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第十六話 録画映像と復元 後編

 約束した身としては、なんだか複雑な感情だ。殺したのが愛実だとすれば、自業自得だと悪意をぶつけてもいい。


 どうであれ、約束を守れなかった事実が心に重くのしかかる。そのせいで、今の言葉に上手く答えることが出来ない。


 テーブルの方へと体を戻すと、デスクトップ近くにコップが置かれていた。

「ありがとうございます」


 そう、吉田の背中に向かっていった。誰も答えないと思ったのか、吉田が振り返った。コップを持って「これ」と指を指すと、「いいよ」と返事をした。


 粗里は、吉田が座っている場所に向かうと、周りのゴミを黙って片付けていく。

(もしかして、定期的に片付けに来てるのか?)


 にしては部屋が綺麗だなと感じたが、今は関係がないので、深掘りしないことにした。目の前の録画映像へと視線を向けて、作業を再び開始する。


 かれこれ一時間ぐらい経ったが、肝心の不審な様子は見当たらない。どれも、コンビニやスーパーなど買い物の調達や仕事の移動ばかりだ。


「どうですか? 見つかりました?」

 と、浅霧に聞くと、否定的な言葉が返ってくる。見つかってないようだ。時間ばかりが気になってしまい、正面の窓の上にある壁時計が近くなる。


「出来た」

 そんな中、吉田が声を上げた。どうやら復元が出来たようなので、早速画面が見える位置に移動する。


 映像ファイルが一つ復元されていた。ダブルクリックして、映像を見る。

 一度削除されたデータをどこまで復元できたかは不明だが、しっかり見える形で残っていてくれと期待を込めた。


 香奈の部屋と構造が似ているが、部屋は質素で片付けられている。このカメラの位置からだと、ベッドが映っており、丁度それの足元近くに、洋服ダンスと扉に画鋲で固定されたカレンダーが見える。


 画面すぐ下の方に、木製の板が見えるため、恐らく机の上に置かれているのだろう。画面左端にある部屋の扉が開かれ、パジャマ姿で乱れた髪の女性が入り、迷いや躊躇ためらいといった動作を見せずに首を絞めた。


「いい加減にして!」

 この画角からだと、香奈の姿しか見えない。音声からして、うめくのは愛実だろう。止めるよう声を絞り出すが、その説得も香奈には響いていない。


 香奈の手を放そうと両手を使うも、抗うことしかできないようだ。足を暴れさせ、揺さぶられる香奈の隙をついてベッドから二人は転げ落ちる。


 開放された愛実は、そのまま部屋から出て行こうとするが、追いかけて腕で締め上げた。千鳥足のように足取りに歩を合わせて二人が動いていると、段々とビデオに近づいていく。


 次第にバランスを崩して、机の角に香奈の頭を強打した。赤く染まる角からずり落ちていく。轟く嗚咽を上げるが、画面から様子は把握できない。”姉さん”と呼ぶ声を拾う。


 やがて、後頭部を抱えて香奈は立ち上がるが、襲われたのに関わらず介抱しようとしている愛実を手で払いのけ、そのまま部屋を後にした。茫然と立ち尽くす愛実は、膝から崩れ落ちる。


 その数秒後、断続的に続く、重たいものが落ちる音。それが段々と遠ざかっていく。誰かが階段から転げ落ちたようだ。愛実は、部屋の出入口へと視線を向けて、慌てて駆け出して行った。


「姉さん!」

 階段を駆け下りる。しかし、泣き声もなにも聞こえない。

 そこで、動画が終了していた。


「ちょっと待ってください? これじゃあ、亡くなってるかどうかわからないじゃないですか」

 その前提でここまで進んできたのだから、当然気になってしまった。

「そうだと、つじつま合いませんよね」

 と、粗里が答える。

「俺が見たのは、愛実さんで見たんですよ」

「なにが映ってたんですか?」


 と、吉田の事を気を遣って自身の席に座ったまま、監視カメラを見ていた浅霧が答えた。口で状況を説明する。

「映ってなくても、亡くなったと考えるしかないと思います。それ以外考えられません」

「で、でも……」


「はっきりしなくてもしょうがないですよ。限界がそこなんですから」

 そういって、浅霧は自身が使っているデスクトップに視線を戻した。

「僕は、なにをすればいい?」

 と、吉田が答える。粗里と帆野が顔を見合わせ、粗里が口を開く。


「監視カメラを見る、かな」

「わかった」

 吉田の回答で、帆野は自分の席に戻った。再生させようと、三角マークにカーソルを持って行く。

「交代するよ」

 と、粗里が言うので視線を向けるが、どうやら吉田に言っているようだ。


「大丈夫」

「寝れてないんでしょ? いいから」

「って言ってもねぇ、今から飲むわけにもいかないし」

「横になって休むだけでもいいよ」


「……わかった」

 吉田は席を外して、交代した。

 時が過ぎて、また一時間後。ペースを上げて十倍速にして見ているが、二日前まで見つからない。二人も見つかってないようだ。


「やっぱ、殺されてないんじゃないですか? しっかり二人いて、あの時に香奈さんが死んだ」

「帆野さんだって見たでしょ? 愛実さんが倒れたところ。あんな状態で、愛実さんが助けに来ないなんてことこそ考えられません」

「じゃあ、どこに隠したっていうんですか? 車で移動しない距離に隠したとでも? この近くに山なんてありませんよ」


「……家の中とか?」

 と、粗里が言った。

「ま、まさか……それだったら、俺らが臭いとかで気づいてますよ」

「腐食が進む前だったら、臭いがしてなくてもなにもおかしくない。二日だったかな」


「床下とか、屋根裏とか? まさか、溺愛の末にクローゼットに隠したとかないですよね」

 背筋に寒気がしながら、嫌悪に感じることを自ら率先して言う。


「庭に埋めたってことも考えられそうですね」

 浅霧が言った。どれにせよ、自宅のどこかに隠したと考えるのが妥当だろうか。嫌な想像が帆野の頭を過る。死体を隠している中、あの家でなにも知らずに二人で泊まった。そう考えるだけでゾッとする。


「まだ時間はあります。もうちょっと調べてから、自宅にあるって仮説で行きますか」

 時間に余裕があるとはいえ、余った分を念のために目を通すということ自体、悠長なことをしていていいのかとも思ったが、粗里の結論に同意する。


 もちろん、浅霧も例外ではない。こうしてもうしばらくの間、愛実の姿を探すことにした。

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