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第八話 捕まえる方法

「ほんとですね」

「中、見ますか?」

「はい」


 カーソルを持っていき、クリックする。暗転した画面に二人の顔が映っている。隣からの熱も感じるが、なにより画面に反射した様子を見て、少しばかり緊張してしまう。


 反射的に横顔に目を遣り、少し顔を離してしまう。すると、浅霧は気にしたのか、こちらを見て体を引いた。

「ごめんなさい、嫌で避けたわけじゃなくて……」


 やはり、自身に起きる現象について気にしていたのだろう。これ以上、口にすることは出来ない。好意があるというレベルではないが、会って日が浅い異性であるので、距離感を意識してしまった。


 椅子をずらして場所を作ると、中腰で隣に来た。

 画面はもう表示されていた。映像は、貝塚が席に座って、なにかを呟いている部分。未だ、そこは謎に包まれているらしい。以前の順序通り、力が抜けるように倒れる。


 ここまではなにも変化がない。あともう少しで動画が終わる。更新があるから、さすがに変化があるはず。それとも、単なる偶然でなにもないのか。


 その時、部屋の薄暗さの中に、なにかが揺らめいている影がある。見間違いなのか、そんな疑いがかかるくらい微弱なものではある。


「今の、変じゃないですか?」

「そうですね」

「うーん……」

「前に見てて疑いもしなかったんですから、間違いないと思います」

「まぁ、確かに、そうですね」


 もう一度、巻き戻して再生する。確かに、微弱ながらに変化がある。思い違いのような、気のせいというわけではないが、“なにか変化がある”という見方をすればそんな風に見えなくもない。


「なんでしょうね」

 浅霧が言った。

「犯人とか? まだ写ってないだけで」

「幽霊じゃなくて?」

「はい」

「とすると、犯人はまだ写ってないだけで、誰かが襲いに来る……?」


「しか、考えられないんじゃありません?」

「未来の映像が取られているのに?」

「まぁ、そこが心霊現象的なものだったとしても、だからといって、間じゃない存在が襲ってこないとは、言い切れないと思います」


「うーん、でも、今のところ幽霊だっていう方がありそうですね。まぁ、もうちょっと時間が経てばわかるかもしれません」 

 先ほどまで、透明人間の説を推していたというのに。恐らく、透明人間に影は映らないとでも思ったのか、幽霊説に考え方を変えたのだろう。


「気持ちは、わからなくないですけどね。まぁ、あくまで可能性ってレベルですけど。どのみち、警護も意味あるんじゃありません? 幽霊相手にどうやって守ればいいんですか?」


 と、そんな疑問を口にした時、ふと“警護に当たってくれ”と頼んだ愛実の希望がわかった。そんなことを考えもしなかったが、襲われる理由の検討が付いていたからこそ、この動画に疑いを持たなかったのではないか、そんな可能性を考えた。


 帆野が調査に当たったことの発端。最初から浅霧の説を否定するだけではなく、検証していればもっと早めに愛実に聞けたかもしれない。


「どうしたんですか?」

 先ほど、考えたことを話す。

「聞いてみればいいんじゃないでしょうか?」


 反応が鈍いことからして、やはり幽霊説を推しているのだろう。結論が早すぎる、という気持ちもある。それは置いておき、鈍い浅霧を後目に、愛実の元へと向かう。


「浅霧さんは、どうするんですか?」

「私は、自分で撮ったやつを見ます」

 すでに座っていた浅霧は、腰を曲げて帆野に向いた。

(あ、あぁ、なるほど……)

「わかりました」

 早々と、愛実の元へと向かう。


(えぇっと、階段上がって向かいの部屋だよな)

 目の前にある扉をノックする。

「すみません、帆野です。聞きたいことがあるんですけど、よろしいですか?」

「はい」

 声が聞こえたのは隣の部屋からだった。

(勘違いしてた)

 愛実が中から出る。


「すみません、間違えました」

「あぁ、いえいえ。大丈夫です」

「質問なんですけど、最近、トラブルのようなことはありませんでした?」

「はい?」

「もしかしたら、誰かが襲いに来るのかと」


「トラブルはありません。姉は引きこもっているので、外にも出てないですし」

「不審な人物を見たとかは……」

「だから……あ、そういえば、変な人がいたような。二週間くらい前の話なんですけど」

「え?」


「男の人、じゃないですかね。フード被って長袖長ズボンっていう。夏場なのに。こっちを見ているような気がして、異様だったの覚えてます。


 でも、結構前ですし、ストーカーかもと思ったんですけど、つけられてる気配もないし、カーテンから外を覗いてもいたことはありません。一度きりだったので、まぁ、たまたまなのかもしれないと」


