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第二話 経緯 後編

 そのようなストーカーに付きまとわれているとは、一言も言っていなかったため、激しく驚いてしまった。あまり信用されていないのだろうか、と自分自身の頼りなさに憤りを覚える。


「特徴が、その顔のない男にそっくりなんですよね。で、フードを被ってて顔がわからなかったって。今日も仕事行くときとか、早海さんに車で送ったりしてたんですけど、帰りに急にあなたに誘われたって言ってたから、安全だと思って。


 もし、私が受けた相談と、早海さんのことが一緒だったらと思って、早海さんの家の周りをずっと歩いてた時に、あなたと早海さんを見つけて」


 そのような経緯があったとは。帆野はすぐさま、お礼を言った。通話した時に見えた死の予言のことを言えずに夜になり、今日の朝からファミレスまでその間に、もしやられてしまっていたらと不安になっていたのだ。


「気にしないでください」

「でも、琳の言うように、やっぱり顔がわからなかっただけなんじゃ……」


「今日はどうでした?」

「今日?」

 思い出す。視力は一点零と、高くも低くもない。公園の角から中央までの距離はそれほど遠くもなく、頭上には街灯もあった。


 あの時はなにかしらの理由で顔を確認できなかった、と思ったが、改めて”顔がない男”と聞くと、そうかもしれないと、少しばかり思ってしまう。


「ま、まさか……」

 しかし、それを完全には否定できない自分がいた。死が見えるという、超能力のような力を持っているため。


「まぁ、あり得ませんよね。ただ、不思議なことが沢山あるのも事実です。顔が見えないのもそうなんですけど、脱ぎ捨てられた服に見つからない人、突然倒れて、植物人間になってしまったこと。私たちがいたのに、助けられなかった」


 嫌味を言われたような気がして、申し訳ない気持ちになった。思わず、口から謝罪の言葉がこぼれる。

「……すみません。そういう意味じゃなくて」

 と、浅霧が言った。


「透明人間みたいだなって」

 そう続けた。

「そ、それこそ、あり得ないって言うか」

「公園で座っていたところは、私でも見ています。あなたと早海さんを公園近くで見かけた時に、見ちゃったんですよ。服が脱ぎ捨てられていくところ」


 唾をごくりと飲み込む。透明だった場合、説明が付くことがある。一緒にいながら助けられなかったこと。十字路で止まっている間、誰にも気づかれずにひっそりと近づき、殺すことはできただろう。


「ふ、ふざけるのもいい加減に」

 浅霧の顔は、至って真剣だった。

「嘘を付いてるって言いたいんですか?」

「そういうわけじゃ、ないですけど……」


 誤魔化すために、話を変えようとする。

「そ、そもそも、どうして自分で見たものが、本当だと信じているんですか? 俺なんて、ずっと、疑ってたし」

(あ……)

 気が付いたときは、もう遅かった。浅霧の目が、それを訴えている。


「なにかあったんですか?」

「え? いや、なにも」

「あな……帆野さん、ですよね?」

「どうして、俺の名前を」


「早海さんから、話はよく聞いています」

 変なことは言われてないだろうか、と半ば関係のない心配をしてしまう。

「そもそも、知らなかった帆野さんが、どうして早海さんと一緒にいたんですか?」


 ついに、そこを聞かれてしまった。浅霧がその目で見たことを、まだ半信半疑でいる中、死が見えるという話をして、鼻で笑われないわけがない。逆に、信じてくれと訴えるなど、虫が良すぎる話だ。こんな状況では、どうにも話づらい。


「人に話せない内容なら、なおさら話してみてください。そういう事件を、沢山扱ってきてます」


 確かに、浅霧は前にそのようなことを話していた。しかし、そうはいっても、心霊現象とはわけが違う。念動力のような能力であるならまだよかったかもしれない。この死が見えるというのは、ある意味予知と言えなくもない。どうしようかと迷った末、勇気を出して話した。


