目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
捨てられた無能天才ピアニスト、ボカロ界隈でちょっと神になってみた
捨てられた無能天才ピアニスト、ボカロ界隈でちょっと神になってみた
アイスノ人
恋愛現代恋愛
2025年02月27日
公開日
10.9万字
連載中
 音楽だけが、僕を裏切らなかった――。

幼い頃から虐められ、孤独だった天川 優斗は、ピアノの才能を見出され、天才ピアニストとして称賛された。
だが、中学二年で「トゥレット症候群」を発症し、舞台を降りることに。

高校では信じていた幼馴染たちに裏切られ、ストーカー扱いされ、居場所を失う。
それでも、彼には音楽があった。
作曲家「優P」として、ネットの世界に旋律を刻み続けた。

そしてある日、歌い手界隈トップ歌手の「スピカ」からの一通のメッセージが届く。
「私は優Pの味方だから」

数日後、学校に現れたのは――彼の曲をネット世界で歌い続けてきた、スピカその人だった。

「まだ間に合うよ! 一緒に最高の学園生活にしよ?」

絶望の中で生まれた音楽が、運命を塗り替える。
これは、旋律が紡ぐ再生の物語。

第1話 君は夜空を照らすスピカのように

 天川あまかわ 優斗ゆうと、高校二年生の僕は、物心ついた頃から、周りと少し違っていた。


 言葉を上手く操れず、空気を読むことも苦手で、どこか周囲と馴染めなかった。勉強にもついて行けず、小学生になっても状況は変わらないまま、いつの間にかクラスの子たちから距離を置かれるようになり、それがやがていじめへと発展した。


 授業中、急に声が出てしまったり、考えていることをぽつりと口にしてしまう僕を、クラスメートは気味悪がった。ノートに落書きがされ、教科書が破られ、休み時間には陰口が飛び交う。それでも、僕はただ耐えることしかできなかった。


 そんな僕の人生が変わったのは、小学五年生の時だった。


 ある日、いつものようにいじめっ子たちに囲まれていた僕を、四人の子が助けてくれた。美空みそら 千秋ちあき八坂やさか こずえ宮村みやむら 翔子しょうこ、そして翔子の兄、陽介ようすけ。彼らはクラスでも目立つ存在で、明るく、誰からも好かれていた。僕のことを変わり者として避けるのではなく、普通に接してくれた。


「優斗ってさ、音感良いよね!ピアノとかやったら上手そうじゃない?」


 そんな千秋が言った言葉が、僕の人生を大きく変えることになる。


 音楽の授業で鍵盤に触れた時、僕はまるで魔法にかけられたように、音が自然に耳に入り、指が勝手に動いた。そして、周囲がざわつき始めた。


「優斗、すごい……!」


 先生が興奮した声で言い、クラスメートたちも驚いていた。


 僕は、聞こえた音をそのまま正確に再現し、音の高さを精密に判断できる能力を持っていたらしい。


 両親はすぐに僕を音楽教室に通わせ、ピアノを習わせることを決めた。才能はすぐに開花し、中学に上がる頃にはいくつものコンクールで優勝し、新聞にも「天才ピアニスト」として取り上げられるようになった。


 それでも、僕にとって何よりも嬉しかったのは、幼馴染の四人がずっとそばにいてくれたことだった。


「優斗が有名になっても、私たちの優斗だからね!」


 梢が笑いながら言うと、翔子が「当然よ!」と胸を張った。


「優斗は俺の弟分だからな、俺がずっと守ってやるから安心しろ!」


 得意げに言う陽介に皆が一斉に笑い出す。


 そんな彼女たちの中で、一人だけ特別な存在になったのが美空千秋だった。


 中学一年生のある日、千秋が僕に告白してくれたのだ。


「ずっと好きだった。優斗がどんなにすごくなっても、私はありのままの優斗が好き」


 夢のような時間だった。


 しかし、その幸せは長くは続かなかった。


 中学二年の冬、僕はトゥレット症候群を発症した。


 コンクールの本番、演奏中に突然、体が勝手に動き、声が漏れてしまった。鍵盤を打つ指が震え、リズムが乱れる。会場の空気が変わるのが分かった。気づけば、演奏は途中で止まり、僕は呆然とピアノの前に座っていた。


 それ以来、僕は大会に出ることができなくなった。


 病院で診察を受けると、「トゥレット症候群」と診断された。元々小さい頃から兆候はあった。でもその症状も落ち着きを見せていたはずなのに……症状がなくなるかは分からない。一生このままかもしれないと医者は言っていた。僕は時折無意識に鼻歌のような声を出したり、体をピクッと震わせてしまうようになった。


