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第五話 開始

 漆喰の壁で作られ、浅葱あさぎ色の屋根に、風見鶏が刺さった古風な家。誰の趣味だかは知らないが、落ち着きのある心地の良い外装だ。


 黒い塀で囲まれ、貝塚と書いてあるネームプレートの傍にある、満喫する時間も取らないままインターホンを鳴らす。


 事務所に訪れた主の声。両親が出ることもなかったようだ。浅霧と名乗ると、庭へと入る入口の扉が開き、石造りの地面を通って玄関へ。茶色の扉が開かれ、中から愛実の顔がのぞく。


「上がってください」

 中に入ると、正面にある階段は見え、左側に掛けられているのれんの先は、恐らくリビング。左手にある下駄箱の上底に造花が飾られ、その壁の側面に、宇宙のパズルが刺さった画鋲に掛けられている。


 愛実の背中を追って二階へ。上がって正面の部屋を左に曲がり、すぐにある二番目の部屋に三人で向かうと、愛実はノックをした。

「姉さん。この前話した件なんだけど。来てくださったよ」

 ノックの残像を感じられるほど、無音の世界が続く。


「ごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

 引きこもりだから、これくらい仕方ない。こちらとしても、想定していないわけでもなかったので、決して社交辞令ではない気遣いをした。しかし、しばらく無言の空間が続いたので、浅霧はリビングの場所を聞いている。


 少々がさつな態度に抵抗感を抱く。気を悪くしていないかと、愛実の様子が気になったが、変わりなく対応しているようだった。


 素直に受け取って不快に思われていない、と判断できるかは微妙だ。そのまま、リビングへと向かう。階段を下りて、右手に位置していた。


 入って正面にある、四人分の椅子とテーブルがあり、右手にキッチン。左手にテレビとソファー。今の位置から死角になっているところを除けば、固定電話が置かれていない。


 スマホが出て、携帯電話でネットが使えるようになった万能な時代に、固定電話はいらないのではないかと思ったことはあるのだが、案の定といったところか。


 愛実に「どうぞ」と言われたので、帆野と浅霧は椅子に腰を掛ける。そこはしっかりしているようだ。

(よくもまぁ、今まで怒られなかったな……)


 待っている間、愛実は飲み物を用意しているようだったが、浅霧は部屋の周囲を見渡していた。流石にあったばかりの人に細かいことを言えるはずもなく、気にしないようにしてキッチンの方に目を遣る。


 すでに二杯分の、色から推測して麦茶らしきものを持って、こちらに向かっている。ふと、姉の面倒も自分で見ているのかということを想像してしまった。


 両親の存在も気になる。それはそれとして、コップをそれぞれ二人の手元に置く。当然、用意したばかりだから結露していない透き通ったガラスだ。その時に愛実と目があったため、どうぞという意図が込められた微笑みを見る。自然の心が和んで、会釈で返した。


 愛実は、浅霧の正面に位置する椅子に腰を掛けると、「どうぞ」と声を掛ける。周囲を見ている浅霧に知らせているようにも感じられた。

「いただきます」

 コップを口元に持っていく。喉が渇いていたので丁度いい。やはり、麦茶だったようだ。


「この仕事は、なんで始めたんですか?」

 愛実の質問に反応して、コップに向けられた視線を戻すが、視線が合わない。浅霧に聞いているようだ。意外にも興味を持たれているらしい。なんだか妙に嫉妬して、気を紛らわすように麦茶をさらに飲む。


 昨日、事務所で話してくれたような、一回のbarのマスターとの関わりを話した。

「あ、そうだったんですね。電話して繋がったのは良いんですけど、いざ訪れてみると看板がないもので、少々不安になって」


「やっぱり、作った方が良いですか?」

「だと思います」

「元々、お客さんからの相談がなければなにもしないので、良いかと思ってたんですが」

「だとしても、あった方が」

「参考にさせていただきます」


 と、それから身の上話が続くこともなく話が途絶え、秒針が聞こえてきそうなくらい淡々と時が流れていた。愛実はしきりに、二階の方へと視線を向ける。


「すみません。ちょっと待ってくださいね」

 様子を見に、席を立ちあがった。

「アルバイトでもしてるんですか?」

「一応、ですね。といっても私自身、お酒は飲みません。基本的に話を聞くか、なにか食べたい注文があった時に配膳するとか、片付けとか、そんな感じです」


「へぇ、なにか作れるの?」

「マスターが。その間、後ろに下がってるから、私がカウンターで立ってますね」

 立っているだけというのも、中々しんどい気もしてきた。話しかけられれば良いのだが、その空気に耐えられるだろうか、と自分が仕事をしないのに考えてしまう。


 ふと、浅霧の現象を思い出す。誰かに避けられるという。

「その、避けられるって話をしてたじゃないですか、それ……」


「まぁ、その辺は仕方ありません。慣れっこです」

「慣れっこって……」


 そうは言われても、奇妙な能力も帆野自身も持っているため、その苦労は身にしみてわかる。強がり言ってる可能性はあるが、これ以上無駄に心配してもしつこいだけだろう。


 話が途切れたくらいで、二階から降りてきた。愛実と瓜二つであるのに、顔つきや目元、雰囲気などからどことなく違った人間のように感じた。姉の香奈なのだろうか。


「帰って。なに言われたか知らないけど」

 愛実の対応とは対照的だ。高圧的というか、敵対心があるというか。強引に挨拶に行けとでも言ったのだろうか。


「そう言われましても……」

「愛実がでっちあげたんじゃないの? そうは思わないわけ?」

 言葉から察するに、姉に相談しているようだ。

 建前でもいいから考えたという旨を伝えようとした矢先、浅霧は迷いなく「はい」と答える。


「じゃあ、勝手にして。最近、全然寝れてなくて。いちいち起こされてもたまったもんじゃない」

「妹さんに言っておきます」

「まぁ、聞けばありがたいんだけど」


 二階へ戻る。きつく当たられたもののわかってくれたのだろうと、少しばかり安心した。言い方は悪いが、家族以外とコミュニケーションを取っていないのだから、多少は致し方ないのかもしれない。


「まぁ、勝手にしろって言われたので、勝手にしましょうか」

 なにやら、浅霧の言葉が喧嘩腰のように感じた。直接的なものに関しては、耐え難いなにかがあるのだろう。否定や同情もすることなく、事なきを得ようと口を出さずに「そうですね」と軽く答える。ほどなくして、階段から下りる足音が響いた。


「姉が失礼いたしました」

 帆野が大丈夫な旨を伝えようと口にした時、「はい。帰ってと言われました」と丁度同じタイミングで逆の対応を浅霧がする。わざわざストレートに伝える必要もないだろう。


「ほんとにすみません……」

「でも、帰りませんので、心配しないでください。起きると思うので」


 愛実は、ホッとした様子でお礼をした。出来るだけ近くにいたいということで、先に部屋へと戻る。くつろいで良いとの許可をもらったのはいいが、どうにも落ち着かなかない。


 汚してしまってはともと思うし、だからと言って、このまま茫然としているわけにもいかない。だが、浅霧は言われた言葉をそのまま受け取り、部屋を見回っている。途中で足を止め、スマホを見た。


 しばらくして、こちらに見遣る。

「霊能者の人、夜の八時半頃になっちゃうらしいです」

「今日ですか?」

「はい」

 浅霧は、先ほど座っていたテーブルを表面にして、後ろ側にあるテレビの正面にあるソファーに腰を掛けた。

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