そのようなストーカーに付きまとわれているとは、一言も言っていなかったため、激しく驚いてしまった。あまり信用されていないのだろうか、と自分自身の頼りなさに憤りを覚える。
「特徴が、その顔のない男にそっくりなんですよね。で、フードを被ってて顔がわからなかったって。今日も仕事行くときとか、早海さんに車で送ったりしてたんですけど、帰りに急にあなたに誘われたって言ってたから、安全だと思って。
もし、私が受けた相談と、早海さんのことが一緒だったらと思って、早海さんの家の周りをずっと歩いてた時に、あなたと早海さんを見つけて」
そのような経緯があったとは。帆野はすぐさま、お礼を言った。通話した時に見えた死の予言のことを言えずに夜になり、今日の朝からファミレスまでその間に、もしやられてしまっていたらと不安になっていたのだ。
「気にしないでください」
「でも、琳の言うように、やっぱり顔がわからなかっただけなんじゃ……」
「今日はどうでした?」
「今日?」
思い出す。視力は一点零と、高くも低くもない。公園の角から中央までの距離はそれほど遠くもなく、頭上には街灯もあった。
あの時はなにかしらの理由で顔を確認できなかった、と思ったが、改めて”顔がない男”と聞くと、そうかもしれないと、少しばかり思ってしまう。
「ま、まさか……」
しかし、それを完全には否定できない自分がいた。死が見えるという、超能力のような力を持っているため。
「まぁ、あり得ませんよね。ただ、不思議なことが沢山あるのも事実です。顔が見えないのもそうなんですけど、脱ぎ捨てられた服に見つからない人、突然倒れて、植物人間になってしまったこと。私たちがいたのに、助けられなかった」
嫌味を言われたような気がして、申し訳ない気持ちになった。思わず、口から謝罪の言葉がこぼれる。
「……すみません。そういう意味じゃなくて」
と、浅霧が言った。
「透明人間みたいだなって」
そう続けた。
「そ、それこそ、あり得ないって言うか」
「公園で座っていたところは、私でも見ています。あなたと早海さんを公園近くで見かけた時に、見ちゃったんですよ。服が脱ぎ捨てられていくところ」
唾をごくりと飲み込む。透明だった場合、説明が付くことがある。一緒にいながら助けられなかったこと。十字路で止まっている間、誰にも気づかれずにひっそりと近づき、殺すことはできただろう。
「ふ、ふざけるのもいい加減に」
浅霧の顔は、至って真剣だった。
「嘘を付いてるって言いたいんですか?」
「そういうわけじゃ、ないですけど……」
誤魔化すために、話を変えようとする。
「そ、そもそも、どうして自分で見たものが、本当だと信じているんですか? 俺なんて、ずっと、疑ってたし」
(あ……)
気が付いたときは、もう遅かった。浅霧の目が、それを訴えている。
「なにかあったんですか?」
「え? いや、なにも」
「あな……帆野さん、ですよね?」
「どうして、俺の名前を」
「早海さんから、話はよく聞いています」
変なことは言われてないだろうか、と半ば関係のない心配をしてしまう。
「そもそも、知らなかった帆野さんが、どうして早海さんと一緒にいたんですか?」
ついに、そこを聞かれてしまった。浅霧がその目で見たことを、まだ半信半疑でいる中、死が見えるという話をして、鼻で笑われないわけがない。逆に、信じてくれと訴えるなど、虫が良すぎる話だ。こんな状況では、どうにも話づらい。
「人に話せない内容なら、なおさら話してみてください。そういう事件を、沢山扱ってきてます」
確かに、浅霧は前にそのようなことを話していた。しかし、そうはいっても、心霊現象とはわけが違う。念動力のような能力であるならまだよかったかもしれない。この死が見えるというのは、ある意味予知と言えなくもない。どうしようかと迷った末、勇気を出して話した。
「ありがとうございます、そうだったんですね。だから……」
神妙な顔をして俯いた。やがて、顔を上げる。
「信じますよ。私にも、それっぽいこと、体験してますから」
