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第三話 予知ビデオ 前編

 翌日。朝十時頃。

 浅霧からつい先ほど、ロードで連絡が来たため、身支度を済ませていた。クローゼットから私服を取り出し、寝間着から着替えている。


 浅霧の家で経緯を聞いたあの後、まずは被害者宅の情報と、ストーカーがいなかったか、など聞き込みをしたいと相談し、ロードで連絡先を交換していた。


――植物人間絡みの事件かもしれないので、事務所に来てください。

――了解しました。すぐ向かいます。

 早起きとは言えないものの健康的な生活を自負していたため、急な連絡と言えど、特に支障もなかった。朝風呂や歯磨き等は済んでいたので、そのまま家を後にする。


    ・  ・  ・


 (確か……上だったよな)

 建物前に到着したものの名前すら書いておらず、一階は朝でもシャッターが閉じられていた。玄関が窪んでいて、そこに店名でも書いてあるのだろうか。


 外装は白塗り、二階へ上がる鉄製の階段は黒塗り。扉は、一部屋しかついていないので、アパートというわけではない。


 一度来たとは言え、迷う可能性も考えられるので、スマホのマップアプリを使用してここまで来たのだが、遅れていないだろうか。


 スニーカーでも上がるのがわかる、鉄の響きを背後に、網目でモザイク使用のガラスが入った鉄の扉の前に立つ。


 インターホンを押すと、何故かロードで入るよう返事が来た。早速、家に上がらせてもらう。突き当り正面に壁。左に折れた通路を進むと、玄関近く左手に扉と、突き当り正面に扉があった。


 そこまで突き進み、右手にある扉を開ける。

 横長の広い1LDKの部屋。右側奥に三連の引き戸があるところを見ると、そちらが一部屋らしい。それに添えられるようスタッキングシェルフ、近くに円形のカーペットとテレビと台、そしてL字型のソファー。


 カーペットの頭上にシーリングファンライトがあり、また左側には、帆野と浅霧が会話したソファーとテーブルがある。


 すでに依頼者と思われる女性——貝塚かいづか愛実まなみと、浅霧が座っていた。丁度その時、帆野の視線に気づいた女性が、軽く会釈での挨拶を交わす。


 右側の一室は恐らく、一見した感じ寝室となっている。見られたくないという気持ちはなく、堂々と開けられていた。あまり、まじまじと見るのも気が引けるので、とりあえず二人の元へと移動する。


 こうして近づいたからこそ気が付いたのだが、依頼者は姿勢も整っていて、育ちのいいという印象だ。ベージュのスカートに白色の半袖のシャツ。とても清楚な恰好をしているように感じる。


 浅霧の隣に空間一つあけて座ると、テーブルの上に置いてある、ノートパソコンの画面を帆野に向けた。

「この映像を見てください」

 映像ということで、程度は強くはないが、気持ちが身構えた。カーソルを持っていき、ファイルを開く。


 左奥にベッド、その手前に洋服箪笥が見切れ、右奥には勉強机、その近くの床にテレビとゲーム――と配置されているも、生活感がまるでない。


 綺麗すぎるという意味ではなく、どう生活していたのだろうと思うほど、荒れていた。CDや丸められた紙、飲んだペットボトルなどあふれていて、散々なありさまだった。

「三脚かなにかで、入口から撮られてるんですか?」

 愛実に問うつもりで、目を遣る。


「だと、思います。まぁ、そんなもの持ってるはずがないんですが」

 ボブの髪の毛を、右耳の後ろにそっとかける。扉の開かれる音が聞こえたため、視線を戻した。

「あれ、扉の音……」


 愛実が言葉を零したので、気になって一瞬だけ目を向ける。やがて、髪がくしゃくしゃに乱れていた女性が入ってきた。この部屋の荒れ方や、身なりに関して気にしていないところを見ると、引きこもりということだろうか。


 中央にあるテーブルに座り込むと、カメラの正面をただじっと見つめるだけで、なにも行動を起こさない。しかし、異様な緊張感がある。恐らく、その緊張の正体は、右手に握られた包丁だ。


 光源となっている要素は、後ろにあるカーテンから漏れる太陽光のみ。それでも、事態を把握するには十分なくらいだ。


 パジャマ姿ということは、寝起きからすぐというところは察せられる。愛実に比べて、随分と老けているようにも見えるが、顔立ちは瓜二つといっていいほどそっくりだ。


(双子か?)

