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第303話 金炉精銀炉精の母、九麻夫人

 金炉精、銀炉精は母親の暮らす洞府に辿り着いていた。


「金炉、その中どう?」


 銀炉精が訊ねると、金炉精は玄奘を捕らえた紫金紅葫蘆しきんこうころを振った。


 先ほど玄奘を吸い込んだ時よりも重みがまし、液体も増えているようだ。


 揺らすとチャプチャプと液体が跳ねる水音が聞こえてきて、金炉精は作戦がうまく行ったと思っていた。


「あとは叔父さんに手伝ってもらって、玉果の成分を抽出するだけだね!」


 銀炉精はウキウキと足取りも軽く、実家の扉を開いた。


「狐阿七叔父さん、ただいま!」


「ただいま!」


 声を張り上げると、奥からパタパタと駆け足の音が近付いてきた。


「やあ、おかえり二人とも」


 息を切らして姿を出したのは緑の髪色をした、白い狐耳をもつ長身の中年男性だ。


 彼は狐阿七大王といい、尾が七つある七尾の狐だ。


 狐狸精は美男美女が多く、狐阿七大王も年相応の美貌の持ち主である。


「どうしたんだい?太上老君がお休みをくれるなんて珍しいね」


 ニコニコと柔らかな笑みを浮かべながら狐阿七大王は大袈裟にいう。


 白いふさふさのしっぽが揺れているので、久しぶりの甥っ子たちとの再会が嬉しいのだろう。


「そこは賢く知恵を使ってもぎとってきたよ!」


「そうそう、作戦を立てたんだよね、金炉!」


「そうかそうか、さすが、九麻(くま)姉さまの子だね」


 銀炉精が得意げに胸をそらしていうと、狐阿七大王は二人の頭を撫でた。


「九麻姉さまも二人の姿を見たら喜ぶよ。おいで」


 回廊を進み、金炉精と銀炉精の母親である九尾の狐、九麻夫人の部屋の前にたどりつく。


 九麻夫人は、数百年前に突然病に倒れてしまった。


 それ以来、金炉精と銀炉精は太上老君の元で学び、狐阿七大王は姉の九麻夫人の世話をしている。


「……母さま、金炉が戻りました」


「銀炉も戻りました」


 療養中である母親の体に障りがないように小声で言うと、部屋の中に入った。


 消毒と生薬、精神を安定させるためのお香の香りが充満しているその部屋の中央。


 そこには寝台があり、灰色の毛並みをした九つの尾を持つ狐狸精、九麻夫人が横になっていた。


 九麻夫人はゆっくりと状態を起こし、枕を背中に当てて姿勢を整えると、両手を広げて微笑んだ。


「ああ、私の可愛い子どもたち……どこかしら」


 九麻夫人は焦点のあわない目であたりを見回し、手探りで金炉精と銀炉精を探す。


「金炉はここです、母さま」


「銀炉はここです」


 二人が母親の手をとって言うと、九麻夫人は優しく二人を抱きしめ、微笑んだ。


「まぁ、二人の匂いがするわ。お帰りなさい、太上老君にご迷惑をかけていない?ちゃんと食べているの?」


「もちろんです!母さまのために修行、頑張っていますよ。ね、銀炉」


「うん!」


「そう、それはよかったわ」


 九麻夫人は愛おしそうにゆっくりと二人の頭を撫でて頷く。


 九麻夫人の目は白く濁り、肌には蔦の形をしたアザのようなものが走っている。


 金炉精と銀炉精は顔を見合わせて緊張した表情で頷いた。


 数百年前に里帰りした時はまだ目が見えていたし肌も荒れていなかった。


 でも今の九麻夫人の状態は化粧水ところではなく、しかも残された時間は後わずかなのだろう、と。


「母さま、金炉たちがかならず治してみせますからね……」


 そう言って、体力の少ない母親を寝台に横たえた。


「ごめんね……せっかく会えたのに。母さま、少し休むわね……」


 そう言って、九麻夫人は静かな寝息を立て始めた。

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