喫茶店に響き渡る真珠の爆笑が、他の客の視線を集める。それでもお構いなしにテーブルをバンバン叩いて笑い転げている。
目の前では、北斗――いや、如月桃子がテーブルに突っ伏して顔を真っ赤にしている。耳まで赤く染まって、肩を小刻みに震わせているのが何だか妙に可愛く見えてしまう。
僕はと言えば、さっき知った事実がまだ頭でうまく処理できず、ただ呆然と二人を見ていた。
北斗の声は確かにハスキーで、男の子っぽい印象だった。でも、よく見れば長いまつ毛や、すっと通った鼻筋、繊細な指先……隠しきれない女の子らしさが、そこかしこに散りばめられている。どうして今まで気づかなかったんだろう。
とにかく今はこの空気を何とかしないと……
僕は何か気の利いたことを言わなきゃと、必死で頭を回す。
「桃ちゃんか~……か、可愛い名前ですね」
「喧嘩売ってんのかてめぇ!!」
テーブルがドンと揺れ、北斗が勢いよく顔を上げた。キッと僕を睨みつける目は、普段の北斗よりさらに鋭い。
真珠は口元を押さえきれず、肩を震わせながら笑い声を漏らしている。
「お前も笑い過ぎだぞ真珠!」
「だって優が予想通りの反応だったから、もうおかしくて……」
北斗が頬を膨らませて真珠を睨む。
「たっく……で?サインは?」
「あ、は、はいこれ!」
慌ててサイン色紙を北斗に差し出す。北斗は顔をパッと明るくして、少年みたいな無邪気な笑顔で受け取った。
「おお、さんきゅ~!」
その笑顔が思った以上に柔らかくて、なんだか女の子っぽく見えてドキッとする。北斗がこんな笑顔を見せるなんて、ちょっと意外で……なんだか可愛いなと思ってしまう。
「ずるい~!私も欲しい!」
真珠が僕の袖を引っ張っりながら口を尖らせた。
「ふふん、用意してないお前が悪い」
そう言ってにやりと口を歪める北斗。
そんな二人のやり取りが何だか微笑ましくて、僕はつい笑ってしまった。
「ん?……どした?」
二人が同時に不思議そうな顔で僕を見る。
「いや、なんかこういうの……良いなって。友達同士っていうか、その……」
僕は昔を思い出しながら、懐かしさと温かさが胸に広がるのを感じた。でも、途中で照れくさくなって、目をそらしてしまう。
「おっ!ダチか!いいね、俺のことは北斗って呼べよ!」
北斗がニカッと笑う。いたずらっ子みたいなその笑顔に、僕もつられて笑ってしまった。
「はは……うん、よろしくね、北斗!」
思い切って手を差し出すと、北斗はガシッと僕の手を掴んで、握手というよりガチの握り潰しにかかってきた。
「いたたたたたっつ!!」
「でも次桃ちゃんとか言ったら容赦しねえからな……?」
顔は笑ってるのに、目が笑ってないってこういう事か……僕は涙目でうなずくしかなかった。
ようやく解放された手をさすりながら、北斗が頬杖をついて僕を見る。
「ところで優」
「な、何?」
恐る恐る返す僕を見て、北斗がにやりと笑う。
「お前の曲、最高だったけどさ……恋のボルテージは流石にねえよ」
「うっ……」
痛いところを突かれて、耳まで熱くなる。横で真珠が目を輝かせて食ってかかる。
「何でよ!めっちゃ良いタイトルじゃん!なんであれの良さが分からないかな~!」
「あっ!ひょっとしてあれ付けたのお前か!?前に真珠にはネーミングセンスねえって言っただろ!」
「何を~!」
テーブル越しに火花を散らす二人。僕は慌てて間に手を挟んで止めに入る。
「と、とりあえず今度から僕がつけるようにするから、ね?」
真珠は「ふんっ」とそっぽを向くが、頬は少し赤い。北斗は腕を組んで一息つく。
「でもさ、あの曲自体は本当に最高だったよ。ただ……」
「ただ?」
「あれ、全部お前一人でやったんだろ?」
「う、うん。僕がやったよ」
北斗はうなずきながら、指を一本ずつ折っていく。
「メロディ、コード、リズム、そこは全部完璧。まあサウンドやジャンルはいずれ増やしていけばいいしな。だけど――問題はmixだ」
「mix?」
北斗は真珠をスルーしつつ、僕に向き直る。
「優、音作り自体は悪くねえんだけどな。初心者がやりがちなミス、全部踏んでんだよ。特に音の加工、あれやりすぎな」
ぐっと距離を詰める北斗の目は、さっきまでとは打って変わって真剣そのものだった。
「優、知らなかったでしょ?北斗って実はミクス師として有名なんだよ!すごくない?ねぇすごくない?」
真珠が得意げに言いながら、僕の腕をツンツンとつついてくる。
「何でお前がドヤるんだよ」
北斗が呆れたようにツッコむが、真珠は気にせず「ふふん!」と胸を張ったままだ。
「いいじゃ~ん!」
北斗はわざと大きく息を吐いて、僕に向き直る。真珠がまだニヤニヤしている中、彼女だけが急に空気を変えた。
「……でだ、優」
その低い声に、僕は反射的に背筋を伸ばした。
「お前、俺たちとグループ組まねえ?」
「え……えええええっ!?」
勢いよく立ち上がろうとして、椅子がガタッと音を立てる。体勢を崩し、慌ててテーブルに手をついた。
何て言った?今、何て……?
「ちょ、ちょっと待って!グループって、どういう意味!?」
「そのまんまだよ。俺と真珠と優でユニット組んで、本格的に活動してみようぜって話」
「グループ……?僕が!?」
真珠は最初こそ口元を押さえて耐えてたけど、プルプル震えたあと堪えきれずに吹き出した。
「ちょっと優~!フリーズしすぎなんだけど!」
お腹を抱えて身をよじらせながら、北斗と目を合わせてさらに笑う。
「あはははは、ほんと優っていい反応するよね」
何も考えられず固まる僕をよそに、北斗はニヤリと楽しそうに笑い、片目をウインク。
「ま、すぐ答えろとは言わねえけどさ。ここから最高に面白いことやろうぜ?」
訳も分からないままなのに、胸の奥がじんわり熱くなる。この二人となら……何かが始まる、そんな予感めいたものが、僕の全身を駆け巡った。