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第十四話 ゲーム開始

 昼食だけを黙々と口にし、一切会話をすることがない。完全に気まずい状況になってしまった。


「barのマスターに相談するのはどうでしょう?」

 気を遣って話すも、阿吽すら反応がない。へそを曲げた浅霧の背中に向けて、反省の気持ちを込めて続けた。


「例えば、足取りとか。カメラに映っていれば、死体も見つかるのでは? 埋めようとなると、山とかに行かないとねぇ……あとは、ビデオをどう奪うかってことですか? どうやって入るかですよねぇ……やっても不法侵入とかになりそう。あ、でも、ビデオごと持っていったら、バレますよね……」


 反応がないと思っていた矢先、浅霧は突然立ち上がってキッチンに向かう。目が合うことは一切なかったので、この場から逃げ出したくなった。


 そんな気持ちがさせたのか、反射的に弁当に目を遣る。気を紛らわすように止めていた箸を進めた。唐揚げにご飯、時にポテトサラダを口にしているも、浅霧の様子が気になって仕方がない。


 ソファーに座っている記憶を呼び起こし、そちらに目を遣るも依然とした光景が目に写る。引き目を感じるが、哀愁あるその後ろ姿が段々と苛立たせる。流石にへそを曲げ過ぎではないか、と。


 ここまで来るとこちらから声を掛けるのを待っているようにも感じられ、仲直りしたいのであれば、何故口に出来ないのかという不満が出てきた。帆野自身は、謝罪の意味を込めて話しかけているのに関わらず、浅霧はしぐさすら見せない。


 すると、インターホンが鳴り響く。心に歯止めが掛かったというよりかは、無理矢理遮られたというような状況。しこりが残って気持ちが悪い。虫の居所の悪さを抱え、玄関へ向かう。扉を開けると、そこには見知らぬ男性が立っていた。


 オールバックに裸眼。整った眉毛に綺麗な鼻筋。無地のシャツに紺のパンツ、カジュアル物ではあるものの、スーツのような着こなしてそこに立っていた。不思議と、高圧的や威厳のある外見には見えず、帆野よりもかなり年上のようだが、物腰の柔らかい人に感じた。


「あなたが帆野さん?」

「え、えぇ」

「barのマスター、粗里あらさと謙一けんいちです」

 握手を求めるよう、右手を出した。

「あぁ、一階の」

 その好意に答え、粗里はニコっと微笑んだ。


「浅霧に呼ばれまして」

 と、言われたので、扉を抑えながら中に誘導した。その背中を追う。

「なにか困ってることがあるようですね」

「え?」

 L字型ソファーの近くに粗里が立ち、帆野は依頼者と対面したソファーのひじ掛けに座って、視線を向けた。


「さっき、連絡を貰いまして」

 粗里と目が合う。

(あの時か。なんだよ、聞いてんなら答えろよ)

「私の同行が必要なんでしょう? なにをすればいいですか?」


 浅霧は、顔を粗里の方に向ける。

「貝塚さんの家に、行ってくれませんか?」

「詳細を聞ける?」

「私たち、失敗してしまいまして。中に入れないんで」

「彼女は?」

「生きてます」

 ふん、と荒里唸る。浅霧は 詳細を話した。


「どうにかして、中に入れないでしょうか。荒里さんが入ってくれれば、問題ありません」

「近所から"騒ぎがあった"と言って、偽物の警察手帳を使って中に入るかなぁ」

「バレませんか?」

 些か不安があったため、帆野は口にした。

「入れないにしても、ファイルの復元に失敗しても同じですから、その辺の後ろ立てとして、捜査を二人にお任せします」


「なるほど……だとすると、必要なのは監視カメラを探せる人ってことですか?」

「そちらは、私が派遣しましょう」

「派遣ですか?」

「そういうお仕事なんですよ。裏のね」


「だ、大丈夫ですか?」

 粗里は顔をクシャっとさせる。

「違法は違法です。なので、覚悟はしなければなりません。私は正当化しませんよ。あくまで、それを人助けに利用してるだけの話なので」


 正当化しないところには感心したが、当然荷担することになる。迷っている暇がないのは十分に理解しているが、即断即決できるほどの精神は持ち合わせていない。もし警察に見つかったら、犯罪者だと世間に知られたら、社会的に居場所をなくすという不安が頭を過る。


 仕事を辞めなければ、もっと言うと、早海をしっかり守れていれば、という後悔が頭の中でより目立っていく。

「じっくり考えてください」

「……わかりました。大丈夫です。捜査をします」

 これで恐らく、この仕事の正社員になった、と言っても過言ではない。


 粗里がスマホの画面をタップし、やがて耳にあてた。

「すみません」


 と、相手に伝えた直後、四人目の来訪者がインターホンを鳴らした。粗里がキッチン側の部屋の角に行った。目が合ったので、代わりに出向く。依頼の電話はなかったと記憶している。

(誰だ……?)