 いろいろなところを注意深く見ようと思ったときに、左下にある字幕の日付は、目を疑うものだった。明日の日付である。時刻は十時四十二分と、今の時間から見た場合、あと十分もすれば丸一日経ったと言える。


「これ……」

「どうしたんですか?」

 これに愛実が反応した。

「いや、なんでカメラの撮影日が来週なんだって思いまして」


「……こういう事件を扱いになられているんでしょう? そうお伺いしましたが」

「あ、帆野は今日から共に働くことになった、相棒みたいなものです」

「そうなんですね。失礼いたしました」


 いいえという気持ちを込めて、微笑んで会釈する。ノートパソコンへと画面を戻したが、画面の中の女性は、未だに茫然とレンズを見つめている。


 その瞳に吸い込まれると同時に、自身と目が合っているように感じて、ほんの少し居心地の悪さを覚えた。


 ようやくなにかを語るも、口の動きだけで声が聞こえない。どれくらいの長さかは、体感でも中といったところだろうか。長くもなく、短くもない。音が入っていない以上、スローにして解析しない限りはわからないだろう。


 扉の音は確認できたものの、声を含めた他の音、何一つ聞こえない。胸に包丁の切っ先を向けて、呼吸を整えているように見える。


 だが、刺さることもなく、なにかに打たれたように後方へと倒れてしまった。包丁は、力が抜けた手から解放され、散乱したCDや紙の上に落ちる。


 状況をまるで整理できない。包丁を使って自害すると思いきや、そんなこともなくただ倒れた。

(なるほど……)


 その映像を見て、早海の一件を思い出した。まだそうと限ったわけではないが、確かに浅霧が感じる気持ちもわからなくはない。浅霧の横顔に目を向けると、帆野に合わせた。


「えぇっと……まず、この人は?」

 双子かどうかをまず確認したい。清潔感のある愛実とは全く違うので、十中八九そうだろうとは思う。

「姉です。姉の香奈かなです」

「香奈さんは、どうされてます?」


「家にいますよ」

「会えたりしますか?」

「うーん、難しいと思います。引きこもりで、私以外の人とは会う気はないので」

「そうですか……」


 ということは、直接香奈から聞くことは出来ないだろう。愛実に頼んで家に入れてもらい、無理にでも助けに行くか。考えられてそれくらいだろう。


「すみません。先に聞くべきでしたね。お名前は?」

 愛実は、自身の名前を伝えた。

「貝塚さんから見て、お姉さんの様子が変だったとかは、ありますか?」


「ありません。そんなことは。家に引きこもってはいるんですけど、とても誇らしい姉です」

 どこか迫ってくる対応に、一歩気持ちが引いてしまう。とりあえず、意図を汲み取ることを考えると、自殺するまでのことではないと言いたいのだろう。


「そんなことより、そのビデオを解析していただけませんか? 姉を助けるのに協力していただきたいですし、無関係なのであれば無視しますから。予定では明日なので、一刻も早くしてほしいんです」

 そう急かされたので、ビデオに関することだけを聞くことにする。


「今、お応えできるとすれば、この日付は、仮に編集して作ったというわけではないんですね?」

「していません。そもそも、映像に映ってる日付を、私がどうやっていじるんですか?


 当然、編集もしていません。そんな技術もありませんし、そういう悪戯いたずらを私がする意味もないですから。それに、映像ファイルの日付は、昨日の夜になっていると思いますけど。


 画面の日付が未来になってたら、そりゃあファイルの日付だって気にしますよね?」

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