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第28話 届かぬ存在

 昼休みの裏庭。陽が差し込む穏やかな場所で、俺は数人の女の子に囲まれていた。


「浅間先輩、今日の試合すごかったですね!」


「あのゴール最高!」


 彼女たちは楽しそうに話しかけてくる。俺は余裕の笑みを浮かべ、適度に相槌を打った。


「ありがとう、みんなが応援してくれたから、つい頑張っちゃった」


 こういう場では、優しく、スマートに振る舞うのが鉄則。いつも通りうまく立ち回る。


 そんな中、特に熱い視線を送ってくるのが、美空千秋だった。


「浅間先輩……サッカーの試合、とってもかっこよかったです!」


 こちらを見上げる千秋の目は、明らかに好意そのものだった。俺は余裕を持って微笑み返す。


 本当にいい女だ。顔も可愛いし、素直で扱いやすい。こういう子が自分に夢中になってくれるのは悪くない。しかも、こいつは天川優斗の彼女だっていう話だ。だったら後腐れもないし好都合……天川、ごめんな~。お前の彼女ちょろすぎ、俺に夢中だし、しばらくは遊んでやっから。


 心の中でそうつぶやき、千秋の視線を軽く受け止めながら、適度に優しく笑いかけた。その瞬間だった。


「え?あれって転校してきた早乙女さんじゃない?」


「うそ、スピカじゃん!こっち来てる!」


 周囲がざわつく。俺もつられて視線を向けると、そこには白金色のポニーテールをなびかせながら、こちらに向かってくる、あの早乙女真珠の姿があった。


「顔ちっさ!」


「バイブストリームに上がってた動画、めっちゃバズってたよね!」


「あ!あれ見た見た!北斗様超かっこよかった!」


 女子たちの声が盛り上がる中、俺はふと気づいた。


 ……これ、もしかして俺のところに来てるのか?


 真珠の足取りは迷いなく、俺の方へ向かっていた。周りの女子も「え、浅間先輩に用があるのかな!?」と興奮気味に囁き合う。


 マジかよ。


 俺は心の中でガッツポーズを決めた。


 スピカといえば、転校してきたばかりなのに、既に学校中で注目されてる存在。しかも、ネットでバズりまくってる歌い手で雑誌に載るようなモデルでもある。そんな女が俺のところに自分から来るなんて、こんな嬉しい話はない。


 周りの女の子たちが期待の目を向ける中、俺は落ち着いた余裕のある笑顔を作る。


「初めまして早乙女さん!よかったら話でも――」


 そう言いかけた瞬間。


 真珠は……俺の存在など、まるで見えていないかのように、そのまま通り過ぎた。


 「え?」


 思わず声が漏れる。


 周囲が一瞬静まり返った。


「え、ちょっと……?」


 慌てて手を伸ばし、握手を求めるように手を差し出した。


「えっと、俺、浅間って言います!真珠さんだよね?」


 こんなこと、俺の人生で初めてだった。


 女に無視されるなんて。


 真珠は……俺の声でやっと立ち止まり、ちらっと俺を見る。


「え?誰?」


 その一言が、心臓にズドンと響いた。


 完全に俺のことなんて興味がないといった目だった。


 周囲の女子たちも「あれ、浅間先輩……」と、微妙な空気になる。


 俺は何とか持ち直そうと、必死に笑顔を作る。


「ス……真珠ちゃんは、何であんな奴とよく一緒にいるのかな?」


 拳をぎゅっと握りながら、なんとか冷静さを装う。


 真珠はキョトンとしながら、「あんな奴?」と首を傾げた。


「そ、そうだよ、あいつ……あいつだよ!変態の天川だよ!」


 思わず俺は語気を強めた。周囲の視線が集まる。


 「変態って?優のこと?」


 真珠が、俺を鋭く見つめる。


「そ、そう!あんなのと一緒にいたら君が変な目で見られちゃうよ?転校してきたばかりであいつのこと知らないんでしょ?あいつは変な病気持ってるし、頭だって――」


 その瞬間、真珠がすぐ目の前に立っていた。


「……っ」


 思わず俺は一歩下がる。


すると、真珠が急に指を突き付けてきた。


「よ~し、君は敵認定だ!」


そして俺を睨みつけ、静かに、しかし確かな怒りを込めて言ってきた。


「優のこと何にも知らないくせに適当なこと言わないで!」


 その言葉が突き刺さる。


「優はあんたなんかより、と~ってもすごいやつなんだから!」


 ふんっと鼻を鳴らし、真珠は俺を完全に無視して、振り返り背を向けた。そして、そのまま千秋の前に立ち、迷いなく手を掴む。


「ちょっと、話があるの」


 千秋は驚いた顔をしながらも、真珠の強い眼差しに押されるように立ち上がる。


「ちょ、何なのよ……」


 戸惑いを見せる千秋だったが、真珠は構わず強引に引っ張り歩き出した。


「え、な、なに!?」


 千秋が慌てるが、真珠は気にせず歩き出す。


 俺は立ち尽くした。


 何が起こったのか、理解できない。


 ただ、周りの女子たちの視線が痛かった。


「え、浅間先輩……?」


「スピカに……相手にされてない?」


「ていうか敵とか言われてなかった?」


 周囲のざわつきの中、俺は拳を握りしめたまま、その場に立ち尽くしていた。

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