 穴から扉の向こう側を覗いた。


 黒いスーツにスラックス、ベージュのトレンチコート。肩の長さの髪をした女性が、そこに立ってた。そわそわして周りを見ることもなく、扉をじっと見ている凛々しい目が眼鏡の奥で表現している。扉を開けると、警察手帳を掲げた。小萱こがや秋華しゅうかと、名前が書かれていた。


「け、警察の方ですか。どうしたんですか?」

 咄嗟に右側の壁を後目に、中に聞こえるように声を出した。

「浅霧探偵事務所、こちらでよろしいですか?」

「はい、そうですが……なにかありました?」

「中に入っても?」

「え、えぇ、どうぞ」


 戸惑いながらも壁にしていた体をけ、右の壁に詰めた。帆野を見つめることなく、視線を部屋の奥底へと向けられているようなまなざしだった。扉を閉め、背中を追いかけるときには、通路にはいなかった。


「植物人間が増えてるって話、知ってますよね」

「はい」

 と、少しばかりの間があったその後、粗里が答える。その会話に意識を向けてリビングに向かい、先ほど昼食を食べていたソファー近くまで移動する。


 小萱は粗里の前に移動しており、浅霧には背を向けている。避けられていると感じているのかはわからないが、当の本人は会話に参加するつもりはないらしい。


「被害者から連絡があったんですよ。用心深い人が電話をくれて」

「それは私がしました」


 ここは電話した張本人である帆野が話す。まさか警察に一報を入れるとは。”茶化されている”と同等のネガティブな予想をされているという、嫌な予感は半分当たっているが、”嘘を付いてこちらを探ってる”という可能性は想像もしてもいなかった。


 早海の事件の第一発見者でもあるからこそ、かおさらかもしれない。小萱がこちらに向く。事の経緯を、奇々怪々な現象があることを伏せ、不自然でないように説明する。


「確かに探偵のような仕事はしています。が、あくまでそれは、下のbarで相談事を受け、お願いがあれば受けるというくらいです。なので、看板がないんです。


 今回、”姉が自殺するかもしれない”と相談され、助けようとしました。その中でいろいろ話を聞いていると、琳のことや植物人間事件のことも重なり、気になって被害者に電話をしました」


 上手く出来た気がしなく、終わった後でも不安感に駆られていた。緊張が走る。今や表情の一つ一つが恐ろしい。


「なるほど……」

 と、小萱は腕を組んだ。

「それで、成果はあったんですか?」

 小萱からの意外な質問により、さらに気が動転する。”嘘を付くな”などと叱責されることや、根掘り葉掘り聞かれるのかと想像していた。

「いえ、特には」


 こちらの手の内を明かすことはない。成果と聞かれ、もはや戦闘態勢に近い状態であり、攻撃的ではない疑い方をしているという先入観から、離れることが出来ない。切れる人だと直感する。小萱から凝視されているため、思わず目をそらしてしまった。


「なにかありましたら、私に連絡ください。必ず、携帯に電話かけてくださいね」

 と、スマホの番号が書かれたちぎられた紙を渡される。恐る恐る、その紙を受け取った。「では」と言って一礼する。浅霧には目もくれずに、そのまま部屋を後にした。


 緊張からの緩和。一息付けそうだがそうもいかない。結局のところ、このスマホに電話しなければ、それほど”出来ないなにかがある”と疑われるのかもしれない。


 かといって連絡をしたらしたで、下手に動けば警察に悟られるかもしれない。確実に相手の方が上手うわてだ。変に誤魔化さず、言えばよかったのだろうか。しかし”未来が撮られた動画””死が見える”などと話したら、嘘を付いていると思われるのが関の山。


「詰んでるな……」

 身も心もすべてが頂点に達した。

「帆野さん、まだわかりません」


 粗里が慰めるが、落ち着くどころか焦りがあふれ出す。

「明白じゃないですか! 疑ってます。こんな状況で動けるはずがない!」

「それでも、動くしかない」

 突然浅霧が声を上げ、反射的に立ち上がった背中に視線を向けた。


「誓ったでしょう? 助けるって」

 浅霧をずっと見つめるも、振り返ることはない。

「連絡を待ちましょう」

「連絡?」

 聞き返したが、浅霧は答えることなく座ってしまった。

「録画映像です。足取りですよ。死体さえ見つかれば、こちらの勝ちですから」


 代わりと言わんばかりに粗里が答えた。帆野の耳元に近づく。

「喧嘩しました?」

「はい」

「私から言っておきます」

「別にいいですよ。ずっとあんな感じですし」

「任せてください」

 粗里に視線を向けると、ニコっと微笑んだ。どうやら本当になぐさめる方法があるらしい。


 混乱する中で、視界が膨張するように広がっている感覚を抱き、自身の席に座って頭を支えた。

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