 それでも、僕は今の幸せを諦めたくなかった。幼い頃の地獄の様な日々に戻りたくはない。


 高校は何としてでも千秋たちと同じ学校に進学したくて、必死に勉強した。そして、なんとか合格を果たす。


 これでまた四人と一緒に過ごせる。これまで通り、また四人で仲良く学園生活を送れるんだ。


 ――そう思っていた。


 高校に入ると、美空、八坂、翔子、陽介の様子がなぜかよそよそしくなっていて、皆、人前で僕と会うのを避けるようになっていた。


 千秋とは付き合っているはずなのに、恋人らしいことは何一つできなかったし、会う時はいつも人目を避けた場所ばかりで、まるで隠されているような感覚に苛まれる。それでも僕は、彼女が好きだった。


 だけどそんなある日、事件が起きた。きっかけは些細な事。クラスメートに「彼女いるのか?」と聞かれ、僕は正直に答えた。「美空千秋と付き合ってるよ」と。


 その瞬間、教室がざわついた。誰かが「え? マジ?」と驚いたように呟くのが聞こえた。


 そしてその日の放課後――教室のドアが勢いよく開かれ、長身の男が現れた。三年生の浅間雄介──そう名乗るその男は、僕を見つけるなり突然突き飛ばしてきた。


 「てめぇ、千秋は俺の彼女だぞ?彼氏とか嘘ついてんじゃねえよ! 気持ち悪い奴だな!」


 教室が静まり返る。痛みよりも、何が起こっているのかわからない衝撃が僕を包んだ。目の前で、浅間が千秋の肩を抱いていた。


 「千秋が困ってるだろ!」


 彼の腕の中で、彼女は何も言わない。ただ申し訳なさそうに、僕から顔を逸らした。


 喉が詰まる。助けを求めるように、千秋の名前を呼んだ。


 「千秋……!」


 でも、彼女は僕を見ようともせず「もうやめて……」と、こぼすように呟いた。




 次の日から、僕に対する視線が変わった。クラスメートが僕を避けるようになり、ひそひそと噂を囁くのが聞こえる。


 「アイツ、千秋ちゃんのストーカーだったんだろ?」  「八坂や宮村翔子にも付きまとってたって」  「誰もいない教室で美空の私物を漁ってたとこ、見た奴いるらしいよ……」


 身に覚えのない噂ばかりが広がっていく。誰も僕の言葉を聞こうとはしなかった。千秋も、梢も、宮村兄妹も、みんな渋い顔をして話を逸らす。やがて彼らも僕を避けるようになった。


 孤独だった。居場所がなかった。過去に言われた言葉が甦る。


 ──「知的障害なんだって、勉強できないんだってさ……」

 ──「突然一人で呟いたりして、気持ち悪いよな」


 もう耐えられなかった。学校が終わると、僕はまっすぐ家へ帰った。唯一の救いは、パソコンの前に座ること。


 人前でピアノを弾くことができなくなった僕は、ネットに作曲した曲をボカロに歌わせて投稿していた。少しずつだけど、界隈では「優P」としての知名度が上がってきていた。


 僕の曲を歌ってくれる配信者も増え始めた。新しく投稿した曲のコメントを眺めながら、心を落ち着かせる。僕の音楽だけは、僕を裏切らない。


 頂いたコメントに感謝しつつ、いいねを付けていく、その時だ。僕は一通のSNSの通知に気づいた。


 ダイレクトメッセージの欄に、新しいメッセージが届いている。


 送信者の名前を見て、思わず息をのむ。


 「スピカ……?」


 スピカ――彼女は、歌い手界隈でトップクラスの人気を誇る歌い手だった。フランス人のハーフの父親と日本人の母親から生まれたクオーターだと聞いた事がある。

モデル兼インフルエンサーとしても活躍し、その影響力は計り知れない。


 そんなスピカはなぜか僕の曲を何度か歌ってくれていた。彼女のおかげで、無名だった僕の楽曲は少しづつ知られるようになり、彼女がいなければ、「優P」という名前が注目されることはなかっただろう。


 僕たちはこれまで何度もDMや通話でやり取りをしていた。楽曲のことはもちろん、ちょっとした雑談や相談事も交わすことがあった。スピカは気さくで、僕が唯一気を許せる相手でもあった。


 メッセージを開く。


 [優Pこんばんは! もしかしてさ、最近ちょっと元気ない?]