「え?」
「もっとも、そんなわかりやすいものでもないんですけど、私の場合、人に避けられるっていう」
集中治療室前や警官など、そのように感じたことはあった。早海の家族はそうではなかったため、なにかしらのオーラが出ているだけかとも、捉えていた。
「なんというか、気のせいなのか、嫌われてるのかわからないですね」
「はい。中々悩みました。人ごみの中歩いていると、私のところだけドーナッツみたいになってまして」
「ドーナッツ……毎回起きるんですか?」
(そこまでなると、気の毒だな)
「はい。老若男女関係なくなんで、通る人みんなそうなんです。帆野さんとか、早海さんとか。後は、一階のマスターとか。大丈夫な人もいるみたいですけど」
「なるほど」
まだ、能力のようななにかと決まったわけではないが、事例が違うとはいえ、同じような悩みを抱えている人が偶然にもいて、少しばかり気持ちが安らぐ。
「それで、信じられたってわけですか?」
「はい。まぁ、うちの兄も変なことして消えちゃって」
「消えた?」
「仮想現実ってあるじゃないですか。いわゆるVR。今生きてるこの世界が、それなんじゃないかって話はよくあると思うんですけど、あれを証明するために一生懸命だったんですよ」
「お兄さんが?」
「はい。そこで、ゲームとかであるグリッチって知ってます?」
「あぁ、壁抜けとかするために、変な行動をとって抜ける奴」
グリッチ——ゲーム制作者側が意図的に作っていない、不具合やバグを利用する裏技、テクニックのようなものの事。壁抜けやワープなどがある。ある手順を踏んで異常な力を手に入れたり、いきなりエンディングなるものもある。
「そうです。それが出来れば、証明できるんじゃないかって。二十歳も越えてるのに、外に出るたびやってるんですよ? まぁ、家から出てくれたことはありがたいですけど。
そしたら、急に“ついにできたんだ”とか言って、私を連れて実家の角に行ったんです。まぁ例えていうなら、なにかの儀式ですかね。
踊ったり、体を捻ったり。そしたら、手の先が家の中に入ったんですよ。その状態で歩いていったら、中に入っちゃって。その後、急に眩暈がして、起きたら、兄がこの世から存在しないことになってた」
「さ、さすがにいくらなんでも、そんな話は信じられませんよ」
「目の前で起きてなければ、私だって信じてません。でも、それからなんですよね。私が避けられるようになったのも」
「なにかの偶然じゃないですか?」
「まぁ、普通はそう考えますよね……」
偶然じゃないか、とは言ったものの、頭の片隅に、もしかしたらという考えはある。グリッチを起こした日を聞けば、帆野自身が能力に目覚めた時期と重なるかもしれない。
だが、それ以上に、あまり関連性があると直観的にも感じられなかったため、あくまで頭の片隅にあるだけの疑問で、口にするまでもなく煙のように消えていく。
「私も、費用には協力します」
なんの脈略もなく、浅霧がそう口にした。
「え?」
費用というのは、病院の入院費。早海は母子家庭で、奨学金を借りて大学に入ったこともあって、家族の貯蓄も少ない。母親が一人で払うのも苦労が付きまとうため、こちらも協力したいと帆野は願い出た。その件のことだろう。
「あ、あぁ、入院費用ですか。良いんですか?」
「もちろん。私にとっても、掛け替えのない唯一の友人ですから」
「費用も当然ですが、早く解決しないといけません。お母さんが諦めてしまったら、元に戻らないかもしれない」
そうは言っても、そもそも助かる保証がないために不安でいっぱいだった。その反面、浅霧は、意地でも救うという強い意志が見える。その気持ちに触発され、代わりにと言ってはなんだが、調査に協力したいと願い出た。さすがに浅霧ばかりにやってもらうのも気が引ける。
「大丈夫です。これが本業みたいなものですし」
「恥ずかしい話……一週間前に仕事辞めたんですよ。時間は山ほどあります」
「そうですか? でしたら、よろしくお願いします」
こうして、浅霧と二人で調査が始まった。