「ありがとうございます、そうだったんですね。だから……」

 神妙な顔をして俯いた。やがて、顔を上げる。


「信じますよ。私にも、それっぽいこと、体験してますから」

「え?」

「もっとも、そんなわかりやすいものでもないんですけど、私の場合、人に避けられるっていう」


 集中治療室前や警官など、そのように感じたことはあった。早海の家族はそうではなかったため、なにかしらのオーラが出ているだけかとも、捉えていた。


「なんというか、気のせいなのか、嫌われてるのかわからないですね」

「はい。中々悩みました。人ごみの中歩いていると、私のところだけドーナッツみたいになってまして」


「ドーナッツ……毎回起きるんですか?」

(そこまでなると、気の毒だな)

「はい。老若男女関係なくなんで、通る人みんなそうなんです。帆野さんとか、早海さんとか。後は、一階のマスターとか。大丈夫な人もいるみたいですけど」

「なるほど」


 まだ、能力のようななにかと決まったわけではないが、事例が違うとはいえ、同じような悩みを抱えている人が偶然にもいて、少しばかり気持ちが安らぐ。

「それで、信じられたってわけですか?」

「はい。まぁ、うちの兄も変なことして消えちゃって」


「消えた?」

「仮想現実ってあるじゃないですか。いわゆるVR。今生きてるこの世界が、それなんじゃないかって話はよくあると思うんですけど、あれを証明するために一生懸命だったんですよ」

「お兄さんが?」


「はい。そこで、ゲームとかであるグリッチって知ってます?」

「あぁ、壁抜けとかするために、変な行動をとって抜ける奴」


 グリッチ——ゲーム制作者側が意図的に作っていない、不具合やバグを利用する裏技、テクニックのようなものの事。壁抜けやワープなどがある。ある手順を踏んで異常な力を手に入れたり、いきなりエンディングなるものもある。


「そうです。それが出来れば、証明できるんじゃないかって。二十歳も越えてるのに、外に出るたびやってるんですよ? まぁ、家から出てくれたことはありがたいですけど。


 そしたら、急に“ついにできたんだ”とか言って、私を連れて実家の角に行ったんです。まぁ例えていうなら、なにかの儀式ですかね。


 踊ったり、体を捻ったり。そしたら、手の先が家の中に入ったんですよ。その状態で歩いていったら、中に入っちゃって。その後、急に眩暈がして、起きたら、兄がこの世から存在しないことになってた」


「さ、さすがにいくらなんでも、そんな話は信じられませんよ」

「目の前で起きてなければ、私だって信じてません。でも、それからなんですよね。私が避けられるようになったのも」

「なにかの偶然じゃないですか?」

「まぁ、普通はそう考えますよね……」


 偶然じゃないか、とは言ったものの、頭の片隅に、もしかしたらという考えはある。グリッチを起こした日を聞けば、帆野自身が能力に目覚めた時期と重なるかもしれない。


 だが、それ以上に、あまり関連性があると直観的にも感じられなかったため、あくまで頭の片隅にあるだけの疑問で、口にするまでもなく煙のように消えていく。


「私も、費用には協力します」

 なんの脈略もなく、浅霧がそう口にした。

「え?」


 費用というのは、病院の入院費。早海は母子家庭で、奨学金を借りて大学に入ったこともあって、家族の貯蓄も少ない。母親が一人で払うのも苦労が付きまとうため、こちらも協力したいと帆野は願い出た。その件のことだろう。


「あ、あぁ、入院費用ですか。良いんですか?」

「もちろん。私にとっても、掛け替えのない唯一の友人ですから」

「費用も当然ですが、早く解決しないといけません。お母さんが諦めてしまったら、元に戻らないかもしれない」


 そうは言っても、そもそも助かる保証がないために不安でいっぱいだった。その反面、浅霧は、意地でも救うという強い意志が見える。その気持ちに触発され、代わりにと言ってはなんだが、調査に協力したいと願い出た。さすがに浅霧ばかりにやってもらうのも気が引ける。


「大丈夫です。これが本業みたいなものですし」

「恥ずかしい話……一週間前に仕事辞めたんですよ。時間は山ほどあります」

「そうですか? でしたら、よろしくお願いします」

 こうして、浅霧と二人で調査が始まった。

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