 驚いた。どこで僕の変化に気づいたのだろうか。


 [通話できる?]


 鼓動が早くなる。僕は迷いながらも、スピカからの通話リクエストを受けることにした。


 『優P? あ、繋がった! よかったぁ!』


 彼女の明るい声が響く。


 「こ……こんばんは、久しぶり」


 ぎこちなく返すと、彼女はくすっと笑った。


 『久しぶりだね! そういえば、新曲めっちゃよかった! すぐに歌わせてもらったよ!』


 「ありがとう……ございます」


 彼女の存在が、僕を少しだけ救ってくれる気がした。どこか安心できる、そんな感覚だった。


 しかし、スピカはすぐにトーンを落とし、少し間を置いて言った。


 『ねえ、優P……今回の新曲、いつもと全然違ったよね?』


 心臓が跳ねた。


 『いつもの優Pの曲はさ、明るくて、前向きで、聴く人の心をふわっと持ち上げるようなメロディだった。でも、今回のは違った。まるで叫びのように、痛みと渇望が込められてた。それがダメってわけじゃないけど……』


 スピカの言葉が胸に突き刺さる。彼女の声は優しく、でも確信を持っていた。


 『歌詞も……まるで誰かに助けを求めているみたいだっでさ、私、何かあったんじゃないかって、ずっと気になってて……』


 知らず知らずのうちに、僕は心の奥底にあるものを曲に込めていたのだろうか。気づかれたくなかった。けれど、スピカには伝わってしまった。


 喉が詰まる。視界が滲む。誰にも言えなかったことを、言葉にしてしまいそうになる。


 『……私でよければ、聞くよ?』


 胸が締めつけられた。


 スピカだけが、僕のSOSに気がついていた。


 他の誰も気づかなかったのに。誰も僕の痛みを見ようとしなかったのに、スピカだけが真っ直ぐに言葉を投げかけてきた。


 言葉を詰まらせていると、彼女はさらに優しく問いかける。


 『私は優Pの味方だから……だから私を信じて』


 それは、今まで誰にも言えなかったこと。でも、スピカになら……。


 スピカの声が優しく響く中、その声に導かれるように、僕はゆっくりと口を開いた。


 『実は……』


 ぽつり、ぽつりと、僕は話し始めた。千秋とのこと、浅間のこと、梢や翔子と陽介、広がる噂、失われた居場所。何もかもが、まやかしだった僕の人生の事……。


 話し終えた時、スピカはしばらく沈黙した。


 『……優P』


 静かな声で、彼女が僕の名前を呼ぶ。


 スピカは怒っていた。けれど、その怒りは誰かを傷つけるためのものではなく、僕をこんなにも追い詰めた現実に対するもののように感じた。音声越しに聞こえる小さな息遣いや、微かに震えた声の抑揚が、その感情をありありと伝えてくる。しばらくの沈黙の後、彼女が深く息をつき、静かに、それでも確かな思いを込めた声で言った。


 『……優Pの気持ちを思うと、本当に悔しい。最悪、マジでむかつく……でも、それ以上に、ずっと一人で耐えてきたんだよね。頑張ったね……優P』


 その言葉に驚いて息を呑む。音声越しに伝わるスピカの優しさと強い想いが、胸にじんわりと染み渡っていく。


 『私はね、優Pにもっと楽しくて、幸せな学園生活を送ってほしいんだ。だって、あんなに素敵で、こんなに素晴らしい楽曲を生み出せる人が、苦しみながら過ごしてるなんて間違ってる。だから、もっと元気でいてほしいし、これからもたくさんの最高の楽曲を生み出してほしい。そして、その曲を私が誰よりも早く、一番に歌わせてほしい……そう思ってるんだ』


 スピカの想いが、静かに胸に広がっていく。その言葉はまるで優しく包み込むようで、それでいて力強く、僕の心をそっと押してくれるようだった。


 『だからさ! そんな真っ黒な学園生活、全部塗り替えちゃおうよ! 私と一緒に、真っ新で最高な学園生活にさ!』


 スピカの声は明るくて、迷いがなかった。その言葉の本当の意味を、僕はまだはっきりと掴めてはいない。


 けれど、スピカの力強い声が、僕の心の奥深くに何かを響かせた。それが何なのかはわからない。ただ、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


 まるで目の前に光が差し込んだように。


 今はまだ、すべてを理解できているわけではない。けれど、彼女の強い想いが胸の奥に残り、確かな何かを僕の中に灯した。


 そして後に、僕は彼女の言葉の本当の意味を、身をもって知ることになる……。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?