中の部屋は、入って右手にある扉、そして左手にあるスライド式の窓以外、丁度コの時のように壁に沿って本棚でなぞられていた。
別の部屋いけると思われる扉には、openと札が下げられ、スライド式の窓ガラスを通して見える庭、そこから眩い光が差し込んでいる。部屋の中央辺りの場所に、テーブルと椅子。様子からして本を読む空間ということだろう。
この部屋の空間や、家の外観を見て、親がどこで働いている人なのかとは気になりはしたが、直接聞くまでの気持ちは起きない。
読書は、趣味の一つではあるため、溢れるほど羨ましい。テーブルにノートパソコンを置いて、座るために椅子に腰を掛けた。
座ってみても、やはりこの光景はあまりにも心地が良い。エアコンが見当たらないのは気になりはしたが、右手扉近くにあるコンセントから延びる冷風機があるため、恐らくそれを頼りにしているのだろう。
と、そこでふと、隣のopenと札が下げられた部屋が気になった。裏側にひっくり返すと、closeの文字が。当然といえば当然だが、誰かの仕事場かなにかなのだろうか。
念のためにノックをして、いるかどうかを確認する。もし在宅していれば挨拶はするだろうから、返事がなかったのは想像に難くない。
本棚を見て回りたいが、その気持ちは抑えて、テーブルに戻り、送られてきたメール内部を見る。電話番号の並びからして固定電話だけらしい。流石にスマホとはいかないだろう。書いてある上から順に電話番号を打つ。
(えぇっと……なんて名乗ればいい? 初めてなのに、こんなの任せるか? 普通。平然といろいろ質問出来たのがまずかったかなぁ……)
浅霧に聞こうと隣の部屋に行くが、退屈している割にはテレビの音声がはっきりした。無音の空気が、あまり好みではないのだろうか。
「浅霧さん」
帆野を見遣り、テレビの音声を消した。
「どうしたの?」
「なんてかければいいのかと思って」
「うーん、ストーカーの相談を受けた探偵の者ですが、でいいんじゃないですか?」
「ありがとうございます」
(浅霧さんがやってくれないかな……)
ただ、丁寧に教えてくれたのは事実なので、礼を言う。あまりに見ない微笑みで返してくれた影響で、不満なことも遥か彼方へと消え去っていく。とりあえず、椅子に座って一息ついた。
被害者が子どもの場合は親が出るだろうが、植物状態になっているときに電話をかけ、もしストーカーの被害が受けていなかったとしたら。茶化したと捉えられてもおかしくない。しかし、迷っていても先に進まない。思い切って電話を掛ける。
——はい。
女性が出た。母親だろうか。
——突然のお電話失礼いたします。浅霧探偵事務所の帆野と申します。
——探偵? どのようなご用件で。
——男にストーカーされているって件でお話を伺いたいなと。
——ストーカー? なんの話をしてるんですか?
——聞いていませんか?
——聞いていません。
語句が強くなっており、どう思っているかはわからないが、どうやら癇に障ったようだ。
——間違いだったようです。申し訳ありません。
——いいえ。
——では。
「はぁ……」
(なんか一気に疲れたなぁ)
くよくよ考えても仕方がない。まだ一発目ではないか。
一度深呼吸をするも、心臓の高鳴りが緊張を伝えてくるが、くよくよしていると時だけが刻々と過ぎていくため、テンポを崩さず次の被害者宅へ電話する。
結果、十人と連絡をしたが、ストーカーを目撃したという人が六人だけだった。この差があるのは謎だが、とりあえず連絡は出来たため、浅霧に報告しに行く。
「ありがとうございました」
「浅霧さんがやってもよかったんじゃないですか?」
「初めてなのに、受け答えを率先してやってたから。ちょっとやらせてみたいなって思って」
「あぁ、やっぱり……依頼者に対しての質問ですか?」
「そうです」
「まぁ、あれは気になったから聞いただけで……」
「普通緊張するものじゃない?」
「しないと言ったら噓にはなりますね」
「でしょ? それでも出来てたんだから、すごいなぁって思ってました」
「あ、ありがとうございます」
一息ついたところで、テレビの画面が見える場所まで映る。ゾンビが出てくるホラー映画のようだ。
「良い趣味してますよ」
と、浅霧が楽しげに言った。
「好きなんですか?」
「わりと好きですよ。帆野さんは?」
「率先して見たことは、ありませんね」
「嫌いでもなければ、好きでもないって感じですか?」
「まぁ、そんなところです」
丁度CMに入り、リモコンを手に持って次のシーンまでカットする。
「あれ、録画してたやつだったんですね」
「そうです」
モヤッとしたことはあったが、これもまた口に出さず。一連の行動から見て、細かい気遣いはしない人なのだろう。
少しばかりではあるが、進展はあった。ある程度考察してもいい。それよりも、浅霧が事務所で撮った映像のことが気になった。
車内では確認できなかったため、どうにも後味が悪い。再び隣の部屋へ。他の物には目もくれず、映像ファイルまでカーソルを持っていく。
(あれ……)
映像の更新日を見たが、『未来に撮られた映像』と同じ更新日になっている。更新された時間と近い時間に撮ったのではないか? と、考えはしたが、数秒の単位まで同じなのは、不自然と言わざるを得ない。
他に映像をとったときに、それが影響するかどうかはわからないが、このSDカードに存在する映像は、全て更新されると考えてもいいだろう。すぐさま確認する。
別枠で開かれた映像は、真っ黒な画面を映し、反射してうっすらと帆野自身の顔が映る。一秒か二秒の待機後、事務所が映し出された。見えちゃったという帆野の発言からして、言葉に変化はない。
どんな恐怖映像が待ち受けているのかとドキドキしていたが、進めていっても、幽霊など映る気配すら感じない。
が、映像に黒い閃光のようなノイズが所々に入っている。目を凝らして、もう一度最初から再生するもノイズが入っているのみで、それ以上の変化はなかった。
安堵の息が漏れる。ノイズなのであればまだ安心できるというもの。幽霊など映っていようものなら、さすがに身の毛がよだつところだった。幽霊が映っていなければなにも問題ない。
(ノイズなんて頻繁に起きるしな。うん)
写真の時の手振れと同じだ。例えば、連写をしている中で、スイッチを押す指を離す前にいいやと思って腕を動かすのが少しばかりタイミングが早かった場合、多少の映像のブレれたり、残像のように取れたりする。
映像のウィンドを消して、一息つく。顔を手で拭うと、帆野の視界に二つの映像ファイルが更新されているのが見えた。
「え?」
つい一分前の事のようだ。十三時ぴったりの時刻である。部屋を飛び出すと、茫然とした表情で帆野を見遣る浅霧がいた。
「更新されてます」
なんのリアクションもせずにテレビを止めた。パソコンの元へと急ぐ。ほどなくして、浅霧は左側に中腰でパソコンに目を向けている。