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第20話 Triple Tune!

 喫茶店に響き渡る真珠の爆笑が、他の客の視線を集める。それでもお構いなしにテーブルをバンバン叩いて笑い転げている。


 目の前では、北斗――いや、如月桃子がテーブルに突っ伏して顔を真っ赤にしている。耳まで赤く染まって、肩を小刻みに震わせているのが何だか妙に可愛く見えてしまう。


 僕はと言えば、さっき知った事実がまだ頭でうまく処理できず、ただ呆然と二人を見ていた。


 北斗の声は確かにハスキーで、男の子っぽい印象だった。でも、よく見れば長いまつ毛や、すっと通った鼻筋、繊細な指先……隠しきれない女の子らしさが、そこかしこに散りばめられている。どうして今まで気づかなかったんだろう。


 とにかく今はこの空気を何とかしないと……


 僕は何か気の利いたことを言わなきゃと、必死で頭を回す。


「桃ちゃんか~……か、可愛い名前ですね」


「喧嘩売ってんのかてめぇ!!」


 テーブルがドンと揺れ、北斗が勢いよく顔を上げた。キッと僕を睨みつける目は、普段の北斗よりさらに鋭い。


 真珠は口元を押さえきれず、肩を震わせながら笑い声を漏らしている。


「お前も笑い過ぎだぞ真珠!」


「だって優が予想通りの反応だったから、もうおかしくて……」


 北斗が頬を膨らませて真珠を睨む。


「たっく……で?サインは?」


「あ、は、はいこれ!」


 慌ててサイン色紙を北斗に差し出す。北斗は顔をパッと明るくして、少年みたいな無邪気な笑顔で受け取った。


「おお、さんきゅ~!」


 その笑顔が思った以上に柔らかくて、なんだか女の子っぽく見えてドキッとする。北斗がこんな笑顔を見せるなんて、ちょっと意外で……なんだか可愛いなと思ってしまう。


「ずるい~!私も欲しい!」


 真珠が僕の袖を引っ張っりながら口を尖らせた。


「ふふん、用意してないお前が悪い」


 そう言ってにやりと口を歪める北斗。


 そんな二人のやり取りが何だか微笑ましくて、僕はつい笑ってしまった。


「ん?……どした?」


 二人が同時に不思議そうな顔で僕を見る。


「いや、なんかこういうの……良いなって。友達同士っていうか、その……」


 僕は昔を思い出しながら、懐かしさと温かさが胸に広がるのを感じた。でも、途中で照れくさくなって、目をそらしてしまう。


「おっ!ダチか!いいね、俺のことは北斗って呼べよ!」


 北斗がニカッと笑う。いたずらっ子みたいなその笑顔に、僕もつられて笑ってしまった。


「はは……うん、よろしくね、北斗!」


 思い切って手を差し出すと、北斗はガシッと僕の手を掴んで、握手というよりガチの握り潰しにかかってきた。


「いたたたたたっつ!!」


「でも次桃ちゃんとか言ったら容赦しねえからな……?」


 顔は笑ってるのに、目が笑ってないってこういう事か……僕は涙目でうなずくしかなかった。


 ようやく解放された手をさすりながら、北斗が頬杖をついて僕を見る。


「ところで優」


「な、何?」


 恐る恐る返す僕を見て、北斗がにやりと笑う。


「お前の曲、最高だったけどさ……恋のボルテージは流石にねえよ」


「うっ……」


 痛いところを突かれて、耳まで熱くなる。横で真珠が目を輝かせて食ってかかる。


「何でよ!めっちゃ良いタイトルじゃん!なんであれの良さが分からないかな~!」


「あっ!ひょっとしてあれ付けたのお前か!?前に真珠にはネーミングセンスねえって言っただろ!」


「何を~!」


 テーブル越しに火花を散らす二人。僕は慌てて間に手を挟んで止めに入る。


「と、とりあえず今度から僕がつけるようにするから、ね?」


 真珠は「ふんっ」とそっぽを向くが、頬は少し赤い。北斗は腕を組んで一息つく。


「でもさ、あの曲自体は本当に最高だったよ。ただ……」


「ただ?」


「あれ、全部お前一人でやったんだろ?」


「う、うん。僕がやったよ」


 北斗はうなずきながら、指を一本ずつ折っていく。


「メロディ、コード、リズム、そこは全部完璧。まあサウンドやジャンルはいずれ増やしていけばいいしな。だけど――問題はmixだ」


「mix?」


 北斗は真珠をスルーしつつ、僕に向き直る。


「優、音作り自体は悪くねえんだけどな。初心者がやりがちなミス、全部踏んでんだよ。特に音の加工、あれやりすぎな」


 ぐっと距離を詰める北斗の目は、さっきまでとは打って変わって真剣そのものだった。


「優、知らなかったでしょ?北斗って実はミクス師として有名なんだよ!すごくない?ねぇすごくない?」


 真珠が得意げに言いながら、僕の腕をツンツンとつついてくる。


「何でお前がドヤるんだよ」


 北斗が呆れたようにツッコむが、真珠は気にせず「ふふん!」と胸を張ったままだ。


「いいじゃ~ん!」


 北斗はわざと大きく息を吐いて、僕に向き直る。真珠がまだニヤニヤしている中、彼女だけが急に空気を変えた。


「……でだ、優」


 その低い声に、僕は反射的に背筋を伸ばした。


「お前、俺たちとグループ組まねえ?」


「え……えええええっ!?」


 勢いよく立ち上がろうとして、椅子がガタッと音を立てる。体勢を崩し、慌ててテーブルに手をついた。


 何て言った?今、何て……?


「ちょ、ちょっと待って!グループって、どういう意味!?」


「そのまんまだよ。俺と真珠と優でユニット組んで、本格的に活動してみようぜって話」


「グループ……?僕が!?」


 真珠は最初こそ口元を押さえて耐えてたけど、プルプル震えたあと堪えきれずに吹き出した。


「ちょっと優~!フリーズしすぎなんだけど!」


 お腹を抱えて身をよじらせながら、北斗と目を合わせてさらに笑う。


「あはははは、ほんと優っていい反応するよね」


 何も考えられず固まる僕をよそに、北斗はニヤリと楽しそうに笑い、片目をウインク。


「ま、すぐ答えろとは言わねえけどさ。ここから最高に面白いことやろうぜ?」


 訳も分からないままなのに、胸の奥がじんわり熱くなる。この二人となら……何かが始まる、そんな予感めいたものが、僕の全身を駆け巡った。

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