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第10話

 丈二と麗奈の二人は遊園地でのひと時を満喫していた。

 しかし丈二はずっと麗奈の笑顔ばかり見て彼女がきちんと楽しめているかどうかを確認している。


「わぁぁぁーっ!」


 ジェットコースターに乗っている間、麗奈は両手を大きく広げ楽しそうにしているが丈二は苦しんでいた。

 髪型が崩れるのを気にしながら絶叫する間もなくひたすら風を浴びている。


「うぐぅぅぅ……⁈」


 次はお化け屋敷だ。

 麗奈は人が演じるお化けの脅かし演出をエンタメとして楽しんでいるが丈二は本気で怖がっていた。


「お兄さん弱いなぁ」 


「だってよぉ……」


 そのようなやり取りをしながらも丈二は何とか麗奈のために頑張ろうとする。


「じゃあリタイアする?」


「それは……」


 この遊びは麗奈を喜ばせるために行なっているのだ、ならば丈二は提供者として頑張らなければ。


「いや、まだまだ頑張るよ……っ」


「ふふ、いいね〜」


 麗奈は単純にお化け屋敷の話だと思っていたが丈二にとっては他人のために頑張る事を意味していた。


「よっしゃぁぁぁっ!」


 そして何とかお化け屋敷を完走する事に成功。

 息が既に切れていたが麗奈も喜んでいた。


「やるねぇお兄さん!」


 そのまま麗奈が手を差し出して来たのでハイタッチをする。

 その時の麗奈の表情を見て丈二は問う。


「楽しいか?」


 これは自分の存在意義を確かめるかのような質問だった、かつて母を喜ばせられなかった事を悔いた故の言葉だった。


「うんっ!」


 そして麗奈は笑顔で答えた。

 それを決して崩さないように丈二は慎重になって行くのだった。



 ☆



 そのまま二人は遊園地のフードコートで食事を取ろうとした、そこで麗奈は一番高いセットを注文する。


「遊園地のメシって高いな……」


 クレジットカードに繋げている口座の残高を気にしながらも麗奈に勘付かれないように気を付けた。

 麗奈が高いものを注文したので丈二は比較的安いが決して他と比べたら安くはないポテトを買った。


「こーゆー所で食べるご飯もいいね、でもお兄さんそれだけで足りるの?」


「俺は良いんだ、少食だからな」


「せっかくの自由なんだから満喫しといた方がいいよ」


「まぁそうだな……」


 しかし麗奈の食欲と自由を味わう心は丈二の思うより深いようで。


「ねぇ、デザート食べて良い?」


 すぐさま食事を平らげ輝くような笑顔で問う。

 そんな表情で言われれば断れるはずもなく。


「分かった、何が良い?」


「んとねー、あ! ソフトクリーム!」


 麗奈が指差したのは一つ700円のキャラクターをモチーフとしたソフトクリーム。

 ニコニコしながら楽しみにしている。


「お兄さんも頼んで二人で食べようよ!」


 その提案にクレジットカードの残高をやはり心配しながら注文する。

 そしてカード決済を選びスキャンするが問題発生。


「あ、残高不足……っ」


 なんとここで恐れていた残高不足に陥ってしまったのだ、全身から冷や汗が噴き出るような感覚になる。

 麗奈を見ると驚いたような、そして残念そうな顔をしていた。


「ごめん、金がもう……」


 終わった、そう思ってしまう。

 丈二は麗奈の求めていたソフトクリームを受け取れず近くのベンチに腰掛けた。


「あークソッ……」


「そこまで落ち込まなくても……」


 麗奈は丈二が何故ここまで気を落とすのか分からない。

 しかし丈二にとっては重大な事なのだ、他人のガッカリする顔を見るのはもう御免だと言うのに。


「ちょっと煙草……」


 丈二は麗奈を置いてベンチから立ち喫煙所へ向かう。

 そして煙草に火を点け大きく吸い込んだ後、壁に頭からもたれかかった。


「あぁ最悪だ、最悪……」


 誰もいない喫煙所で小さく独り言を呟いている。


「頑張ったのに、ダメすぎる……」


 壁を優しく何度か殴りながら自分のダメさ加減を痛感する、母親も病む訳だと思ってしまったのだ。


「はぁ、お待たせ……」


 そしてどんな顔を見せて良いか分からないと思いながらも麗奈の所へ帰って来る。

 すると麗奈は丈二を見つけるなり声を上げて駆け寄って来た。


「やっと戻って来た! ホラ、溶けちゃうよ?」


 なんと麗奈はたった今買えなかったソフトクリームを両手に一個ずつ持ち丈二に一つ渡したのだ。


「え……?」


「ホラ、早く食べないと!」


 そう言って食べ始める麗奈だが丈二は状況が理解できない、何故買えなかったソフトクリームがこの手にあるのだろう。


「これ、何で……」


「親のクレカ、家出する時持って来たんだ」


 片手に高価そうなゴールドのクレジットカードを持つ麗奈を見て丈二は溜息が溢れた。


「何だよぉ……」


 ドッと疲れが出てしまう。

 しかし喜ばせようと思った相手から奢られてしまった事態に余計に心は痛んだ。


「ごめんごめん。お兄さん張り切ってたからさ、私が払うのも悪いかなって」


「でも実際払わせちまった……」


「良いって、無理してまで連れて来てくれたんだし!」


 その麗奈の表情を見て丈二の心は少し動く。

 今まで頑張ったのに上手くやれなかった相手は落ち込むような表情を見せた、しかし今の麗奈は違う。

 逆に喜んで感謝しているような表情を見せている。


「ごめん、俺今まで嘘ついてた」


 丈二は遂に本当の事を話す決心をする。


