そう言われて、試しにファイルの日付を確認する。しかし、想像する愛実の気持ちに反して、今日の七時ぴったりになっている。
より一層、なにかしらの編集を施して、この未来の日付が加えられたのかもしれない、と疑いが強くなった。当然、それを愛実に問う。
「そんなはずは」
そう言って、強引に自身へと画面を向ける。
「編集なんかしてません! 私の部屋の前にカメラが落ちていたものですから、それを拾って映像を見たんです。
信じてください! 私は、そんなことできません! そもそも、友人にメールで送ったんですよ? じゃあ、私の友人がいじったとでもいうんですか?」
訝しげに浅霧に見遣るが、本人はとりあえず信じているのだろう。
「わかりました。信じます。最初から、話を聞かせてくれませんか?」
と、浅霧が答えると、安心したのか、前のめりになった体を元に戻した。
「えぇっと、夜寝る前だったんですけど、部屋に戻ろうとしたら、突然床にカメラがあって……すごく怖くなって。その後、友人に見てもらいたくて、パソコンにファイルを起こしたんです。それを送って。
その映像ファイルを見ようとしたら、友人が動画の名前自体が文字化けしてたって言ってて。で、なりすましでウィルス送ったんじゃないかって心配してきたんです。
一度、私に確認の電話が来たので、確かです。私が送ったことを確認出来たから、見てもらったんですけど。
そしたら、私の友人が”barで変な事件を扱ってる人がいる”って聞いたから、こうして連絡してみたんです」
(文字化け……)
文字化けという事実もまた、重なって異様だと思う。なんらかのバグが発生してるとも言える。ともあれ、ここに訪ねてきた流れとしては、特別変わって不自然に感じなかった。
「そういう経緯だったんですね」
浅霧が頷く。
(だとすると)
もうこれは、怪奇的な案件と考えるのが必然だろう。そう思いはしたが、心にまだ抵抗感はある。編集されたという可能性が、どうもぬぐい切れない。
「ビデオって見れますか?」
と、浅霧が問う。
「カメラですか?」
「はい」
「えっと……」
一応は持ってきていたみたいだ。それはそうかもしれない。自分の部屋の前に落ちていたカメラとなれば、お祓いの意図があるかは知らないが、持ち込んで安心したくなるのも理解できる。茶色のしっかりとした皮のバックを
「すみません、お手洗いをお借りしてもよろしいですか?」
「どうぞ。出て右側の扉にあります」
愛実が立ち上がったその時だった。愛実の声につられて目を遣っていた帆野の視界に、先ほどの映像にあった死だろうか、それが映ったのだ。
終わると同時に目の辛さを覚え、ほぐすように瞬きを繰り返し、目頭を強く押さえる。脱力した背にそのまま身を任せた。
予想もしない自体の中、浅霧はカメラに夢中らしい。目の前を撮影している。
「浅霧さん」
「どうしたの?」
「見えちゃった」
「え?」
浅霧と目が合う。
「貝塚愛実さんが?」
「でも、映像ではお姉さんなんですよね?」
「そうですけど、見えた以上は、妹さんってことになりますよね」
「そう、ですね……」
双子であるために見分けがつかないため、愛実に姉と言われてすっかり、姉の香奈であると思ってしまった。しかし、あの映像の、身なりの乱れっぷりは、同一人物とは到底思えない。
仮に同一人物だと仮定した場合、この部屋は愛実の部屋ということになる。しかし、ではなぜ自分の部屋と言わず、姉の香奈と言ったのだろうか。
嘘を付いたにしては、何故嘘を付く必要があるのか。単純な間違いというのはあり得ない。何十年とずっと過ごしてきた部屋だろうから。引っ越したばかりであったとしても、さすがに間違えることはないだろう。
巡らせていた思考に浸っていた意識が、ビデオカメラを閉じた音で現実に戻された。
「特に異変はありませんでした」
(なんのことだ?)
浅霧が帆野に顔を向けて、しばらくしてからパソコンへ戻し、SDカードを挿入。
(カメラのことか)
「そうですか。じゃあほんと、なんで撮れたんでしょう」
「うーん、怪奇現象じゃないですか? 考えても仕方ないですよ」
「それでいいんですか」
「それよりも、どう助けるかを考えなくてはならないですね。例の男が現れるかもしれないですし」
「そうですね」
とは言ったものの、どうも落ち着かない。本当にそう判断してもいいのだろうか。そんな単純な話なのだろうか。
すると、トイレから帰ってきた貝塚がソファーに座る。
「なにかわかりました?」
「こちらの方で調査させていただきたいので、カメラをお預かりしてもよろしいですか?」
「それじゃあ……」
「そういうことになりますね。もちろん、私達が見張っておきますので」
ホッとしたのか、強張っていた顔が緩んだ。
「ありがとうございます」
深く頭を下げた。
「では、早速よろしいですか?」
「え?」
不意を突かれたのか、帆野とは反対に浅霧は驚いている。
「えって、警護です」
「警護、ですか?」
予告では明日であるはずだが、今日起きるかもしれない。死ぬという事実だけを切り取ってみれば、不安に思う気持ちを理解できたが、浅霧は映像の時間を信じ切っているらしい。
自身の能力は、経験上から言って明日であることはほぼ間違いなのだが、その説明をするわけにもいかなければ、したところで信じてもらえるかどうかも怪しい。
「いやいや、その時間の通りだと思いますか?」
「はい」
「素直に受け取ってもいいんでしょうか。私としては、死ぬってことが分かった以上、時間通りと受け取れないんです。
もしですよ? 仮に、なにか気が触れて自殺が早まったとしたら……私一人で阻止できるかどうか。一人でも多くいてほしい。どうかお願いです。お金は出しますから」
浅霧と顔を見合わせる。帆野は抵抗感なく了解するのだが、浅霧は素直に受け取るだろうか。
「二十万ほどでどうでしょう?」
どうやら、具体的な料金を聞いてないから動かないと思われたらしい。が、少々この金額は弾みすぎではないだろうか。
「いや、ちょっと、多すぎじゃないですかね? さすがに私としては、受け取るのに少々気が引けるというか……」
気が引けた気持ちをそのまま口にする。
「助けていただくんですから、安いくらいです」
まさか、数十万にも及ぶとは思いもしなかった。これでは、逆にプレッシャーがかかってしまう。確実に助けられるという保証はない。もちろん、金額で弱気になるほどであるのならば、人の命など預かるものではないが、そうは言っても。
一応、助けられなかったときの保険を掛けておくべきか、そんな汚い発想が頭の中を過った。と言っても、ろくなものが思いつかない。