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第九話 呪い

 現在、夜の九時を周る。夕飯の支度を、二階の廊下で小説を読んで待っていた。


 夕食を作っている間に、浅霧は死神に掛ける罠と、予知ビデオの霊視をするために出かけた。その前に、浅霧のパソコンにコピーし、万が一にも死が早まるといけないので、なにかあったらすぐに対処できるよう二階の廊下にいた。


 愛実の過保護というのはかなりの物らしい。

 夕飯の支度をしているというのに、階段を上がって香奈の部屋に入っては、階段を降り。


 心配して入っているのは理解できるのだが、香奈の怒鳴り声が聞こえるたびに案じてしまう。鬱陶しくて露わにしているのだろうが、口に出すことははばかれると思い、気持ちをぐっとこらえてそのまま本を読み続けた。


 取った小説も面白かったため、退屈でもない。あっという間に時間が過ぎていくと、浅霧が帰ってくる。

「夕飯出来ましたー!」

 一階から愛実の声が聞こえたので、帆野はそれに答える。リビングの入口付近で、配膳を持った愛実とすれ違う。


 一階に入ったところで、リビングに向かおうとしている、レジ袋とビデオカメラを持った浅霧と出くわした。

「どうでした?」

「なにがですか?」


「ビデオです」

「あぁ、それは愛実さんが戻って来た時に話します」

「わかりました」


 二階から「いらない」と大きな声が響く。愛実に対しては歪な印象であったが、献身的に振舞う様子に少々気の毒にも感じた。そこから争った声に気を配り、リビングの食卓に並べられている料理の前に立つ。


 争った声はしないため、少しばかり安心する中、ほどなくして愛実が二階から戻る。料理だけ卓に並べられていたので、我慢も限界に達していた。


「どうぞ、掛けてください」

 ようやく食べられることに最高の喜びを感じたが、冷静になって「いただきます」を忘れずに行動する。


「ん-、これめっちゃうまいです!」

 ほとんど勢いで口に放り込むような汚い食べ方になってしまったが、愛実は満面の笑みを見せてくれた。


「ビデオはどうでした?」

 至福のひと時を遮るようにして、浅霧が声を掛けてきた。多少の焦燥感はあったが、ぐっと堪えてしっかりと応対する。早速本題に入る。


「ああいう映像ですから、浅霧さんが、霊能者にビデオを持って行ったんですね」

 さすがに、barのマスターに紹介してもらったとはいえない。

「ええ」

 愛実に向けた言葉は、しっかりと届いている。


「で、俺は俺で映像を確認しようと思ってたんで、あらかじめコピーしたビデオを開いたんです」

「なにか変化ありました?」

「文字化けは確認できましたけど、そっちの方は一切更新がなかったんですよ」

「えぇ? ってことは、ビデオがいけないんですか?」


「かもしれません。事務所で愛実さんがお手洗いに行ってるとき、浅霧さんが事務所で撮ったんですけど、そのデータも更新されてて」

「怖いですね……」

「更新されてなかったってことは、データ自体が悪いわけじゃないんですね」

 浅霧が言った。それに頷いて答えた。


「私の方の成果なんですけど、映像に霊的なものは感じなかったそうです」

 続けた浅霧の言葉に、少しばかり狼狽した。愛実も驚きを隠せないでいる。当然だ。こんな不可解なことがあって、なんの霊現象でもないというのは納得しろという方が無理に近い。


 帆野自身も、あらゆることが起きて霊現象に近いと、そう思っていた。しかし、そうなると最初から疑っていた、愛実が作った偽物といういう説に深みが増すというもの。


「そんな! おかしいじゃないですか! あんな映像が普通だっていうんですか?」

「そうなると、やっぱり、偽物……?」

「だから、そんなことしてません!」

「待って!」


 この場を制止するかの如く、浅霧が言い放つ。

「私自身、カメラかなとは思っていたんですけど、どうやらSDカードが悪いようなんです」

「SDカード?」

 愛実がオウム返しをした。

「はい、SDカードに強い霊気を感じるって。しかも、香奈さんの」


「香奈さんの?」

 今度は、帆野が聞き返す。香奈の声をはっきりと聞いたはず。

(生霊ってことか? まぁ、あんだけ言い争ってたわけだしな)

