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第22話 部屋の中は今日も不協和音

 金曜日、祭日の朝。いつもなら目覚ましの音とともに、寝ぼけた頭で布団にくるまって二度寝を決め込むところだけど、今日の俺の部屋は朝早くからとんでもない騒ぎになっていた。


 真珠と北斗、この二人が俺の部屋に居座るのがここ最近の定番になっている。学校が終わると当然のようにやってきて、俺の部屋がたまり場と化している。その理由はもちろん、俺と真珠、北斗の三人で新しく組んだ音楽ユニット。記念すべき第一曲目を作るために、寝る間も惜しんで作業を続けていた。


 北斗の要望はシンプル。とにかくインパクト重視の一曲を――ってことで、曲自体はすぐに仕上がった。問題はその先。ミキシング作業に入った途端、北斗のスパルタレッスンが炸裂。プロ級のミクス師である北斗にとって、俺の技術は「赤ん坊以下」らしい。


「そこ!ベース音もっと前に出せ!」


「は、はい……」


 すると突然――


「ん~」


 チック症の症状が出て鼻歌の様な声が漏れ出てしまった。


「鼻歌うたってる暇があったらさっさとやりやがれ!」


 そう言って北斗から頭を小突かれた。北斗は直後に「あ、悪ぃ、ついクセで」と小声で照れ臭そうに呟き、すぐにいつもの軽口に戻った。


 北斗にも俺のチック症の事を話したけど、別段何も変わらなかった。


 むしろこんな雑な扱い方、身構えていた分損だったと今では感じるほど。


 俺が慎重に音を調整する横では、真珠が母さん特製のクッキーを幸せそうに頬張っている。


「うーん、おいしい!優のお母さん、お菓子作るの上手だね!」


 ああ、俺がこんなにもヒイヒイ言いながら作業してるってのに、何その優雅なティータイム。


「おい、真珠、てめぇだけずるいぞ、俺にも寄こせ!」


 ガバッと真珠の手からクッキーを強奪する北斗。真珠が目を剥いて飛びかかった。


「何すんの!それ私のクッキー!」


「うるせぇ、俺だって苛々して糖分足りてねぇんだ!甘いもんくらい食わせろ!」


 クッキーを巡る小競り合いが始まるのはいつものこと。俺は溜息を吐きながら、イヤホン越しに鳴るサンプル音を虚ろな目で眺めた。


 そんな風にバタバタしていると、部屋の扉がコンコンと小さく叩かれる音がした。


「優斗、今いい?」


「うん、いいよ」


 俺が返事をすると、扉の前で北斗の声が割り込んでくる。


「あ、優子さん?今開けます!」


 北斗は妙に慣れた手つきで扉を開け、ニカッと笑って迎え入れる。俺の母さんと北斗は、この数日ですっかり意気投合して、気さくに話す仲になっていた。


「みんなお疲れさま。飲み物持ってきたわよ」


 お盆に載せられた冷たいドリンクが部屋に運び込まれる。母さんは優しく微笑みながら、俺の頭を軽く撫でてきた。


「ありがとう、優子さん!」


「サンキューっす!」


 北斗も真珠もすっかり我が家の子みたいに馴染んでる。


「そうそう、お昼なんだけどね、出前でも取ろうかと思ってるの。三人とも何がいいかしら?」


 俺はPCに向かいながら、ろくに考えもせずに答えた。


「俺は何でもいいよ」


 すると母さんと北斗と真珠が、互いに顔を見合わせて笑い合った。

その様子に、俺は軽く首を傾げる。


「ん?何?」


 三人は楽しげに俺を見ているだけで、特に説明してくれそうな様子もない。微妙に何を言いたいのか察しはつくけど、改めて言われると少しだけ気恥ずかしいので黙秘。


「優が自分のこと俺って言うようになったのも、なんかだいぶ自然になったね」


