そのころ、石山に潰された孫悟空を天眼通で確認している金角の裾を引いて銀角が尋ねていた。
「兄者!邪魔な石猿は潰れたか?」
「弟よ!バッチリだぞ!」
金角は顔を輝かせて銀角を振り返る。
「じゃあ今のうちに玄奘って坊主をこの紫金紅葫蘆(しきんこうころ)にすいこんで、玉果の効果を抽出しよう!母様喜ぶかな?!」
二人は母親に褒められる想像をして笑い合う。
ただし、見た目が大柄な鬼なので不気味だ。
「ていうか銀炉、ウチら二人の時は普通に話してもいいんじゃない?」
「えーでもせっかくこの格好なんだから、楽しみたくない?」
金角の言葉に、銀角は片目を閉じていたずらっぽく笑って言う。
ただし、やはり巨大な鬼の姿には似合わない。
「それじゃあ、坊主を捕まえに……」
「行こーう!」
意気揚々と平頂山の麓に降りようとした二人だったが。
「ええ?!ちょっと待ってよ金炉、あの猿なんで出てるのさ〜!」
すでに孫悟空は土地神から救われた後であり、金角と銀角は玄奘を攫う機会を失っていたことにようやく気づいた。
「どうしよう、このままじゃあの坊主を捕まえられないよ!」
茂みに隠れてあたふたしながら二人は相談をする。
「……ここまできたらやるしないよ!いくら護衛がつよくても、こっちには宝貝があるんだから!」
金炉精たちが太上老君のところから持ってきたのは五つの宝貝だ。
名前を呼んだものが返事をすればあっという間にその中に吸い込む羊脂玉浄瓶(ようしぎょくじょうびょう)という瓶形の宝貝と、羊脂玉浄瓶と同じく名前を呼び返事をすれば中に吸い込む瓢箪の形をした紫金紅葫蘆(しきんこうころ)、なんでも断ち切る切れ味鋭い七星剣(しちせいけん)、仰ぐと炎を巻き起こす芭蕉扇(ばしょうせん)、投げればたちまち敵を拘束する幌金縄(こうきんじょう)だ。
紫金紅葫蘆は羊脂玉浄瓶と似たような機能だが、前者の方は吸い込んだ相手を中に入っている溶解液で溶かしてしまう恐ろしい宝貝だ。
「坊主だけこっちの紫金紅葫蘆に入れたいんだよな。できるかなあ」
「大丈夫だよ!あの坊主に草むらからこっそり呼びかけて返事をさせるんだ。石猿に気づかれたら幌金縄で動けなくする。そうしたらすぐ逃げよう!」
「あっ、でもあの食べ物食べてる龍と青い男は?」
「あいつらも吸い込んじゃおう!あいつらは成分とかいらないから、こっちの羊脂玉浄瓶だ」
龍の成分も使えそうだとは思うが、玉果と他のものが混じるとよくないだろうと二人はかんがえたのだ。
「じゃあ金炉があの二人を羊脂玉浄瓶で吸い込むから、銀炉は坊主を捕まえるんだぞ」
「わかった!」
二人は鬼の姿から、蟻のように小さな小人に変化した。
「よし、いくぞ!」
雲に乗り、草むらを掻き分け玄奘たちに近づいていく。
そうして近くまでたどり着くと、銀炉精は紫金紅葫蘆の口をむけて声をかけた。
「もしもーし、お坊さん!」
「はい?」
案の定、素直で優しそうな坊主は返事を返し、あっという間に紫金紅葫蘆に吸い込まれた。
「お師匠さま?!」
炎の髪を持つ青い肌の妖怪があわてて立ち上がる。
食べ物を食べていた龍も、流石に食事の手を止める。
「そこの人ー!そこの人たちー!」
銀炉精は慌てずに龍と妖怪に呼びかけた。
「なんだ?うるさいな!虫か?」
「なあに?なんなのさ!」
二人は背中合わせに身構え、呼びかけに返答してしまった。
「うわあああああ!」
そのため二人はあっという間に羊脂玉浄瓶に吸い込まれてしまった。
「悟浄、玉龍!!」
ようやく岩から這い出した孫悟空が止める間もなく、玄奘、玉龍、沙悟浄が忽然と姿を消してしまった。
孫悟空は如意金箍棒を構えて辺りを見回した。
「くそっお師匠様まで!やいどこだ卑怯者、出てきやがれ!」
孫悟空が吠え、乱暴に如意金箍棒を振り回す。
「そこか!」
「疾!」
草を薙ぎ見つけた小さな道士が孫悟空に向けて何かを放り投げた。
「なんだ?!」
道士が投げたものは幌金縄。孫悟空はあっという間にぐるぐる巻にされ、倒れてしまった。
「あん?これ、太上老君の縄じゃねえか!」
その昔、孫悟空は太上老君と戦ったことがあり、幌金縄にも巻かれたことがある。
「あっ、こら、待てお前たち!」
孫悟空が縄と格闘している間に、小さな道士たちは姿を消してしまった。
「くそっ!逃げられた!」
孫悟空が悔しげに足をばたつかせて叫ぶ。
玄奘も沙悟浄も玉龍もさらわれてしまった。
猪八戒は行方不明。
「くっそおおおおおおお!」
孫悟空は体を縮めたり大きくしてりして縄から逃れようとするが、さすが太上老君の作った宝貝。
孫悟空の大きさに合わせて幌金縄も大きさが変わるので、逃れられない。
「覚えてろよ!!!」
孫悟空の叫びを聞きながら、金炉精と銀炉精はやったね、と手をパチンと合わせた。
「とりあえず叔父上のところに行こう!玉果の化粧水の作り方を相談しよう!」
「うん、いこう金炉!」
二人は雲に乗り、叔父の住む山を目指して飛んだのだった。