠は何か言いかけて、また黙る。口元がわずかに膨れてるのは、クレープをまだもぐもぐしてるせいか、それとも何か言いたいけど言えないせいか。


 「らしくねえぞ?いいから言ってみろって。なんでそんなこと考えたんだ?」


 真珠はクレープの端をちぎりながら、観念したのかぽつりと言う。


 「千秋ちゃんと話してたら、なんか変な気持ちになって……」


 「ていうか優の彼女とお前って、知り合いだったの?」


 真珠はキョトンとした顔でこっちを見る。


 「同じクラスメートだよ?」


 「あぁ、なるほど」


 それはそうか。だけど、真珠がわざわざ優の彼女に話しかけるってのが、なんか違和感ある。


 「で?何でお前が優の彼女と話そうと思ったんだよ?」


 真珠はクレープをちまちまとかじりながら、視線を落とした。包み紙を無意識に指でいじってるあたり、なんか考え込んでるっぽい。


 「……昨日見た勇の顔がすごく悲しそうでさ……思い出したらもうじっとしてられなくなって、それで気づいたら千秋ちゃんのとこに行ってた」


 言いながら、真珠はクレープの包み紙をぐしゃっと握りしめた。


 俺は思わずまじまじと真珠を見た。


 「……お前のそういうとこ、ほんとたまにどころか結構怖ぇよ……」


 つい本音がこぼれる。


 いやいや、優が悲しそうだったから彼女に直談判しに行くって……お前、それ普通じゃねえからな?


  俺は思わずため息をついた。


 「で? 優の彼女とは何話したんだ?」


 これが一番気になるところだ。


 「千秋ちゃんのこと応援したいって言ったんだけど……」


 は? なんでそうなる? つーか、お前、応援する側じゃなくね?


 「何か、もし千秋ちゃんが本当に優を幸せにできないなら……私が奪っちゃうかもよって、勢いで言っちゃったんだよね」


 「勢いでって、お前なぁ……まあいいや、で? そんとき彼女さんはなんて?」


 真珠は少し考えるように視線を落としてから、ぽつりと口を開く。


 「『あなた、優斗君のこと好きなの?』って聞かれちゃった」


 そりゃそう聞かれるわな。


 「だろうな……それに対して真珠のアンサーは?」


 真珠は眉をひそめながら、もぞもぞとクレープをちぎる。


 「えっ、考えたことなかったから……なんか、う~んってなっちゃった……」


 「いやいや、お前、そこで悩むのがおかしいんだよ……」


 呆れを通り越して笑えてきた。


 「ところでさ、優の彼女さんには、あの日手を繋いでた男のこと、聞かなかったのか?」


 真珠は一瞬考えるように視線を落とす。クレープをちぎる指先が止まった。


 「それは私が聞くべきことじゃないかなって……優が、自分で向き合わないといけない問題の様な気がして」


 そう言いながらも、どこか複雑そうな表情を浮かべる。もしかすると本当は問い詰めたかったのかもしれない。でも、真珠は真珠なりに、踏み込んでいい距離感を測りかねているように見える。


 「なるほどな……お前らしいよ」


 真珠は一瞬きょとんとしてから、少し笑った。


 「私らしいか……うん、そうかも」


 納得したように頷く真珠を見て、俺はふと思いついたことを口にした。


 「だったらさ、さっき言ってた好きって気持ちも、お前らしくこれから育てていけばいいんじゃね?」


 「私らしく育てる……?」


 真珠が小さくつぶやき、少しだけ唇を尖らせながら考え込む。


 「そっ、真珠って良くも悪くもマイペースだしさ、焦る必要ないんじゃねえか?、お前らしく自分のペースで育てていけばいいじゃん。無理に答えを出す必要はねぇし、そのうち嫌でも自然と分かるもんだろ」


 「焦らず自分のペースで……そっか……」


 少しの間を置いてから、真珠はふっと顔を上げ、ぱっと明るい笑顔を見せた。


 「うん!そうだね、ありがとう北斗!」


 「お、やっと調子戻って来たな」


 真珠がぱっと明るい顔になる。


 ああ、やっといつもの真珠だ。笑顔の達人は、やっぱこうでなきゃな。


 「スピカ、今からでも考え直すべき」


 唐突に美弥が口を開いた。


 「お前なぁ……」


 俺は即座に美弥の首に腕を回し、そのまま締め上げる。


 「ちょっとは空気読めっての!」


  「――ぐっ、ギ、ギブ……」


 無表情な顔が見る間に青ざめていく。


 「ところで北斗」


 「あん?」


 真珠がじっと俺を見てくる。なんだ、急に?


「北斗は優のこと好き?」


「ぶふっ!!」


 思わず盛大にむせた。


「おお、お前!いきなり何言ってやがんだ!」


 思わず顔が赤くなり、声を荒げる。すると、真珠が俺の顔を見て、にやっと笑った。


「耳まで真っ赤っか~」


「うるせぇ! お前も締めっぞ!」


 顔を背ける俺に対し、真珠は楽しそうにその様子を見て、さらに顔を覗かせてきた。


「桃子かわいいね~写メ撮っちゃう!」


「やめろぉぉ!」


 真珠の顔に満開の笑顔。なんかちょっと嬉しい気持ちが湧いてくるけど、だからって調子に乗るんじゃねえ!


 その瞬間、夕暮れの公園に、真珠の甲高い悲鳴が鳴り響いた。

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