 真珠が口元を緩めて楽しそうに俺を見る。その表情に、俺は軽く頬が熱くなるのを感じた。


「だな、数日前まではめちゃくちゃ言いにくそうに喋ってたけどな」


 北斗がニヤつきながら追い打ちをかける。その軽口に俺は曖昧な苦笑いを返した。


「ふふ、そう?私もお父さんも、まだ慣れないわ」


 母さんまで加わってくる。その言葉に余計に気恥ずかしくなって、俺はとにかくPC画面に集中するふりをした。


「じゃあ、とりあえずこっちで適当に頼んでおくわね」


 母さんがクスッと笑って部屋を出ていく。扉が閉まって、俺はようやく肩の力を抜いた。


 扉を閉めた北斗が、何気なく部屋の隅を見て声を上げる。


「ん?これって……」


 手に取ったのは、俺と千秋のツーショット写真が収められた写真立てだった。


「あっ!返してっ!」


 慌てて飛びかかる俺。しかし北斗の方が身長が高い分、あっさりかわされて写真が高く掲げられる。


「あ、それ優の彼女さんだった人だよ、そうだよね?」


 真珠が横から口を開く。その声にドクンと胸が跳ねた。


「えと、ま……また付き合うことになったんだ……」


 言いづらそうに、それでもなんとか言葉を絞り出す。


「え……?」


 真珠が小さく漏らす。その声が、やけに耳に残った。北斗が何かを察したように真珠を横目で見る。


「今までのは誤解だったんだって……だから僕たち、もう一度最初からやり直すことにしたんだよ」


 半笑いで言いながらも、どこか自分に言い聞かせるような口調になる。こんな話、正直真珠の前でするのは気まずい。


「そ、そうなんだ!良かったね優!私は優がそれでいいなら応援するからね!」


 真珠が明るく笑う。その笑顔が、どこか薄く見えるのは俺の気のせいだろうか。


「なるほどね~……」


 北斗がどこか乾いた笑いをこぼす。その目は、真珠を気遣うようにも見えた。


 俺はそんな空気に耐えきれず、写真立てを取り返そうと無理やり飛びついた。


「うわっ!」


 体勢を崩した北斗に俺が乗っかる形で、そのままベッドに倒れ込む。


 ふわっと、両手に柔らかい感触が広がった。


「ん……っ」


 北斗のごく小さな喘ぎ声。俺の脳内が一瞬でフリーズする……が、あまりの衝撃的な感触に俺は――


「桃……?」


 つい口から漏れた言葉に、次の瞬間ガツンと後頭部に重い衝撃が走った。


「誰が桃だごらぁっ!」


 真っ赤な顔で拳を振り上げる北斗。その剣幕に俺は半ば泣きそうになる。


「Bホル着けてきてない北斗が悪いんでしょ!」


 真珠が俺を助け起こしながら、頼もしく北斗を睨みつける。俺はクラクラする頭を押さえて、なんとか状況を飲み込もうとする。


「何で俺が悪いんだよ!四六時中あれ着けてると苦しいんだぞ!」


「あ、あの、ごめん!俺が悪かったって、桃――」


「ああん……!?」


 北斗の目が凶暴に光る。慌てて口を両手で塞ぐ俺に、北斗は大きくため息をついて肩を落とした。


「はぁ~……もういい。それより話変わるけどさ、お前ら、明日の夜って暇?」


 突然の話題転換に、真珠と俺は顔を見合わせる。さっきまでの騒動は一瞬で吹き飛び、頭には疑問符だけが浮かんでいる。


 北斗がニヤリと笑って続けた。


「明日、駅前でゲリラライブすんぞ」


「ゲリラ……ライブ……?」


 大渋滞を引き起こしてる頭の中を、整理しようと必死な俺の横で、真珠の瞳だけが星みたいにキラキラと輝いている。その輝きを見て、ようやく俺は、北斗がとんでもないことを言い出したんだと実感した。

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