放課後の屋上は、空に夕陽が溶け出すように広がっていた。オレンジ色に染まった雲がゆったりと流れ、校庭から微かな部活動の声が届く。フェンスを揺らす風が、ひんやりと頬を撫でていく。
「……何なのよ、早乙女さん?」
千秋ちゃんは少し訝しげな目で私を見つめている。引っ張られてきたことに戸惑い、微かに苛立っているようだった。
「あのね、千秋ちゃん」
私は深呼吸して笑顔で彼女を見た。
「私ね、千秋ちゃんの恋を応援したいなって思ってるの!」
「は……?」
千秋ちゃんは露骨に眉をひそめた。
あれ? なんか変な反応……怒ってる? それともびっくりした?
「え、なんか変なこと言った? だって優、千秋ちゃんのこと本当に好きなんだから、千秋ちゃんの恋を応援するのは普通でしょ?」
「ちょっと待ってよ……応援って、どういうこと? なんであなたがそんなこと言うの?」
千秋ちゃんは視線をそらしつつも、少し語気が鋭くなる。私に警戒心を抱いているみたいだった。
「だって、優が千秋ちゃんのこと好きだから。千秋ちゃんのこと大事に思ってるから、私もちゃんと応援しなきゃって思ってたんだけど……」
言葉を続けながら、私は小さく首を傾げる。
「でもね、なんかおかしいんだよね。優って千秋ちゃんの話をする時、いつも辛そうな顔をするの」
私が真っ直ぐに言うと、千秋ちゃんの顔に動揺が広がる。彼女は明らかに言葉に詰まり、目を伏せた。
「それは……早乙女さんには関係ないでしょ」
声には拒絶の色が強く表れていた。でも、その表情にはどこか迷いや焦りも滲んでいる。
「だからさ、もし千秋ちゃんが本当に優を幸せにできないのなら——」
口を開いた瞬間、気づいたら言葉が続いていた。
「私が優を奪っちゃうかもよ?」
言い終わった瞬間、はっと息を呑んだ。
え……? 私、今、何言っちゃったの……?
言葉が口をついて出た瞬間、全身がカッと熱くなった。心臓が喉まで飛び出しそうなほど跳ねる。自分でも理解できない言葉に、胸がざわざわと揺れる。
「……は?ちょっと待ってよ」
千秋ちゃんの苛立ちは困惑へと変わり、声が少し震えていた。
「まさか、あなた、優斗君のこと好きなの!?」
突然突きつけられた問いに、頭が真っ白になる。
「えっ……?」
思考が追いつかず、喉の奥が詰まるような感覚に襲われる。頬にじわりと熱が広がり、指先まで痺れるように感じた。
何か答えなきゃと思うのに、言葉が出てこない。ただ、ぼんやりと首を傾げて考え込んでしまう。
「だって今、奪うとか言ったじゃない。優斗君が好きだから奪うって意味じゃないの?」
千秋ちゃんの視線に責めるような鋭さが混ざっている。でも、私は本当に自分の言葉の意味を掴めずにいた。
「え……私……優のこと好きなのかな?う~ん……」
本気で悩み始めてしまう。優のことを考えると胸がどきどきするし、優が傷ついていると胸が痛むけど……それが恋なのか、私にはよく分からない。というか私と優は北斗と同じ関係の……はず?
「なんでそこで悩んでるのよ!」
千秋ちゃんは動揺を隠せないまま呟き、信じられないというように私を見つめていた。
私自身も、自分の心の奥に初めて感じる熱に戸惑い、ただじっと俯いてしまった。