夕暮れの街を歩いていると、目の前に見覚えのある白金の髪が揺れているのが目に入った。ポニーテールの先がふわりと風に流れ、彼女の歩調に合わせて軽やかに揺れている。その髪の主、早乙女真珠は、珍しく俯き加減で足を進めていた。
俺と美弥はちょうど帰り道だから、少し寄り道すれば会えるだろうと思っていたけど、まさかこんなに百面相している姿を見ることになるとは。
何を考えてるのか、歩くたびに何かを思い出すように口元を動かしたり、困ったように視線を泳がせたりしてる。頬を膨らませたり、小さく口を尖らせたり、時折眉を寄せてみたり……まるで脳内会議の真っ最中って感じだ。
俺は美弥と並んでその様子をぼんやりと眺めていた。やっと見つけたってのに、いつもの無駄に元気な真珠がどこにもいねえ。正直、放っておくのも気持ち悪い。しかたなく、ため息混じりに彼女との距離を詰めた。
「おい、なに一人で難しい顔してんだよ?」
俺の声に、真珠がビクッと肩を揺らした。そして、くるりと振り向く。大きなブルーグレーの瞳が瞬き、焦点を合わせるようにこちらを見つめた。
「あ、北斗……? みゃ~子も……え、なんでここにいるの?」
驚いたように目を丸くする真珠。その顔には、まだ考え事の名残が残っていて、俺は思わず苦笑する。
「真珠を探しに来たんだよ。お前、ずっと変な顔して歩いてたぞ」
「え、そんなに変だった?ただ考え事してただけなんだけど……」
いや、考え事っていうか、顔の動きが激しすぎたぞ。一人芝居でもしてんのかってくらいだったけど?
「そんなのどっちでもいいけどよ、見てるこっちが落ち着かねえんだよ」
真珠はバツが悪そうに頬をかいたが、その仕草もすぐに止まり、ふと鼻をひくつかせた。
「……なんか、甘い匂いしない?」
美弥は無言でクレープを持ち上げ、真珠の前でわずかに揺らしてみせる。
「それ、どこで買ったの?」
「ああ、公園の近くにあったんだ」
その言葉に、美弥が得意げにクレープを掲げて見せる。
「へえ……」
真珠の目が美弥の手元に向かい、視線がぴたりと止まる。
そして、じっとクレープを見つめる。まるで野生動物みたいなな集中力。
俺は少し笑いながら、手に持っていたクレープを差し向けてやった。
「食う?」
真珠は一瞬、顔を輝かせたあと勢いよく頷く。そして遠慮なく大きくガブリと噛みついた。
「ん~!おいしい!」
頬を膨らませながらモグモグと食べる真珠。クレープを頬張っていた真珠だったが、ふと手を止め、視線を宙に彷徨わせる。
「……あ、そうだ!」
突然の声に、俺と美弥は思わず視線を向けた。
「……ん? どした?」
俺はクレープをひと口食いながら、軽く相槌を打つ。
真珠は少し考え込むように視線を落とし、しばらく沈黙した後、ゆっくりと顔を上げる。
「私ってさ……」
少し間を置いてから、真珠はぽつりと呟いた。
「優のこと、好きなのかな?」
美弥の手がぴたりと止まる。無表情のまま、クレープを静かに口に運ぶ。
その瞬間、俺の頭が真っ白になった。
え、ちょっと待て。
……おいおい、マジで言ってんのか?
「絶対気の迷いだから、優Pのことは私に任せておけばいい」
美弥が相変わらずの無表情で、さらっと言い放つ。
はい、出ました。美弥の謎理論。何をどう解釈したらそうなる。
「お前は黙って食ってろ」
言いながらクレープを美弥の口に突っ込む。なんか抗議の視線を送ってくるけど無視だ、じゃねえと話が進まねえ。
「……あ~、ここじゃなんだしちょっと移動すっか」
真珠の相談に乗るなら、もうちょい落ち着いた場所のほうがいい。
そう思って辺りを見回すと、美弥ががキョトンとした顔で俺を見上げてきた。
「どこ行くの?」
「いいからついて来い、行くぞ。」
そう言って、美弥をもぐもぐさせたまま俺たちは歩き出した。
公園に着いた頃には、クレープも半分以上なくなってた。真珠は黙々と食べてる。いや、食ってるっていうか、考え込んでる感じだな。
「お前、さっきから黙ってんな?」
ベンチに腰掛けながら、適当に言葉を投げる。
「あ、いや、うん……」
真珠は何か言いかけて、また黙る。口元がわずかに膨れてるのは、クレープをまだもぐもぐしてるせいか、それとも何か言いたいけど言えないせいか。
「らしくねえぞ?いいから言ってみろって。なんでそんなこと考えたんだ?」
真珠はクレープの端をちぎりながら、観念したのかぽつりと言う。
「千秋ちゃんと話してたら、なんか変な気持ちになって……」
「ていうか優の彼女とお前って、知り合いだったの?」
真珠はキョトンとした顔でこっちを見る。
「同じクラスメートだよ?」
「あぁ、なるほど」
それはそうか。だけど、真珠がわざわざ優の彼女に話しかけるってのが、なんか違和感ある。
「で?何でお前が優の彼女と話そうと思ったんだよ?」
真珠はクレープをちまちまとかじりながら、視線を落とした。包み紙を無意識に指でいじってるあたり、なんか考え込んでるっぽい。
「……昨日見た勇の顔がすごく悲しそうでさ……思い出したらもうじっとしてられなくなって、それで気づいたら千秋ちゃんのとこに行ってた」
言いながら、真珠はクレープの包み紙をぐしゃっと握りしめた。
俺は思わずまじまじと真珠を見た。
「……お前のそういうとこ、ほんとたまにどころか結構怖ぇよ……」
つい本音がこぼれる。
いやいや、優が悲しそうだったから彼女に直談判しに行くって……お前、それ普通じゃねえからな?
