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第四話 車内

 車で貝塚家へと向かうことになった。浅霧の事務所から数分のところにある、借りているパーキングエリアに向かい、灰色の車に乗る。


 車内の装飾はこれといってないが、乗ったことがある人ならわかるであろう独特の臭いは、柑橘系のなにかを使ってかき消している。


 帆野は助手席に乗って、出発する。会話も特になく、そこからの風景を楽しんでいた。とはいっても、現状は周りに建物が広がっているだけだ。


 左に曲がった後、右に曲がり、交通が多い道路へと出る。

 先ほど、スマホでカーナビのアプリを使用していたが、ここから約十五分ほどの距離にあるらしい。そこまで遠くないように感じる。電車を使っても、多く見積もっても三十分ほどだろうか。


 現在、赤信号で止まってる周囲は、焼き鳥屋、電気屋や歩道橋と見えている。

「愛実さん、扉の音が入っていたことに驚いてましたね」


 突然、浅霧がそんなことを口にした。

「あー、そんなこと言ってましたね。気にならないわけじゃないですけど」

「最初は聞こえなかったんだけど、今日になって聞こえた。たぶん、そんな意味合いでしょう。更新履歴と関わってるかもしれません」


「なるほど……ってことは、これからも音が増えていく?」

「はい」

「ただ、やっぱり俺としては、愛実さんが映像をいじったっていうような気がするんですよね」

「そういう可能性もありますね」


 早海の件や、この貝塚愛実のビデオの事情聴取からしても、とりあえず相手の言っていることを信じるというスタンスなのだろうか。


 あまりに超常現象を鵜呑みにし過ぎている気がしていた。騙されたことはないのだろうか、と少しばかり心配になる。


「それに、浅霧さんが言ってた、あの事件に関係するかもしれないっていうのは……」

「そうそう、あの映像を見た時に、なにもせず倒れたって言うのが気になりまして」

「でも、それだけでは……」


「違ってたら、後でまた考えますよ」

 少しばかり、心にしこりを感じた。別の話に切り替える。

「そういえば、なんでカメラが気になったんですか?」


「どうして撮られたのかなぁって。カメラが原因だったら、なにかあると思ったんですけど、実際に撮ってみても異常はなかったので」

「まぁ確かに、未来で撮られた映像ってわけですからね。映像といい植物人間といい、なんでこうも変なことが」


 真っ向から反対の立場をとるのも悪いとは思ったが、それに浅霧はなにも応答しなかった。

 信号待ちのところで、浅霧のバッグからパソコンとカメラを取り出し、こちらに渡してくる。


「もう一回確認してみてください」

「え? あ、あぁ……」

 カメラからSDカードを取り出して、パソコンに挿入すると同時に、もう一方の手ではパソコンの電源を済ませていた。


「すみません、パスワード」

 聞くのに気が引けたが、運転している最中なので致し方ない。しかし、躊躇いという間を一切感じさせないスピードで回答する。


 人が良いのかなんなのか。多少の引き目を感じながら、パスワードを入力。

(信用してくれるのは嬉しいけど、なんだかなぁ)


 抵抗感がありながらも、ファイルからSDカードを読み込んだ。題名は文字化けしていない。コピーした時に発生するのだろうか。


 中には映像ファイルが二つ。一つは、未来に撮られたという映像。もう一つは、先ほど事務所で浅霧が撮った映像。前者の更新日時を見てみると、日付は今日になっていたが、時刻が十一時に変わっていた。


(まさか……)

 心臓の起動が早くなるのがわかる。浅霧の推測が当たっているとでもいうのだろうか。好奇心というよりも、その不思議な現象に楽しめることも出来ないまま、映像ファイルを開いた。


 わかりやすいよう、すぐさまパソコンの音量を半分以上にまで上げる。汚い部屋は相変わらず、光の差し込み方の細かいところに至るまで、なにもない。


 未だ緩むことのない緊張の中、タッとなにか音が入っている。他は無音だから、余計にその小さな音が目立っていた。

(ん?)


 もう一度、巻き戻して確認してみる。タッタッタ、と一定間隔でどんどん音量が増していっている。聞いている限り、誰の足音だろうか。頭の中で復習する限り、この部屋で自殺をする予定の女性の足音であろう。

「それ、足音ですよね?」

「だと思います」


 女性が部屋に入ってきたのだが、やはり不思議なことに、カメラの真後ろにある扉の音は微塵も入っていない。わずかな足音が聞こえるというのに。これはあまりに不自然極まりない。


 神経を研ぎ澄ませているが、倒れるところまでなにも変化がない。ただ、倒れた後、また足音が聞こえる。


 てっきり口元が動いていたので、その音声が入っているのかと期待はしていたのだが、予想もしていないところだった。

「愛実さんが倒れた後でも、足音が聞こえてます」

「誰もいないんですか?」


「いません」

「透明人間がいたのかもしれません」

 一応確認のため、付近にまで戻して再生する。こちらもしっかりと聞き取れる。扉が少しばかり、動いたような気がした。それの確認のために、再びまた繰り返す。


「扉も少しばかり、動いてますね……ってことはやっぱり、誰かが入ってきている」

「そうだと思います」

「音声もあるんだから、映像も増えるってこともあるんでしょうか?」

「あるかもしれないですね」


 ふと、事務所で撮った映像にもなにかあるのではないかと思い、確認しようとカーソルを持っていく。クリックするまであともう少しというところで、車が別のコインパーキングへと止まった。どうやら、貝塚家の近くまで来たらしい。


 浅霧にパソコンとビデオを返して、力を入れないとしっかり閉まらない、車の扉を叩きつけた。

「ありがとう。このビデオ……霊能者の人に、鑑定をお願いしてみようと思います。なにかわかるかもしれないので」

「わかりました」


 浅霧がスマホをいじり、耳に当てる。相手は、粗里のようだ。電話が終わるまで、暇つぶしに辺りを見回した。


 正面にイチョウの木が見える。傍にガードレールがあり、近くに何本も植えられている。住宅街の中で木が多少なりともあるので、住みやすい環境といったところか。薄く曇りがかっており、快晴の空ほど眩しくない太陽が照らす中、風が吹いて葉がこすれる。


「行きましょう」

 ズボンのポケットに手を突っ込んで、浅霧と共に歩を進めた。

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