夕暮れの駅前は、まるでフェス会場のように熱気に包まれていた。
祝日の土曜、夕方の大きな駅前広場。人の波がうねり、スマホを掲げる者、手拍子を打つ者、身体を揺らしてリズムを刻む者――あちこちで歓声と興奮が渦巻いていた。既に俺たちの演奏で場は温まり、駅前は完全に"ライブ会場"と化している。
ストリートピアノの前には俺。隣には北斗がスタンバイし、真珠はマイクを握りしめ、再び歌い出す準備を整えていた。俺たちは目の前に広がるこの光景を、信じられないような気持ちで眺めていた。まさか、ここまでの熱狂を生み出せるなんて。
そして――。
「……私も弾きたい。混ぜて?」
不意に、冷たく抑揚のない声が、俺たちの熱気に水を差すように響いた。
俺たちは一瞬固まり、声の主を見た。
そこに立っていたのは、一人の透明感のある少女。
ストリート系の地味な装いに、黒髪のストレートヘア。知的な雰囲気を漂わせるメガネをかけ、肩にはブサ猫ちゃんのリュックを背負っている。
ブサ猫ちゃん……真珠が好きなあのシリーズのキャラグッズ?
だが、それ以上に気になるのは、その無表情な顔。まるで感情というものが欠落しているかのような、冷たい目で俺たちをじっと見つめている。
「え?」
俺は思わず間抜けな声を出した。
「……おもしれえな、お前」
次の瞬間、北斗が腹を抱えて笑い出した。
「いきなり入ってくるとか、度胸あるじゃねえか!いいぜ、やってみっか!」
「えええ!?」と俺と真珠が同時に声を上げる。
「い、いやちょっと待てって、知らない子をいきなり混ぜるのは……!」
戸惑う俺をよそに、ギター少女は無言のまま、ギターケースを開く。
取り出されたのは、シンプルなデザインのエレキギター。余計な装飾のない、実用性を重視した無骨な一本。
彼女は黙々とアンプにケーブルを繋ぎ、音を確かめるように一度だけジャラリと弦を鳴らした。
そして、不意に、じーっと俺を見つめてくる。
「……あなた、優Pでしょ?」
衝撃の一言に、俺は固まる。
「すごい!なんでわかったの!?今はウマ面なのに!?」
真珠が興奮して俺の肩を揺さぶる。
ウマ面は余計だ……。
ギター少女は無表情のまま、淡々と答えた。
「あなたが動画に上げてる曲、全部好き……何回も聴いて癖も覚えた。さっき演奏してた曲、動画で聴いたことがなかったから、もしかしてと思った」
「……癖?」
俺は驚いて彼女を見た。俺の演奏の癖を見抜く?そんなこと……。
だが、彼女はそれ以上は何も言わず、ギターを肩にかける。
北斗が興味津々で尋ねた。
「じゃあ俺たちのことも知ってるのか?」
「知ってる。歌ってみた界隈であなたたち二人を知らない人はいない」
彼女のあまりにもあっさりした返答に、北斗は得意げに腕を組む。
「へっ、まあ知らない奴なんていないのは確かだな!」
するとギター少女は、チューニングしながら無感情に呟く。
「知ってるだけ……別にあなたには興味はない」
「てめえ喧嘩売ってんのか!?」
北斗が眉を跳ね上げる。
真珠が「まあまあ!」と間に入るが、俺はなんだかこの流れが面白くなってきた。
そんな中、俺が「でもアンコールは何を弾くの?君はこの曲知――」と言いかけた瞬間。
ギター少女が被せるように言った。
「一度聞いたから問題ない、いける」
そして――。
少女が徐に指を弦にかける。
5弦5Fと2弦5Fのナチュラルハーモニクス――透き通るような倍音が鳴り響いた。
そのまま流れるようなスライド。
0フレットから9フレットへの圧巻の指さばき。
その一瞬で、観客の空気が変わる。
「……え、やばくない?」
「今の聞いた?」
「やっべ、めっちゃうめえ!!」
どよめきと拍手が巻き起こる。
そして彼女は、北斗をちらりと見て言った。
「Ready……」
北斗がニヤリと笑う。
「上等!!」
その瞬間、北斗の口から放たれたビートが、空気を震わせた。
低く唸るベース音が地を揺らし、タイトなスネアの打音が鼓膜を刺激する。高速のハイハットが絡みつき、ドラムマシンのような完璧なリズムが場を支配する。息をもつかせぬビートが怒涛の波となり、観客の足元から全身へと響き渡る。
「うわっ、なんだこれ……!」
「やっべ、すげぇぞ……!!」
観客のどよめきが歓声へと変わる。
次の瞬間、ギター少女が弦をかき鳴らした。
鋭いピッキングが唸りを上げ、流れるようなレガートが北斗のビートと交錯する。ピッキングハーモニクスが高く響き、夕暮れの空気を切り裂くようなソロが炸裂した。
そして、真珠が吠えるように歌い上げる。
「駆け抜けるメロディー、叫べ! 今ここで!Triple Tune!」
北斗のビート、ギター少女の圧倒的なスキル、真珠のエモーショナルなボーカル。
俺も負けじと鍵盤に指を走らせる。軽やかに跳ねるメロディが、グルーヴに溶け込み、観客をさらに熱狂へと押し上げる。
人々はリズムに合わせて拳を振り上げ、体を揺らし、歓声が次々と巻き起こる。スマホのカメラが一斉にこちらを向き、駅前はまるで巨大なフェスのように盛り上がっていた。
全員がひとつの音に飲み込まれ、昂りの波が押し寄せる。
音楽がすべてを支配し、興奮が限界を超えたその瞬間――
俺たちのセッションは、まるで爆発するようなクライマックスを迎えた。