 恐らく、例の“顔がない男”。浅霧が“関係があるかもしれない”と、言っていたことが当たりだろう。

 “なにもなく倒れる”というのも、単なる偶然の悪戯と捉えず、この質問を予めしていれば、もっと力みが入ったというもの。


(今更、後悔しても遅いか)

「ありがとうございました」

 お礼を言って、浅霧の元へ戻った。


「睨んだ通りです」

 と、浅霧に伝える。

「人間だった?」

 同様に、体をひねって帆野に向く。

「ああ、ではなくて、透明人間の」

「あっちと一緒だったんだ」


「そうですね。彼女が狙われてます」

「うーん、どう捕まえましょうか」

 しばらく、案を絞ってみる。

「……蛍光スプレーとか? ペイント系のスプレーくらいしか、思いつかなくて」


「玄関入ってきたときにしますか?」

「まぁ、それもいいですね。でも、すり抜けられたらどうするんです? 扉とか」


「幽霊じゃなかったら大丈夫じゃないですか?」

「SFじみたものだったらわからなくはないですけど、こんな異例中の異例が起きてるんですから、変な能力持っててすり抜けるとかないですか? どうにも不安なんですよね」


「まぁ、確かにそうかもしれないですね」

「……どうした方が良いですかね?」

「でしたら、すり抜けて入ってきたように、踏んだら音がするなにかを家にばらまくとかどうでしょう?」


「あ、というか、玄関ってそもそも鍵持ってないと中入れないですよね。どうやって入るつもりなんでしょう」

「さぁ」

「さぁって……」


「まぁとりあえず、はっきりしないことは、はっきりしないままで。入ってこられなければ襲われる心配はないですし、入ってこれれば今あげたような案で阻止すればいい」


 浅霧の漠然としたものに対しての、不安は感じないのだろうか。少々、落ち着きすぎているところも、行きすぎれば依頼者の身に危険が及ぶ。さすがに、ここは曖昧では許されないような気がした帆野は、思い切って指摘する。


「入ってこられなかった場合、俺らがいないときに襲いに来るかもしれませんよ? 捕まえなければ、意味がありません」


「そうですけど、手掛かりが少ないのであれば、行動しようもないです。やみくもに突っ込んだところで、こちらの動きが悟られてしまいます。なので、わかってることから始めましょう。気ばかり焦っても、すり減ってしまいますよ」


 なにも言い返す言葉が見つからなかった。

「手順はどうしますか?」

 と、浅霧が聞いた。

「……さっきあげたくらいしか」

「わかりました」

 浅霧が言うと、唸ってしばらく考え込む。


「では、こうしましょう。二階のお姉さんの部屋に、大量の鈴をばら撒く。私たちは二階の部屋で待機して、扉を閉じておく。それこそ、悪霊に利きそうなお札でも、部屋に貼り付けておきましょうか。


 扉があいたタイミングで布団を掛け、逃げ出さないようにしめ縄でも用意しましょう。幽霊なら入ってこれないでしょうし、透明人間なら掛けて包めたりすれば、捕まえられると思います」


「な、なるほど……赤外線センサーとか、あ、でも……」

 赤外線センサーなどはどうだろうと思ったのだが、透明でも有効という保証はわからない。しかし、そうはいっても宙に浮かないという保証もどこにもないではないか。

「どうしました?」


「赤外線センサーとか、あった方が良いんじゃないかと思ったんですけど、透明人間が反応するかどうか……鈴では、大きくまたいで済んでしまいそうな気がするので」


「では、両方つけましょう。赤外線センサーを腰の位置までにして、鈴をばら撒きましょう」

「そうしましょうか。あ、あと、一階の窓とか、玄関とかは良いんですか?」


「それは、映像では香奈さんの部屋で亡くなってるんで、大丈夫かと思いますよ。たぶん、二階からは聞き取りにくいですし」

「確かに……」

 すると、ノックがこの部屋に鳴り響く。扉に視線を向けると、愛実が顔を覗かせた。

「お昼、どうしますか? 皆さん、お腹すいたでしょう?」


 用意してもらうのに気が引けたので、「うーん」と言ったときに浅霧が声を発した。

「空きました」

「私が作りますので、お待ちください」

「いえ、さすがに悪いので、ピザかなんか頼みましょうよ」

「良いんです。ささやかなお礼です」

 と言って、部屋を後にした。

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