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第302話 離れ離れの玄奘一行

 紫金紅葫蘆(しきんこうころ)吸い込まれた玄奘は、壁に手をつきながら揺れに耐えていた。


 足元には薄黄色の液体が波打っている。


 この液体はじわじわと嵩(かさ)を増しており、初めはほんの少しの水たまりだったのに、今はくるぶしあたりまで届きそうだ。


 ツンとしたすえた匂いのするその液体に触れたらいけないような気がして、玄奘は合掌をし自分の身を守れるように祈り経を唱えた。


 すると、身に纏っている錦襴の袈裟が輝き始め、球体の薄い光の膜で玄奘を覆った。


「……ひとまず、これで……」


 観音菩薩の加護に感謝しつつ、これから自分はどうなるのか、どこへ行くのかわからずに玄奘は祈るしかできなかった。


 一方、溶解液のない、羊脂玉浄瓶(ようしぎょくじょうびょう)に吸い込まれた玉龍と沙悟浄は、試行錯誤をして抜け出そうとしていた。


 玉龍は龍の姿のまま吸い込まれたので、沙悟浄を乗せて体を伸ばし、羊脂玉浄瓶の吸い込み口から出ようとしたのだが、上昇しても上昇しても出口へは辿り着けなかった。


「だめだ、全然出られないよ」


 諦めて底に舞い降り、人型に変化して項垂れた。


 沙悟浄は降妖宝杖を振り上げ、思い切り側面を叩いた。


 破壊して出ようとしたのだ。


 しかし脆そうな見た目によらず、壁には傷ひとつつかない。


「ハァ、ハァ……ッ」


 沙悟浄は荒い息をついて、頬から滴り落ちる汗を拭う。


 玄奘も捕まり、玉龍とともに沙悟浄も捉えられた。


 一行の中でも複数の術を知る孫悟空ならばなんとかしてくれると思うが、今のところ救われる気配はない。


 きっと孫悟空の身にも何かが起こったのだろう。


「くそッ!」


 沙悟浄は悔しさに拳を壁に打ちつけることしかできない。


「僕の如意宝珠も動かなくなっちゃった。どうしちゃったんだろう……」


 龍の体でも出られなかったので、如意宝珠の力で出ようと思ったのだが、いつもなら玉龍の声に輝いて反応するはずの如意宝珠もただの水晶玉のように反応しない。


「おそらく空間が歪められているのだろう。こんな宝貝、俺は知らないが……」


「オシショーサマ、大丈夫かなあ……」


「大丈夫さ。お師匠さまなら、きっと」


 沙悟浄は自分の不安を和らげる様に明るくそう言って、心配そうな玉龍の肩を叩いた。


 その頃、幌金縄(こうきんじょう)に捉えられた孫悟空は自分の分身を作り出し、自由になろうと試行錯誤していた。


 しかし孫悟空はしっかりと拘束され、少しでも動くと縄が体にどんどん食い込んでくる。


「くっそ、こんな縄さえなけりゃあ……っ!」


 グネグネと芋虫の様に体をくねらせ縄が緩むのを狙うが、太上老君の作った宝貝は全く外れる気配がない。


「お?おっ!」


 ようやく毛を数本むしることができた孫悟空は、希望が出てきたと笑んだが、後ろ手に縛られていては口元に持って行って息を吹きかけることはできない。


「お師匠様……っ!」


 不安に胸が押しつぶされほうだった。


 大丈夫だと思いたいのだが、太上老君作の宝貝が相手では叶わない、と頭を抱えたくなるほどだ。


「とにかく、この縄をどうにかしねえとな」


 そのとき、がサリと茂みが音を立てた。


 的だろうか。


 孫悟空は音のした方に目を向けた。


 妖怪や山賊なら相手をしてもいいと思ったのだが、それにはやはり縄から抜けなくてはならない。


 孫悟空は動くのをやめ、息を殺して何が来たのかを探った。


 やがて姿を表したのは猪八戒だった。


 金炉精の銀炉精の住処からなんとか逃げ出してし戻ってきたのだ。


「悟空ちゃん、大丈夫か?!お師匠さんたちは?」


 猪八戒は慌てて孫悟空の元に駆け寄り、縄を解いた。


「お前どこ行ってたんだよ!ったく、心配させやがって」


「うん、ごめんね!」


 猪八戒は謝りながら幌金縄をほどいていく。


「ほら終わった」


 ようやく自由の身になった孫悟空は、うんと伸びをして肩を回すなどをする。


「よし、お師匠様たちを捕まえた犯人「とろつけるぞ」」


「待てよ悟空ちゃん、連れ去られたのがどこに行ったのか知っているの?


「……」


 猪八戒の声に我に帰った孫悟空は沈黙した。


「でもこんなところでじっとひてたら待っているわけにもいかねえ、片っ端から妖怪のねぐらをつぶしていくさ!」


 孫悟空はそう言って猪八戒を伴い觔斗雲にのりこんだ。


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