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第二話 死が見える苦しみ

 家に帰宅してすぐ喪服を脱ぐ。ジャケットとスラックスにネクタイを一つのハンガーに掛けてクローゼットに戻し、ワイシャツを洗面所の洗濯籠に入れた。


 クローゼットの下に置かれたプラスチック製の引き出しの中を開け、そこから部屋着を着て、ベッドに全身を預ける。


 シーリングライトを支えた、無機質で白一色の天井を仰いで、今後のことを考えた。

(仕事考えないとなぁ)


 1DKのアパートの家賃の支払いも出来ない。貯金はしているため、しばらく補填は出来そうだが、あまり手を出したくない。緊急時と、家族への仕送りをしたいからだ。まとまった金を出したい。


 誰にでも聞こえるようなため息が出る。呆然としていたところで、ネガティブな想像ばかりをしてしてしまう。昼寝をして、全てを忘れたい。


     ・ ・ ・


 目を閉じたところで不安が消えることもなく、無駄に時間を過ごした。もうすでに数時間が立ち、外はすっかり街灯の明かりが強く感じられる時間。風呂と夕食を済ませ、話をして気を紛らそうと思い、早海はやみりんとカメラ通話をしていた。


「酢豚のパイナップルってさ、いけるほう?」

 灰色のトレーナーを着て、水に濡れた髪を、服に付着させないようタオルを首に巻き、そこに座っていた。風呂後なので、化粧も全て落とされたすっぴん。透明感のある綺麗な肌と、自然なピンク色をした唇がそのまま映し出される。


 背景に、白の外壁と右角にベッドの脚と、左側に薄っすらと茶色の扉が見えている。

「いや、マジで苦手」

「わかる! たれとパイナップル、マッチしてないって」

「あれが好きって言う人いるんじゃない?」


「物好きってやつ?」

「ゆうて琳のパクチー好きもよくわからんけど」

「それは物好きじゃないでしょ」


「カレーや冷やし中華レベルの王道にはならないって」

「それ言われると、言い返せないけどねぇ」

「なんか、硬い肉を柔らかくするとか、色々あるよな」

「そうだけどさぁ、理由聞いても、だからと言って好きとは言えないよ」


「そんな嫌いな上司レベルなの?」

 少し笑う含みを持たせて、早海は聞き返した。

「仕事上仕方ないけど、だからと言って仲良くなるなんて無理ーみたいなノリだぞ? 今の」

 笑いながら、「なにそれ」と早海は答えた。


(仕事、か……)

 今日が葬式というのは、早海も知っている。向こうから切り出されることは、今の今までない。どこのタイミングでその話をしようかと考えていたが、このタイミングがベストな気がしていた。


「どうしたの?」

「え?」

「会社のことでなんかあった?」


 脳裏に焼き付いた、自殺の映像。目が抜き取られてしまうほど飛び出ていて、首を重心としてくっついている体と頭。

「……仕事辞めてきちゃったよ」

「そうなんだ……あの件?」

 悪口の件は、早海に一部話を伏せて、話してある。

「そうそう。結局さ、助けられなかった」

 難しい顔をして目を伏せた。


「やれたことはやり尽くしたんだよね」

「うん」

「これ以上できることって言ったら、それは恋人くらいじゃない?」

 なにも答えらなかった。恋人という単語が出て、過剰に意識してしまった心が、冷や汗を産ませた。


 早海には変に気を使わせたくなくて、相手から恋人の有無を聞かれたことや、悪口が帆野自身にまで発展したことなどの話をしていない。なんだか、見透かされているような気もした。


「ま、まぁ、確かにそうだけど」

「恋人が他の会社にいると、仕事じゃない時の味方はいるけど、やっぱり会社の味方も欲しかったと思うよ。私ならそう思う。俊が心配してくれて声を掛けてくれたこと、ありがとうって思ってるよ」


「そうかなぁ、救えなかったのには変わりないし」

「自分だけが悪口言われてるとさ、誰も味方がいないように感じない?」

「まぁ」


「他の人に聞いたって″そんなことあったんだ″って、現場にいたとしても、そんな風に言われる。相談したって″無視すれば良い″で済まされる。


 自分だけに聞こえるてんじゃないかって、不安になるから。そんな中で、ちゃんと気に掛けて心配してくれる人が側にいると、安心しない?」


「琳が言われてた方だもんな」

「うん。だから余計」

 日向も同じように思っていたとすれば、確かに安心感を持てていたかもしれない。なら、何故自殺する必要があるのだろうか。


 早海にもっと具体的に話せば、それなりの回答が返ってくるだろう。だが、やはり喉から先に出てくることはなかった。


「ありがとう。ちょっとすっきりした」

「よかった。元気出してよ? そうじゃなくちゃ、こっちだって困るんだから」

「わかってる。本当にありがとね」

「うん。次の就職先はどうするの?」


「どうしようかな。出来るだけ早く決めたいな」

「うちの上司に掛け合ってみようか?」

「いいよ、自分で探す」

(琳には迷惑かけられない)


「そう?」

「うん」

「わかった。そうそう、この前さ」

 早海が話を切り替えて、別の話になった。そんな時、目の奥を突き刺すような感覚。体中の穴が広がった気がした。


 早海の体から抜け出した霊体が、懸命にその死を演出する。カメラ越しでも関係なく、それを鮮明に彩った。


 早海が手を前に出し、駆け出しているような様子。誰かに握られている手が見えているため、引っ張り回されているという状態だろう。一気に力が抜け出し、手だけが浮いて体が倒れる。


(まさか、そんな)

 霊体はすうっと何事もなかったかのごとく、早海の体に戻っていく。例の現象だ。金輪際、関わりたくもないと思った代物。悪口を言われていたからその時に話しかけ、なんとか助けようとしたその時に、見たあの現象。


「ごめん。話しすぎちゃった。ちゃんと聞いてるよ」

「え? あっ、いや、そういう意味じゃなくて」

 先ほどの現象のせいで、上手く頭が回らない。


 恐らく、空気が重くなってしまったから、和ますために話題を提供してくれたのだろうが、帆野が黙っていたためにそれがまずかったと思ったのだろう。

「ほんと?」

「ほんとほんと」


 早海は視線を画面左下の方に向き、正面に戻した。

「そろそろ、良い時間だね」

「いやだから、大丈夫だって」

(違う! そうじゃない!)


 特段その会話が嫌だった、面倒だった、疲れているから早く切りたいと思って黙っていたのではない。

「気にしないで。ゆっくり休んでね」

「琳!」


 通話が終わる。帆野の能力については、以前早海に相談しているために知っている。この事を伝えるべきか否か、頭の中で巡る。

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