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第24話 "Twilight Jam: 黄昏の共鳴"

 夕暮れの駅前は、まるでフェス会場のように熱気に包まれていた。


 祝日の土曜、夕方の大きな駅前広場。人の波がうねり、スマホを掲げる者、手拍子を打つ者、身体を揺らしてリズムを刻む者――あちこちで歓声と興奮が渦巻いていた。既に俺たちの演奏で場は温まり、駅前は完全に"ライブ会場"と化している。


 ストリートピアノの前には俺。隣には北斗がスタンバイし、真珠はマイクを握りしめ、再び歌い出す準備を整えていた。俺たちは目の前に広がるこの光景を、信じられないような気持ちで眺めていた。まさか、ここまでの熱狂を生み出せるなんて。


 そして――。


「……私も弾きたい。混ぜて?」


 不意に、冷たく抑揚のない声が、俺たちの熱気に水を差すように響いた。


 俺たちは一瞬固まり、声の主を見た。


 そこに立っていたのは、一人の透明感のある少女。


 ストリート系の地味な装いに、黒髪のストレートヘア。知的な雰囲気を漂わせるメガネをかけ、肩にはブサ猫ちゃんのリュックを背負っている。


 ブサ猫ちゃん……真珠が好きなあのシリーズのキャラグッズ?


 だが、それ以上に気になるのは、その無表情な顔。まるで感情というものが欠落しているかのような、冷たい目で俺たちをじっと見つめている。


「え?」


 俺は思わず間抜けな声を出した。


「……おもしれえな、お前」


 次の瞬間、北斗が腹を抱えて笑い出した。


「いきなり入ってくるとか、度胸あるじゃねえか!いいぜ、やってみっか!」


 「えええ!?」と俺と真珠が同時に声を上げる。


「い、いやちょっと待てって、知らない子をいきなり混ぜるのは……!」


 戸惑う俺をよそに、ギター少女は無言のまま、ギターケースを開く。


 取り出されたのは、シンプルなデザインのエレキギター。余計な装飾のない、実用性を重視した無骨な一本。


 彼女は黙々とアンプにケーブルを繋ぎ、音を確かめるように一度だけジャラリと弦を鳴らした。


 そして、不意に、じーっと俺を見つめてくる。


「……あなた、優Pでしょ?」


 衝撃の一言に、俺は固まる。


 「すごい!なんでわかったの!?今はウマ面なのに!?」


 真珠が興奮して俺の肩を揺さぶる。


 ウマ面は余計だ……。


 ギター少女は無表情のまま、淡々と答えた。


「あなたが動画に上げてる曲、全部好き……何回も聴いて癖も覚えた。さっき演奏してた曲、動画で聴いたことがなかったから、もしかしてと思った」


「……癖?」


 俺は驚いて彼女を見た。俺の演奏の癖を見抜く?そんなこと……。


 だが、彼女はそれ以上は何も言わず、ギターを肩にかける。


 北斗が興味津々で尋ねた。


「じゃあ俺たちのことも知ってるのか?」


「知ってる。歌ってみた界隈であなたたち二人を知らない人はいない」


 彼女のあまりにもあっさりした返答に、北斗は得意げに腕を組む。


「へっ、まあ知らない奴なんていないのは確かだな!」


 するとギター少女は、チューニングしながら無感情に呟く。


「知ってるだけ……別にあなたには興味はない」


「てめえ喧嘩売ってんのか!?」


 北斗が眉を跳ね上げる。


 真珠が「まあまあ!」と間に入るが、俺はなんだかこの流れが面白くなってきた。


 そんな中、俺が「でもアンコールは何を弾くの?君はこの曲知――」と言いかけた瞬間。


 ギター少女が被せるように言った。


「一度聞いたから問題ない、いける」


 そして――。


 少女が徐に指を弦にかける。


 5弦5Fと2弦5Fのナチュラルハーモニクス――透き通るような倍音が鳴り響いた。


 そのまま流れるようなスライド。


 0フレットから9フレットへの圧巻の指さばき。


 その一瞬で、観客の空気が変わる。


「……え、やばくない?」


「今の聞いた?」


「やっべ、めっちゃうめえ!!」


 どよめきと拍手が巻き起こる。


 そして彼女は、北斗をちらりと見て言った。


「Ready……」


 北斗がニヤリと笑う。


「上等!!」


 その瞬間、北斗の口から放たれたビートが、空気を震わせた。


 低く唸るベース音が地を揺らし、タイトなスネアの打音が鼓膜を刺激する。高速のハイハットが絡みつき、ドラムマシンのような完璧なリズムが場を支配する。息をもつかせぬビートが怒涛の波となり、観客の足元から全身へと響き渡る。


「うわっ、なんだこれ……!」


「やっべ、すげぇぞ……!!」


 観客のどよめきが歓声へと変わる。


 次の瞬間、ギター少女が弦をかき鳴らした。


 鋭いピッキングが唸りを上げ、流れるようなレガートが北斗のビートと交錯する。ピッキングハーモニクスが高く響き、夕暮れの空気を切り裂くようなソロが炸裂した。


 そして、真珠が吠えるように歌い上げる。


 「駆け抜けるメロディー、叫べ! 今ここで!Triple Tune!」


 北斗のビート、ギター少女の圧倒的なスキル、真珠のエモーショナルなボーカル。


 俺も負けじと鍵盤に指を走らせる。軽やかに跳ねるメロディが、グルーヴに溶け込み、観客をさらに熱狂へと押し上げる。


 人々はリズムに合わせて拳を振り上げ、体を揺らし、歓声が次々と巻き起こる。スマホのカメラが一斉にこちらを向き、駅前はまるで巨大なフェスのように盛り上がっていた。


 全員がひとつの音に飲み込まれ、昂りの波が押し寄せる。


 音楽がすべてを支配し、興奮が限界を超えたその瞬間――


 俺たちのセッションは、まるで爆発するようなクライマックスを迎えた。

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