俺は思わずため息をついた。
「で? 優の彼女とは何話したんだ?」
これが一番気になるところだ。
「千秋ちゃんのこと応援したいって言ったんだけど……」
は? なんでそうなる? つーか、お前、応援する側じゃなくね?
「何か、もし千秋ちゃんが本当に優を幸せにできないなら……私が奪っちゃうかもよって、勢いで言っちゃったんだよね」
「勢いでって、お前なぁ……まあいいや、で? そんとき彼女さんはなんて?」
真珠は少し考えるように視線を落としてから、ぽつりと口を開く。
「『あなた、優斗君のこと好きなの?』って聞かれちゃった」
そりゃそう聞かれるわな。
「だろうな……それに対して真珠のアンサーは?」
真珠は眉をひそめながら、もぞもぞとクレープをちぎる。
「えっ、考えたことなかったから……なんか、う~んってなっちゃった……」
「いやいや、お前、そこで悩むのがおかしいんだよ……」
呆れを通り越して笑えてきた。
「ところでさ、優の彼女さんには、あの日手を繋いでた男のこと、聞かなかったのか?」
真珠は一瞬考えるように視線を落とす。クレープをちぎる指先が止まった。
「それは私が聞くべきことじゃないかなって……優が、自分で向き合わないといけない問題の様な気がして」
そう言いながらも、どこか複雑そうな表情を浮かべる。もしかすると本当は問い詰めたかったのかもしれない。でも、真珠は真珠なりに、踏み込んでいい距離感を測りかねているように見える。
「なるほどな……お前らしいよ」
真珠は一瞬きょとんとしてから、少し笑った。
「私らしいか……うん、そうかも」
納得したように頷く真珠を見て、俺はふと思いついたことを口にした。
「だったらさ、さっき言ってた好きって気持ちも、お前らしくこれから育てていけばいいんじゃね?」
「私らしく育てる……?」
真珠が小さくつぶやき、少しだけ唇を尖らせながら考え込む。
「そっ、真珠って良くも悪くもマイペースだしさ、焦る必要ないんじゃねえか?、お前らしく自分のペースで育てていけばいいじゃん。無理に答えを出す必要はねぇし、そのうち嫌でも自然と分かるもんだろ」
「焦らず自分のペースで……そっか……」
少しの間を置いてから、真珠はふっと顔を上げ、ぱっと明るい笑顔を見せた。
「うん!そうだね、ありがとう北斗!」
「お、やっと調子戻って来たな」
真珠がぱっと明るい顔になる。
ああ、やっといつもの真珠だ。笑顔の達人は、やっぱこうでなきゃな。
「スピカ、今からでも考え直すべき」
唐突に美弥が口を開いた。
「お前なぁ……」
俺は即座に美弥の首に腕を回し、そのまま締め上げる。
「ちょっとは空気読めっての!」
「――ぐっ、ギ、ギブ……」
無表情な顔が見る間に青ざめていく。
「ところで北斗」
「あん?」
真珠がじっと俺を見てくる。なんだ、急に?
「北斗は優のこと好き?」
「ぶふっ!!」
思わず盛大にむせた。
「おお、お前!いきなり何言ってやがんだ!」
思わず顔が赤くなり、声を荒げる。すると、真珠が俺の顔を見て、にやっと笑った。
「耳まで真っ赤っか~」
「うるせぇ! お前も締めっぞ!」
顔を背ける俺に対し、真珠は楽しそうにその様子を見て、さらに顔を覗かせてきた。
「桃子かわいいね~写メ撮っちゃう!」
「やめろぉぉ!」
真珠の顔に満開の笑顔。なんかちょっと嬉しい気持ちが湧いてくるけど、だからって調子に乗るんじゃねえ!
その瞬間、夕暮れの公園に、真珠の甲高い悲鳴が鳴り響いた。