「姉がなんで人のことを呪わなくちゃいけないんですか! 自分の死ぬ映像ですよ? おかしいじゃないですか! 明らかに矛盾してます!」


「わかりません。消されたデータの中に、なにか大切なものでも入ってる可能性もあります」

 浅霧がそう口にすると、愛実は急に黙ってしまった。

「なにか、心当たりでもあるんですか?」

「なんで私が、姉の大切な記録を消すんですか? お二人は考えられると思うんですか?」

 これ以上、会話を続けると浅霧がどんな態度を取るかわからないため、「思いません」といち早く答える。


「喧嘩するほど仲がいい。この耳で聞いてるからわかります」

「わかってくださいますか?」

「もちろんです」

 熱気があった空気感とは一転して、静かな雰囲気が漂う。


 それ以降、会話をすることなく、黙々と夕飯を食べた。

 焦ったばかりに、以前抱いていた疑念をもう一度口に出してしまった事で、申し訳なさからさすがに片付けはと思い、帆野はせめてもの気持ちで皿を台所へと持っていく。


 皿洗いもしようと思ったが、そこはやはり断られた。恩義の気持ちも返せず、泣く泣く台所から出るが、浅霧はリビングにいなかった。


 そこで、ふと思い出す。帆野自身が読んでいた小説を手元に置いたこと。テーブルに置いてある小説を手にして、隣の部屋へと向かった。すると、そこには浅霧がノートパソコンを前にして座っていた。


「なにしてるんですか?」 

 そう声を掛けると、体を曲げて帆野を見遣る。

「すごいですよ」


 左側の壁に背中を付けている焦点を合わせ、デスクトップに体を戻した浅霧を後目に写る。

 向かっている最中、停止していた動画が肩と頭の間から覗かせるようにして、視界に侵入する。思わず足を止めてしまった。


 なにやら映像がおかしい。意表を突いたものがそこに写っており、理解も追いついてない。食いるようにしてそちらに向かう。


 再生バーを零分に戻すと、カーテンに向けられていた香奈の部屋から一変して、何者かがカメラと三脚をカーテン後ろに移動させられ、御札を張られた扉が見えるようにしていた。のちに、浅霧の姿が映る。


 ボソボソと聞こえていた声が、徐々に大きくなっていく。これは、帆野の声だ。

「落ち着いて下さい」

 そばには香奈がいるのだろうが、彼女はなにも答えることはしない。


 浅霧は、入口に鈴をばら撒き、赤外線センサーをふちに挟んで設置して、布団を広げて持ち、しめ縄は腕に引っ掛けて右側に待機した。


 やがて、半ば介抱するかの如く、帆野と香奈が二人三脚のようにして、部屋に千鳥足さながらで入る。歩く時に鈴に触れ、センサーが反応して音が鳴り響いた。


 無我夢中の様子でガッと包丁を手に持った腕を握りしめ、止めるつもりが、半ばテーブルに座らせる流れになってしまう。浅霧が部屋の扉を閉め、すべての準備が整う。


「もう嫌だ。ずっと首を絞めてくる。呪ってやる。恨んでやる!」

「なに言ってるんですか!」

 と、必死に抵抗されるも、帆野が必死にナイフを握った右手に抗う。左手で背中を殴られもしているが、それでもその手を一切離さなかった。


 その二人に意識がどうしても奪われてしまうその時、鈴の音とセンサーの音が、声に紛れて主張した。気が付けば扉も開いている。合図とともに、浅霧が布団を被せた。


 確実になにかを捕らえ、その場で二人が倒れ掛かる。香奈の背中で陰になり、浅霧とその犯人の姿が消えてしまうが、バタバタとやり合っている様子は辛うじて把握できる。


「手伝って下さい!」

「無理ですよ!」

「離して! 死なせて!」

 そんな中、浅霧が壁際に吹っ飛ぶ。布団を勢いよくまくれられ、やがて香奈は倒れた。

「愛実さん? 愛実さん!」


 画面にはただ事実を伝えるべく、三角形が中央に映し出されていた。

 なにも言葉が出ない。なにからなにまで映像が変わっている。浅霧の買い出しが、映像のすべてを変えた。


「浅霧さん……」

「失敗するみたいですね」

「そうですね。考え直さないと……」

 そうは言っても、驚きと戸惑いの感情がい交ぜになって混乱しているため、考えようにも考えられない。


 軽く言ってみたものの、これ以上のものなど出てくるというのだろうか。浅霧が取り押さえ、帆野が自分で終わらせないようと阻止する。無駄な余地はどこにもない。


「私と帆野さん、入れ替わりますか?」

「え?」

「もう十時を周ってます。流石に案を練り直して、買い出しに行くのも無理があると思います。せめて、帆野さんがやってくれた方がまだ……」


 その言葉が、逆らう気持ちが率先して右から左へと流れていく。頭の中には、なんとか案を絞り出そうとしていたが、それはもう堂々めぐりと言ってもいい。

「不安な気持ちもわかります。これが限界です」


「……そうしましょう」

 言葉を振り絞っても、こう答える他ない。最善の策さえも思いつかなく、今にも絶望に心が押し潰されそうだった。


 頭がズキズキすることを感じながら、事務所で撮った映像を開く。雑音にノイズだらけ。もう既に、映像としての役目を終えていた。

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