「本当のこと話すよ、帰りの車で」


 しかし麗奈は帰る事を拒否した。


「最後に観覧車のりたい、そこで話して?」


 遊園地のシンボルとも言える観覧車に乗って話したいと要求したため丈二は了承した。


「じゃあ最後に」 


 丈二は覚悟を決めて麗奈と二人で観覧車に乗り込んだのだった。



 ☆



 観覧車の中で二人は夕焼けを眺めていた。

 そこで丈二が本当の事を語り出す、麗奈の目は怖くて見れなかった。


「ふぅ、実は俺は自由なんかじゃないんだ」


 深呼吸をして息を整えてから結論から話す。


「他人の顔ばっか気にしてる、母さんとかが喜ぶかどうか怒られないかどうかで色々考えちまってるんだよ」


 思い浮かぶのはやはり母親の顔、そして直樹の顔や麗奈の顔も。


「今回はお前が……」


「そう……」


 麗奈は少し深刻そうな顔で話を聞いている、何か考えているようで丈二は失望されているかもと思ってしまった。


「自由だった事なんてない、今も色々爆発しちまったから全部投げ出して逃げてるだけなんだ。まだ心は縛られてる……」


 自由を求めて着いて来た彼女に嫌われて通報されてしまう可能性もある、しかしここで一度向き合わなければいけないと思ったのだ。


「そっか……」


 一通り話を聞いた麗奈はまた夕焼けを見て少し思い耽るような素振りを見せた。


「失望したよな、自由と思って着いて来たのに……」


 下を向いてから恐る恐る麗奈の目を見てみる。

 すると麗奈は何故か非常に優しい目をしていた。


「私言ったよ、"今が幸せだ"って」


「え……?」


「お兄さんがどんな人とか関係ないよ、私に自由を味わせてくれてるのは事実だもん」


 予想外の言葉だった、あまりに優しすぎる言葉に丈二は既にこれまでに感じた事のない感情を抱いていた。

 この気持ちの正体は何だろう、まだ答えは出せなかった。


「お前……」


「だから失望なんてしないよ、これからもまだまだ楽しませてよ!」


 夕陽に照らされた麗奈の顔は非常に美しかった。

 丈二は少しだけ心の鎖が外れたような気がするのだった。

 そのまま二人は観覧車を降りて出口までの道を歩く。


「ありがとな、あぁ言ってくれて」


「ん? なんもだよ〜」


 まだ優しい表情を続けていた麗奈は丈二にその笑顔を向ける。

 その表情を見た丈二は心から決意をする。


「よし、これから俺も真剣にお前を楽しませてやる。次に行きたい所とかあるか?」


 拳を固く握り決意を表す。

 その様子を見た麗奈はニヤリと笑った。


「じゃあまずアレで良いの獲って!」


 そう言って指差したのはなんと出口の所にポツンとあった射的コーナーだった。

 景品も豪華でかなり難しそうだ。


「お前、試すつもりだな……?」


「何処まで私のために出来るかな? あ、この次は生バンドが見れる所にも行ってみたいから急いでね」


 挑発とも受け取れる麗奈の発言に少し引っかかるものがあったが仕方なく丈二は射的に挑戦する。



 ☆



「うわっ、また外した!」


 もう何度目だろうか、丈二は外し続けていた。

 呆れた店のおじさんが言う。


「お兄ちゃんそろそろ閉園だよ、その辺にしときな?」


 辺りはすっかり日も暮れていた、生バンドが見れる所に行くとして演奏が始まる時間も気にしなければならなかった。


「あと一回だけ……」


 まだ麗奈を喜ばせるという縛りが完全には解けていない、その気持ちで頑張りすぎてしまうのだ。

 しかし麗奈はそれを察知したようで丈二を止めた。


「もう良いよお兄さん」


「でもお前があのモデルガン欲しいって……」


 丈二は一番高い所にあるモデルガンを指差して言った。

 何度か弾は当たり少しズレていたがそこからの押しが上手く決まらない。


「うん、だから私がやる」


「え……?」


「見てて、カッコよく決めるから」


 そう言って丈二から玩具の銃を奪いカッコつけながら構えてみせる。

 そして一回で三発もらえる弾を一個ずつ詰めた。


「はいっ!」


 まず一発。

 それは見事に命中しまた景品をずらした。


「もういっちょ!」


 更に一発。

 また同じ所に命中し更に大きくずれる。


「マジかよ……」


 既に丈二は麗奈の射的の腕に釘付けになっていた。

 そして最後の一発を麗奈は放つ。


「これで最後ぉっ!」


 最後の一発は完璧に景品を捉えた。

 勢いよく命中、あとは倒れるのを一同は息を呑んで見守っていた。


「お……?」


 永遠とも思える沈黙の後、景品のモデルガンはゆっくりと後ろに倒れたのだった。

 見事に麗奈が獲得した瞬間である。


「やったぁぁぁっ!」


 飛び跳ねて喜ぶ麗奈。

 店のおじさんも驚いている。


「こりゃたまげた……」


 そして念願のモデルガンを手に入れた麗奈は遊園地から出た後に丈二に見せつけるように構えてみせた。


「どう? イケてる?」


「とんでもなく似合って見えるよ……」


 丈二は麗奈のギャップに少し驚いてしまったがまだまだ子供の部分を見て安心した。

 そして車に乗った二人は近くでこれから生演奏のあるライブハウスを探した。


「あ、近くにあるよ! ライブハウス!」


「あーここ、バンド組んでた時にやった事ある所だ……」


 そのように少しボヤきながらも丈二はハンドルを切って指定されたライブハウスに向かうのだった。






 つづく

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